478 案外、リリアンが最強なのかもしれない
「え? 何、震えてるの?」
サラダ用の野菜を用意した莉奈は、どちらかと言えば暑い厨房にいる一部の人が、カタカタと震えている事に気付いた。
窓の外を見たが竜はいない。入り口付近を見たが、フェリクス王もいない。一体何に怯えているのか莉奈には理解が出来なかった。
「いや」
「か、神様を食べてしまったんだなと」
特に漁師町から就職したダニーが、若干青褪めている様だった。
「神様?」
「リヴァイアサンって、漁師町では海神様として崇められてるんだよ」
そう言って、ダニーが苦笑いしていた。
一見龍の様な風貌で、水に濡れた鱗は光り輝いて美しく、その姿が水面にチラッと見えれば、太陽光や月光を反射し神々しいらしい。
それ故に水神と崇める村も多いそうだ。
彼の生まれ育った村でも、リヴァイアサンは神様の様である。その神様を知らずのうちに口にした。それが、衝撃過ぎて固まっているみたいだった。
「誰に?」
「え? 誰って……もちろん、村の人だよ」
「なんで、神様って言ってるの?」
「なんでって……」
「え、もしかしてリヴァイアサンって……竜みたいに魔物から人を護ってくれてるの!?」
莉奈がそう訊いたら、神様だと躊躇いを見せていた人達は、アレ? と何故か顔を見合わせていた。
「……いや、護ったり……しない?」
「……あれ? むしろ、襲う事もあったりしないとか?」
言われれば、リヴァイアサンは王竜とは違って、襲わない訳ではないらしい。いや、よく考えたら人など微塵も護る事はなく、襲う方が多かった気がすると呟く声がチラホラ。
それは神なのか? と疑問の声まで上がっていた。
「あ。で、でも、あれだ。人を襲うのは、あの、その天罰的な……?」
「そうだよ。神様だし?」
「え、天罰? 誰が天罰だって言ってるの? まさかリヴァイアサン!?」
「「「……」」」
莉奈が驚愕の表情で返せば、今度はウッと押し黙ってしまった。
莉奈に言われて気付いたが、天罰だなんて言っているのは人である。リヴァイアサンが人を襲ったのに、何故天罰だとその人を責めるのか。
客観的に考えれば、可笑しな話だなと今更に思ったのだ。
莉奈は莉奈で、なんだとガッカリしていた。天罰なんて言うから、王竜みたいにリヴァイアサンも人の言葉を話すのかと思ったのだ。
「なんだ。人がリヴァイアサンを神だと崇めて、人が天罰だと言ってるだけ? それって、もう人の意思だよね。なら、ネズミだって、このブロッコリーだって、誰かが神って言えば同じ様なものじゃん」
「「「ブロッコリー」」」
莉奈がブロッコリーを見て言ったら、皆が段々と返答に詰まっていた。
神龍と勝手に呼んでいるのも人ならば、それをそう決め付け勝手に崇め祀っているのも人間。
そのリヴァイアサンが人を襲えば、天罰が下ったと口にするのも人間なのである。しかも、リヴァイアサンを神様と崇めているが、リヴァイアサンが人に何かしてくれた事もない。
ダニーは、何故崇め始めたのだろうと、唸っていた。
「皆の者、良く聞くが良い。我がブロッコリー神が皆に告ぐ。我は塩茹でが良い。今日は塩茹でにしろ」
「ブッ。ブロッコリー神って」
「何言ってんだよ。リナ〜」
「神託が塩茹で」
「神を食うなよ。神を」
莉奈がブロッコリーを持って掲げれば、皆は吹き出してしまった。
神だと言ったのに、食べるつもりでいるのだから、いよいよ可笑しい。
「まぁ、冗談はさておき。リヴァイアサンにしろブロッコリーにしろ、崇めても何もしてくれない神を崇めるくらいなら、フェリクス王や王竜を拝んだり崇めたりした方が絶対いいと、私は思うけどね」
「「「……」」」
莉奈がそう呟いてブロッコリーを茹で始めていたら、皆は完全に黙ってしまった。
確かにと思うところがあるのだろう。
現に、魔物から護ってくれているのは、フェリクス王や近衛師団兵達であり王竜達だ。決してリヴァイアサンではなかった。
莉奈からしなくても、自分達を護ってくれる王竜やフェリクス王の方が、断然神である。
それに莉奈は思う。
万が一でも、リヴァイアサンや神頼みなんかで願いが叶うなら、莉奈は血反吐を吐いて倒れるまで頼みまくるだろう。
"時間"を戻して、"家族"を返してと。
皆が莉奈に正論を言われ、苦笑いしたり黙っていると、食堂に面したカウンターから柔らかな声がした。
「ちなみにガイリス王国では真逆で、リヴァイアサンは"悪神"と呼ばれ忌み嫌われているんですよ?」
「「「……え??」」」
食堂の窓から、ひょっこり顔を出した人物がそう教えてくれれば、皆は違う意味で今度は絶句していた。
