476 想像すら出来ない魚
「ご飯に汁物はそれでいいとして、メインは何にしようかなぁ」
リック料理長が作った出汁は、言われれば多少生臭さはあるものの、自分が飲む分には全然気にならないくらいに美味しい。
せっかく作ってくれたのだからと、莉奈はリック料理長の作ってくれた魚の出汁に、何か野菜を入れて味噌汁代わりにしようと考えていた。
だが、問題はメインのオカズである。
潮汁的なスープとご飯だけじゃ味気ない。だが、肉な気分ではないし、何にしようかと魔法鞄をゴソゴソと。
そして、莉奈はとある具材をマナ板の上にドンと取り出した。
「え、何その切り身」
「魚か?」
マナ板にのった薄水色の切り身を見た料理人達が、にわかにざわつき始めた。
色や肉質から、動物の肉ではないのは見て分かる。だが、それが何の切り身かまでは分からない。
薄水色の身をもった生き物を知らないからだ。
「キミ達、まだシュゼル殿下から渡された魔法鞄を漁ってないね?」
「「「……」」」
莉奈とシュゼル皇子が【鑑定】して視て、食用可と出た魔物を入れた魔法鞄。莉奈同様に貰ったハズだ。
なのに、何だと言うのだから、ボア・ランナー以降も中身を取り出してもいないのだろう。
「貴重な食材ばかりだから、総料理長の意見を聞いてからと思いました!!」
「……」
「だって、リナがコレを使って新しい料理を作ってくれた時に、もうないじゃガッカリするし」
「味見くらいしてもイイのでは?」
「いやいやいや」
「そこはまずは……」
「「「なぁ?」」」
莉奈がジト目で見ていれば、料理人達は取って付けた様な言い訳をしていた。
食べられると分かっていても、第一人者にはなりたくない。
そして、莉奈がこの材料で美味しい料理を作ってくれた時、足りないのは嫌だなと思ったらしい。
どちらかと言うと、前者な様な気がするが……莉奈はあえて言及はしない事にした。
皆の期待と不安混じりの視線を浴びながら、莉奈はその薄水色の切り身をさらに薄く削ぎ切りにする。
「しかし、その包丁良く切れるな」
切れない包丁だと身が潰れがちだが、師匠達が造ってくれた包丁やナイフは、驚く程に良く切れる。
莉奈が切るのを見ていたリック料理長が、感心していた。
「だよね」
莉奈も切りながらそう思っていた。
だけど、こうなると欲が出るよね?
今度それとなく、刺身包丁を造ってもらえるように交渉しようかなと、莉奈は考えるのであった。
「さて」
包丁はさておき、刺身と言ったら醤油で食べたいところだが、見た目が淡白そうな感じがしたので、まずは軽く塩を振って口に……。
「「「生で食うのかよーーっ!?」」」
莉奈が切り身を生で口に入れた途端に、料理人達から絶叫に近い声が上がっていた。
莉奈は日本人だから、違和感なく魚を生で口にしたが、そんな習慣がない人達からしたら驚愕ものらしい。
漁師町で育った料理人以外は、複雑な表情をしていた。
「ん?」
莉奈は薄切りにした切り身を口にして、首を傾げていた。
味は間違いなく美味しい。淡白かと思われた身だけど、想像以上に脂がのっている。口に入れた瞬間から、上質な旨味を感じる。
「そうだ。サーモンだ」
色がサーモンピンクではないから、頭が疑問だらけになるのであって、もう一口口に入れ目を瞑って噛みしめればサーモンに近い味だ。
色は薄水色だけど、寿司屋でトロサーモンと出しているあの味に似ている。では、何が違うのか。
食感がサーモンより、しっかりしている気がする。部位によっては脂のノリも違うだろうから、また違った味わいかもしれない。
慣れない色味がちょっと頭を混乱させるけど、ものスゴく美味しい。
「塩より、醤油だよね」
厨房に、常備される様になったユショウ・ソイの実の汁を棚から取り出し、その身にチョンチョンと付けて再び口に……。
「あぁ、ウマッ」
刺身に醤油を付けたこの味。
自分はやっぱり、日本人なんだなぁとしみじみ思う。懐かしさしかなかった。
「酢と砂糖があるから、酢飯にして丼ものでもイイな」
莉奈はサーモンに近いと分かったこの身を使って、何を作ろうかワクワクしていた。
だが、生魚を口にする事を躊躇っている皆は、莉奈の口にしている言葉にいつもより活気は見せていなかった。
お酒やお菓子とは大違いである。
「食べていいか?」
そんな中、1番に手を挙げたのは、漁師町で育った料理人ダニーだった。
タコの時も、皆が恐々としている中で普通に調理していたのだから、刺身に抵抗感はないのだろう。
「塩にする? 醤油?」
「醤油」
塩なら村で使って食べていたが、醤油はなかった。なにせ、ユショウ・ソイの実が硬過ぎて割れなかったからだ。
皆が複雑な表情で見守る中、ダニーは躊躇いもなく切り身を口に入れた。
「ん!?」
「どう?」
「うんまぁぁっ!! 何コレ。ピクチャやギロンチより身は軟らかいけど、脂がすげぇのってて旨い!!」
マジかよ、旨いのかと皆がザワつく中、莉奈は彼が口にした聞き慣れない言葉に眉を寄せていた。
"ピクチャ"や"ギロンチ"って何??
コレと比べるのだから、それも魚なのだろう。
だが、聞いた事もない名前に、どんな魚かも想像出来ず、莉奈は首を傾げるばかりであった。




