482 言うなれば、首斬り魚のスープ
「青い」
リック料理長達が作った夕食に加え、リヴァイアサンのカルパッチョを出したら、エギエディルス皇子が眉を寄せていた。
莉奈の見知った野菜たちも、季節により主張の激しい模様やカラフルな物になる。その時期になると、エギエディルス皇子はこんな表情をするって、リック料理長が言っていたなと莉奈は思い出していた。
「綺麗な水色だよね?」
「なぁ、何の魚か知らねぇけど"生"だよな、コレ」
もはや色がどうこうより、刺身というか生魚だという事が気になるらしい。
エギエディルス皇子は渋い表情をしていた。
「王竜が獲って来てくれた"リヴァイアサン"の刺身だよ」
「「リヴァイアサン」」
途端にフェリクス王とエギエディルス皇子は、一瞬時を止めていた。
竜達が莉奈に言われ、競って魔物や素材を集めて来た事があった。その中に、確かにリヴァイアサンもあった。
だが、その事を忘れていたし、いざ調理して出されると複雑である。
厨房でリヴァイアサンを見ていたシュゼル皇子は、そうだと分かっていたので、二人の反応にしてやったり顔をしていた。
「まぁ、他にも料理はあるから、カルパッチョがダメなら……」
「悪くねぇけど、レモン汁より醤油じゃねぇの?」
渋い表情のエギエディルス皇子に、他の料理を勧めていると、すでに口にしていたフェリクス王が何か違うとボヤいていた。
以前、イカの塩辛さえ気にせず口にしたフェリクス王は、今さら生の魚を出されたところで、躊躇いはない様だ。
それが、例えリヴァイアサンでも……である。
「醤油を足してみますか?」
当然、風味は変わるが、醤油を加えても味的に問題ない。
莉奈は、醤油が入っているミルクソーサーと小皿を用意した。
「後、白飯」
「糠漬けモドキもどうですか?」
魔法鞄から、炊きたてのご飯を出すついでに、米糠モドキを取り出した。定番のキュウリとニンジンだ。
米糠は今、準備中である。寸胴鍋を使って糠漬けを作る予定だ。
「糠漬けモドキ?」
「パンとエールを混ぜた物に漬けた漬け物? ピクルスみたいな物ですかね?」
そういえば、作るだけ作ってフェリクス王達には出した事がなかったなと、莉奈は思った。
シュゼル皇子も気になる様なので、小皿に取り分け差し出した。
糠漬けが何だと言われても説明が難しいが、漬けるという意味ではピクルスと似ていなくもない。
「パンとエールで?」
「はい。パンとエール、後は塩ですね。本来なら糠漬けと言うように米糠に漬けるんですけど、米糠より手間が掛からないので、とりあえず」
莉奈が簡単に作り方を説明すると、フェリクス王とシュゼル皇子は興味深そうに口にした。
エギエディルス皇子は酸味のある物は苦手みたいで、ピクルスに似てるならいらないと言うので出してない。
王族の食堂で、ポリポリと心地よい音が響いていた。
口を開いてクチャクチャ食べる音は気分が悪いけど、お煎餅とかキュウリとかの、この咀嚼音ってイイよね。なんか庶民的な感じで、安心するのは莉奈だけだろうか?
まぁ、その音を出しているのが王族という点が、ちょっとこそばゆい様な奇妙な感じではあるけど。
「酸味はピクルス程ありませんけど、これはこれで美味しいですね」
「パンで漬けたのに、パンより白飯に良く合うな」
確かに言われてみればそうである。パンに漬けたのに、何故かパンよりご飯が欲しくなる味。
しかし、箸を器用に使うなと莉奈は感心していた。
莉奈に影響を受け、料理によっては箸を使うようになったので、シュゼル皇子やフェリクス王も箸使いはお手の物だった。
エギエディルス皇子はまだ苦手な感じだが、兄2人は器用にご飯や糠漬けモドキを摘んで食べている。
最近では、王達が箸を使用するのも、カトラリーケースに入っているのも普通の事だ。だが、箸が常備され始めた頃、莉奈はそれを見て、なんだかホッコリしたのを覚えている。
「生の魚なんて初めて食べましたけど、臭みもなくとても美味しいですね。リヴァイアサンだからでしょうか?」
フェリクス王が口にしたのを確認してから、カルパッチョを食べ始めたシュゼル皇子。
初めは躊躇いを見せていたが、味が気に入ったのか、次からはしっかりと味わっていた。
エギエディルス皇子はそれでも、カルパッチョを見て眉根を寄せているけど。
「リヴァイアサンを白身と言っていいのか分かりませんが、魚は青魚でなければ独特な風味は少ないと思いますよ?」
「なるほど。エディ、無理して食べる事はありませんが、コレは脂がのっていて美味しいですよ?」
「青いのにかよ」
「ふふっ。色が気になりますか」
エギエディルス皇子は、生がどうこうより切り身の色が気になる様だ。
青い魚の切り身ってあまりないから、気持ち悪いのかもしれない。そんな末弟を見て、シュゼル皇子は笑っていた。
フェリクス王は醤油を付けた方が好みらしく、リヴァイアサンのカルパッチョに醤油を足してご飯と一緒に楽しんでいた。
「スープも魚か」
エギエディルス皇子がカルパッチョと格闘している横で、次にスープに手を伸ばし、ひと口飲んだフェリクス王が口端を上げた。
ひと口飲んだだけで、何がベースのスープかすぐに分かった様だった。
莉奈には珍しく魚尽くしの料理だが、肉派のフェリクス王の口にも合ったみたいである。
良かったと莉奈は思いつつ、平らなスープ皿をチラッと見た。そこに、潮汁が入っている訳だけど、莉奈にはお碗でないのがなんだか不思議な感じだった。
「ギロチン? とか言う魚のアラで出汁をとりました」
「「"断頭台"」」
「"ギロンチ"な」
莉奈の適当な説明に、フェリクス王とシュゼル皇子は思わずスープを飲む手を止め、エギエディルス皇子は呆れた表情でツッコんでいた。
このスープにも漁師町のように、豪快に魚のアラがまるっと入っていたら、連想させるのは容易い。
切られた魚の頭は、まさにギロチンそのモノである。言い方次第で、美味しいモノが一気に不味く感じる。
莉奈が作る料理はどれも美味しいのだが、その説明が大雑把過ぎると、皆は思う今日この頃なのだった。




