463 お前はそれでいい
とりあえず莉奈は、白スライムも解体して貰い、そちらは棒状にしてバットにのせておいた。
粉末状にするなら削り易い棒状の方がいいし、砂糖水で戻すにしても調理しやすいだろうと考えたのである。
「赤とか青も食べられるのかな?」
全色のスライムを入れれば、カラフルで可愛いデザートになるかもしれない。
そう呟けば、隣で聞いていたエギエディルス皇子が頬を引き攣らせていた。
◇◇◇
ーーしばらくして。
莉奈は、このまま白竜宮でやる事があると言うエギエディルス皇子と別れ、スライムを干すため銀海宮に戻って来た。
その真ん中にある広い中庭では、巨大な聖樹がそびえ立ち、人々を唖然、騒然とさせている。
皆が遠巻きで見ている横を、莉奈が何食わぬ顔で通り過ぎれば、気付いた何人かが何故か会釈をしてきた。
「貴女が"聖女"として崇められるようでは、世も末ですね」
何故、会釈なんてされたのだろうと、疑問に思いながら光り輝く聖樹の近くに来てみれば、執事長イベールが音もなく現れた。
調査しに来たのか、ただの見学か分からないが、気付いたら背後にいるなんて恐ろしい。莉奈は一瞬、悲鳴を上げる所であった。
「はい? 聖女?」
「魔物を寄せ付けぬかもしれない"聖樹"を、貴女が創り上げた……と王城では光の速さで広まってますよ」
「いやいやいや、創ってないし」
枯れそうだったから、元気にしただけだと莉奈は手を振り主張する。
「その通りですよ。貴女は許可もなく変な水を作り、何が起きるかも分からないのに勝手に撒いた。ただの大バカ者で愚者」
「……愚者」
「……しかし、非常に不愉快ですが、世間はそう思わないのでしょう」
そう言って、イベールはものスゴく嫌そうにため息を吐いてみせた。
確かに、何が起きるか分からないのに勝手にやったのは良くなかっただろう。それを言われたら、莉奈はぐぅの音も出ない。
「ですので、"聖女"は聖女らしく、お淑やかにしていて下さい」
「……」
迷惑ですので、と冷たい視線を莉奈に投げると、イベールは静かに消えて行ったのであった。
聖樹を取り巻く者達を掃くのと同時に、莉奈にイヤミと苦言を呈しに来たらしい。
「聖女らしくって何だろうか?」
執事長イベールの言葉は、ただの揶揄で嫌味。大人しくしろという意味だけで、深い意味などないだろう。
だが、莉奈はフと考える。聖女らしくとは? と。
大体、聖女が清楚でお淑やかな女性だなんて、誰が言い始めたのだろう。
莉奈は中庭にある聖樹に歩み寄り見上げながら、考えてみた。
綺麗でお淑やか、報酬や対価を求めず、魔物から皆を護り人々を癒す存在。聖女とは人々の希望や願望が、詰まりに詰まった都合良い人物なのでは? と思う。
聖女が不細工な訳がない。我儘の訳がない。ましてや、人の為に何かするのは当たり前で対価を求めるハズはないと。
だが、聖女は人で神ではないのだ。人々の笑顔が自分の誉れだという人間なんかいる訳がない。
生きていく以上、衣食住は最低でも必要だ。それらを求めるのであれば、そこで既に無償ではないのではないか。
ーーと色々考えてみれば。
こちらに来てから、莉奈は皆に良くしてもらっている。
残念ながら聖女ではなかったが、この国の人々の安寧は心から願っているのは事実だ。
莉奈はさらに聖樹に近付いて、両手を重ね合わせて頭を下げた。
「この世界が平和になりますように」と、願いを込めて。
「ヤメろ。背筋がゾクッとする」
莉奈が高尚な願いをしていれば、背後から心底イヤそうな声が聞こえた。
振り返れば渋面顔で腕を摩る、フェリクス王がそこにいた。
「なっ、失礼なんですけど!?」
この国、ひいてはこの世界の平和を願っていたのに、なんていう言い草だ。莉奈は思わず頬が膨れた。
「お前はお前らしくしとけ、気持ち悪ぃ」
そう言って頭をクシャリと撫でてくれるフェリクス王は、とても優しい。
優しいが、気持ち悪いは非常に余計である。莉奈は何故か釈然としない。
「大体、神がいるなら、お前が願う事はこの世界や国の平和じゃねぇ、ただ一つだろうが」
