474 人魚じゃダメですか?
ーーあれから。
フェリクス王の左腕に米俵のように抱えられて連れて来られ、彼の執務室にいた。
莉奈を放置するから騒ぎが起きるのだと、フェリクス王は判断したらしく、ならば目の届く範囲に置けばいいと相成った様だ。
執事長イベールは眉を顰ませていたが、王の決めた事に異を唱える事はなかった。
ただ、莉奈の耳にはヒッソリと、迷惑をかけない様にと苦言があったのは言うまでもない。
「結局、お前はなんで白いのと闘ってたんだよ?」
ソファの上でグッタリする莉奈を見て、エギエディルス皇子が問う。
「ガッてなって、ポイっとされたから」
「擬音で説明すんじゃねぇ」
周りに聞いた話と莉奈の話を相互し、ある程度の事情は分かるが、擬音で説明するなとエギエディルス皇子はツッコんでいた。
「真珠姫が帰城した時にでも、理由を訊いておきましょう」
シュゼル皇子はほのほのと、書類を処理していた。
周囲の人から事情を聞いて、大体分かってはいたが、原因だけはまだ謎のまま。どうせ真珠姫の我儘だろうと想像しているが、一応訊くだけ聞いておこうと思ったのである。
「夜な夜な聖木に何かしたかと思えば、今度は竜と……お前は大人しくしていられないのか?」
シュゼル皇子の処理した書類に目を通しながら、フェリクス王は面白そうにしていた。
想像を遥かに超える莉奈の行動が、一周回ってもはや楽しくて仕方がない。
さすがに、国に害を及ぼす行動ならば行動制限もやむないが、現時点で害はない。それどころか、理にかなっている事が多いのが不思議だ。
そのおかげか、当初莉奈の自由過ぎる言動に不快感や不満を抱いていた一部の者達からも、気付けば一切声が上がらなくなっていた。
食事改善など小さなモノを含め、莉奈の恩恵に与らない者など、この王城だけでなく国にはもはやいないのだ。
何かしら知らず知らずのうちに、莉奈の恩恵にあやかっているという訳である。
「……」
フェリクス王に大人しくしていられないのか? と言われ、押し黙る莉奈。
自分ではこれでも、充分大人しくしているつもりであった。むしろ、周りが騒ぎ過ぎなのでは? と思わなくもない。
莉奈がムスッとしていると、ほのほのとした声が1つ。
「リナは"回遊魚"と同じなんですよ」
「「"回遊魚"?」」
その言葉に眉根を寄せたのはフェリクス王とエギエディルス皇子である。
"回遊魚"と同じと言われても、意味が分からなかったのだ。
「常に動いていないと死んでしまうんです」
マグロやカツオなどの回遊魚は、常に動いていないと身体に酸素を取り込めないので、結果死んでしまうそうだ。
なので寝る時も、速度は遅くなるが常に動いている魚だと、シュゼル皇子が書類を片付けながら説明していた。
その説明になるほどと、フェリクス王とエギエディルス皇子が妙に納得する横で、執事長イベールが無表情に呟いた。
「リナは"半魚人"でしたか」
「「「……ぷっ」」」
途端にフェリクス王兄弟が小さく吹き出していた。
イベールは莉奈の行動に、呆れ半分、揶揄い半分で思わずそう呟いていたのだ。いつも冗談すら言わないイベールのその物言いに、フェリクス王達はつい吹き出してしまったのであった。
"半魚人"。
その言葉を聞く限り、半魚人や人魚がこの世界にも、空想か現実としているのだと莉奈は理解した。
ーーにしてもだ。
エラ呼吸か肺呼吸かはこの際置くとして、同じ魚人をチョイスするなら半魚人じゃなくて人魚でもよくないかな?
莉奈は不服とばかりに、口を尖らせた。
「せめてそこは"人魚"じゃないかな?」
「人魚に失礼ですよ。リナ」
「なっ!」
即時イベールに冷たくそう言われ、莉奈は文句を言おうかと思ったのだが……イベールの冷めた瞳に、もう反論する気が起きなかったのであった。




