461 リナの基準が分からない
「あ」
そろそろ、城内に戻ろうかとした時ーー。
数m離れた木の陰で、逃げ遅れたのか逃げなかったのか、小さく揺れているスライムをエギエディルス皇子が発見し、小さく声を上げた。
「黒だ」
エギエディルス皇子の声に気付いた莉奈も、目線の方向を見た。
透けているから真っ黒とは言えないけど、黒色のスライムがそこにたゆんといた。
【黒スライム】
地面のある所であれば、どこにでも生息している黒色スライム。
ただ、他色のスライムと違い草花しか食べない魔物。
甘い液を吐いて寝かせたり、顔にめがけて飛んで来て窒息させる。
〈用途〉
色ナシの様に、培養は出来ない。
核や消化器官を取り除いたスライムは、温めたり冷やす事で保温剤や保冷剤として使用可能。
但し、何回か繰り返すと腐る。
薄くスライスして、1度乾燥させたスライムを化粧水やローションで戻すと、美容パックになる。
〈その他〉
核や消化器官は食べられないが、表皮を取り除いた身は食用可。
とっさに【鑑定】した莉奈は、やっぱり食べられるのかと苦笑いしていた。
しかし、色ナシがナタデココ風なら、黒色は? と何となく気になり、さらに【検索】を掛けて詳しく視る。
【表皮を取り除いた身】
水で良く洗い、1度乾燥させてから水で戻すと弾力を楽しめる。
砂糖水で戻すと、独特の風味が出てより美味しい。
とある世界のタピオカに食感が似ている。
「タピオカだとーー!?」
独特の風味だと表記されているのであれば、黒糖風味ではなかろうか。
莉奈は、勝手に想像してテンションが爆上がりしていた。
ナタデココにはさほど興味はないが、タピオカなら別だ。あの白玉に似たモチッとした食感。ミルクティーと一緒に食べると最高でしょう。
本来なら、原料であるキャッサバの根茎、ウビカユが必要である。だが、それが必要でないばかりか、面倒くさい工程を全て吹っ飛ばして食べられるなんて、まるで奇跡か夢のようだ。
サクッと黒色スライムを取っ捕まえて加工して、ミルクティーにたっぷり入れて食べたい。
「だから、鑑定してんじゃねぇよ」
瞳をキラキラさせて喜ぶ莉奈の横で、エギエディルス皇子が半目で見ていた。
タピオカが何か知らないが、絶対にまた【鑑定】した事だけは分かったのだ。エギエディルス皇子は呆れ過ぎて、笑いも出なかった。
「エド、生きる黒糖タピオカだよ、アレ!!」
莉奈は黒色のスライムを指差し、興奮していた。
だが、莉奈以外には、ただのスライム。莉奈のテンションとはまったく真逆の反応を見せている。
そんな皆をよそに【鑑定】を掛けて視た莉奈は、黒スライムは黒糖タピオカにしか見えなくなっていた。
「は?」
「タピオカはミルクたっぷりの紅茶に入れて飲むと、モチモチしてすっごい美味しいんだよ!?」
「んなの、知らねぇし」
「タピオカを知らないなんて、人生損してるよ!?」
「だから、お前はさっきから何を言ってんだよ。アレは"スライム"だろうが!!」
「違う! 生きる黒糖タピオカ!!」
誰が何と言おうと、もはや莉奈の目には動く黒糖タピオカの塊にしか見えない。
色ナシのスライムも、蹴りで倒せたのだから何とかなるだろうと、莉奈は黒スライムに突進していた。
エギエディルス皇子達が背後で何か言っていたが、莉奈の耳には何も入らなかった。
「"か弱き乙女"はどうした!?」
「リナ〜、か弱き乙女はスライムなんか追い回さねぇぞ〜?」
「スライムを食うために追い回す女、俺初めて見た」
「だけど、黒色なんて珍しくないか? スライムの新種かな」
「色はともかく、スライムなんか美味しいのかね〜?」
「リナが美味しいって言ってんなら、案外マジで美味しいのかもな」
「「「食べるかは別として」」」
スライムごときで莉奈がやられる訳がないと、妙な確証を感じている皆は、スライムより他の魔物や動物を警戒しながら莉奈を見守っていた。
例え熊と遭遇しても、莉奈を助けるか観戦するか悩みそうだ。
むしろ、見てみたいと思うのは不謹慎だろうか?
ーー数十分後。
「タピオカ倒して来たよ〜?」
皆が他の事に気を取られている中、莉奈は追い回しまくり、蹴り倒して来たのであった。
スライムは想像以上に俊敏で、追い回す莉奈にもさすがに疲れが見えていた。時間と体力勝負になりかけた時、急に終わりを告げたのだ。
なんと、途中からスライムが3匹に増えたのである。
逃げ回っていたスライムは、仲間が助けに来た事で形勢逆転だと思ったのか、莉奈と戦う姿勢に変えたのだ。
だが、そうなれば、莉奈の思う壺である。
1匹が3匹に増えた所で、食欲の権化である莉奈の敵ではない。
右から来ようと左から来ようと、スライム以上に俊敏でキレッキレの足技が炸裂しまくり、アレよアレよと倒されたのである。
子供でも倒せるスライムなど、闘神の莉奈の前では赤子の手を捻るかの如くであった。
「……何に入れて来てんだよ」
「寸胴鍋」
簡単にスライムを倒して来た事にも驚きだが、その倒したスライムを寸胴鍋に入れて来た莉奈に、エギエディルス皇子達は思わず頬が引き攣った。
「鍋って、そういう使い方じゃねぇだろ」
「手頃な入れ物がコレしかなかったんだもん」
「しかも、1匹じゃねぇし」
莉奈の持って来た寸胴鍋を覗いて見れば、どう見ても数匹重なって入っている。
エギエディルス皇子は、さらに頬が引き攣っていた。
「軍部に持って行ったら、解体してくれるかな?」
「……」
「黒糖〜タピオカ〜」
皆が苦笑いしている中、莉奈は鼻歌混じりに、黒スライム入り寸胴鍋を魔法鞄にしまった。
「ミミズはいいのかよ?」
エギエディルス皇子が地面に蠢くミミズを、指差した。
「いらん!!」
「……」
スライムは嬉々として追い回しておいて、ミミズには身震いして見せる莉奈に、エギエディルス皇子はもう何か言うのをヤメるのだった。