フェリクス王は莉奈の願いなどお見通しである。
神がいれば、莉奈の願う事はただ一つ。
『家族を返して下さい』
きっと、神が一つ願いを叶えてくれると言ったのなら、フェリクス王は莉奈にその権利さえ譲ってくれる気がした。
フェリクス王だけじゃない、シュゼル皇子もエギエディルス皇子も譲ってくれるだろう。
その優しさに莉奈は思わず目を逸らした。
「陛下は、私に甘過ぎると思います」
そんな莉奈の頭を優しく撫でてくれるフェリクス王に、莉奈は思わず呟いていた。
末弟が召喚した事実を差し引いても、自由にさせてくれている。考えなしの莉奈でも、高待遇なのは理解していた。
いつ極刑になってもおかしくない言動や態度。なのに、フェリクス王達は親のように叱る事はあっても、決して罰や罪には問わないのだ。
それにいつまでも甘えてはいけない。それは分かっていても、莉奈にはどうしようもないくらいに出来なかった。
今まであった当たり前の日常が奪われる気がして、心が壊れそうなくらいに怖かった。
だけど、王族に対してこのままで良いのかと葛藤がないかと言われたら、さすがの莉奈でもあった。
日々の疑問や葛藤がフェリクス王の優しさで、莉奈はポロッと口から溢してしまった。
これからは、徐々にでも一線を引かなくてはいけないかも、と思ったのだが、フェリクス王は莉奈の言葉に呆れた様子で笑っていた。
「アホ」
「え?」
「こんなのは甘いうちに入らねぇよ」
「……」
「俺は甘やかすなら、とことん甘やかす派だ」
そう揶揄われれば、今度は顔を上げられなくなっていた。
甘やかす対象が"恋人"だなんて言ってもないのに、もしなったらと想像してしまったのだ。
そんな莉奈を見て、フェリクス王は小さく笑って話を続けた。
「まぁ、冗談はさておき。甘くしているつもりはねぇから安心しろ」
「……」
「もし、お前が自分の意思で、俺の臣下になるっていうなら話は別だが、お前は俺の家臣になりたい訳じゃねぇだろう?」
「……」
「なら、そうしとけ。俺もそのつもりはねぇ。弟が身勝手に喚んだ女を、元の世界に還せないなら家臣に? そんな横暴で理不尽な話があるか」
「……アホって」
王がいて、その国で暮らすのであれば、臣下になるのが普通ではないのか。フェリクス王の言う言葉は、莉奈の概念を簡単に打ち砕いた。
今の自分が言う立場ではないが、敬い従うのはこの国にいるのであれば、例え異世界から来たとしても、当たり前なのではないのか。
他の国だったら、絶対に今の立ち位置はない。
聖女でないと分かった途端に放逐か、良くて侍女や使用人。下手したら極刑で、召喚した事実ごと消されていただろう。
それが出来るのが、王なのだから。
莉奈が押し黙っていたら、再び頭をクシャリと撫でられた。
「口さがないヤツは軽口を叩くお前に、これからも何か言ってくるだろう。だが、放っておけ。お前だけは、俺にこう言う権利があるんだからな。"文句があるなら、元の世界に還せ"ってな?」
そう言って悪そうな笑みを浮かべていた。
そんな事を言うのはきっとフェリクス王だけだ。
末弟の犯した罪を、自分の罪のように一緒に償い……護ってくれている。莉奈を還せないフェリクス王なりの、贖罪なのかもしれない。
莉奈はフェリクス王の言葉に目を見開き、嬉しくてついいつもの軽口が滑る。
「……還せないのに?」
軽口は彼に甘えているのもあるが、フェリクス王にならいつ斬られてもいいと思っているから。それは本心である。
だけど、絶対に斬らないと分かっていて、そんな事をするなんて我ながら卑怯だと思う。
でも、王族と平民という線引きを今したら、寂しくて心が折れそうだ。
せめて心の拠り所が見つかるまで、今のままでいる事を許して欲しい。莉奈はそう願わずにはいられなかった。
そんな莉奈の心境など、きっとお見通しなのだろう。
「それでいい」
軽口で返した莉奈にフェリクス王はそう言って、さらに頭をクシャクシャと愉しそうに撫で回してくれたのだった。