「リヴァイアサンは縄張り意識が高いので、魔物も人も関係なく襲いますからね。あまりにも被害があるとガイリスに限らず、大抵の国は強者の冒険者に依頼して、普通に討伐してもらってますよ?」
まぁ、莉奈みたいに食べたりはしませんがと、ほのほのしたシュゼル皇子がそこにいたのだ。
いつからいたのだろうか。
変な事を言ってなくて良かったと、莉奈はビクッとしていた。
「世界には、色々な国や村がありますから、その数だけ神が創造されているんでしょう。この国では良く食べる鶏も、バレントア国の北東部の村では生き神として祀られていますし、食べる事は勿論、前を横切る事も出来ません」
「「「……」」」
「それだけ、人が創り上げた神は多いって事です。それ故に神も多種多様ですから、一番はもう生き物を口にしなければいい事ですかね。あぁ、そうそう、逆に神を喰らって崇める文化もあるんですよ?」
「「「神を食べる文化」」」
「まぁ、何を神と崇めるのかも、何を罰だと決めるのも大抵の場合は人ですし、神託だと伝えるのも広めるのも、結局は神ではなく人でしょう? 本当に神がいたとしても人を介する以上、その人が思いたいように伝えるのではないですかね?」
「「「……」」」
シュゼル皇子が淡々と説明すれば、皆は何も言えなくなってしまった。
神は皆に言葉は伝えない。必ず神官みたいな人に神託として伝えるのがセオリーだ。……と言う事は、それが真実かどうかも分からない。
だって、神官に都合の悪い話は、言葉にしないだろうしね。
そもそも、人それぞれで崇める神は違う訳だから、気にする人は生き物は口にしない方がイイって事だ。
それこそ、以前のシュゼル皇子みたいに。
だけど、水神様もいそうだ。もう、イチイチ気にしていたら、この世のモノは口に出来ないと思う莉奈だった。
そんな事を皆が各々考えていると、元気いっぱいの声が上がった。
「私は、リヴァイアサンが神でも何でも、美味しいなら食べるよ〜!!」
それもどうかと思うけど……。
神も何も気にしないリリアンがそう言えば、元からリヴァイアサンを神だと崇めていない料理人達からは苦笑いが漏れていた。
他の人が神だからと言っても気にはしないが、魔物である事は変わりはないのだ。それすら、リリアンは気にもしないのだなと笑うしかなかった。
ただ、超稀な食材である事に変わりはないので、今度は違う意味で手が震えると、皆は言っていたけど。
あれだけ海神様だと騒いでいた漁師町のダニーも、信仰心が薄いのかどうでも良くなったのか、皆がリヴァイアサンの刺身に再び手を伸ばすと、その中にシレッと混じっているのだから笑っちゃうよね?
ダニーよ。あれだけ騒いだ海神様はどうした?
莉奈は、思わずそう言いそうになっていたのだった。
◇◇◇
「何かありました?」
結果。
神様は皆の心の中にいるモノで、現実として現れるモノではないと落ち着いたらしい。
神様問題が落ち着いたところで、莉奈はシュゼル皇子に訊いてみた。
用もなく現れる事もあるが、一応何か用があったのかなと。まぁ、アイスクリームをくれと言う可能性もあるけれど。
「真珠姫があなたを攫った原因が判明しましたので、一応報告をと」
シュゼル皇子がそう言えば、皆は莉奈を不憫そうな表情をして見ていた。
理由はともかく、あの連れて行き方はないと、皆でも思うらしい。
「何でした?」
「爪」
「え?」
「碧空の爪がキラキラしていて、不公平だと」
「……爪」
莉奈は一瞬、何の事か忘れていたのでぼ〜としてしまったが、しばらくしてハッと思い出した。
「ぁ、ネイルアート」
そうだ。碧空の君の爪にネイルアートをしてあげたなと。
部屋で大人しくしていろと言ったところで無理な話だし、真珠姫に見られてバレたのだろう。
あれ、キラキラしていたし、バレない訳がないかと莉奈は苦笑いが漏れていた。
「リナは色々と思い付きますね」
爪を飾るなんて発想はありませんでしたと、シュゼル皇子はほんわかしていた。
「ガラスの欠片にあぁいう使い方があるのかと、感心しました」
「見たのですか?」
「真珠姫がやって欲しいと言うので」
参考までにと、シュゼル皇子は碧空の君のネイルアートを見た様だ。
やって欲しいとシュゼル皇子に伝えたのなら、シュゼル皇子が後はやるだろう。
なら、真珠姫も満足して落ち着くだろうと莉奈は胸を撫で下ろしていた。
碧月宮や厨房に突撃して来られても困るからね。
自分の番でいっぱいいっぱいなのに、他の竜なんて構ってられないもん。
コレで安心だと、莉奈は料理に集中する事にしたのであった。




