448 閑話 リナのクシャミの原因
ーー聖木が健康に戻るどころか、聖樹に進化した。
いつ枯死するかも分からない状態の、あの木がである。
「数百年くらい経つと、リナは"聖女"と呼ばれているんでしょうね」
「あ゛?」
眠そうな表情のシュゼル皇子がボンヤリとそう呟けば、フェリクス王は目を眇めていた。
莉奈が"聖女"?
フェリクス王には、女をどこかに捨てた様なあの莉奈が、どうひっくり返っても聖女には見えない。
「ちなみに兄上は自身がこの国で、なんと呼ばれているか知ってますか?」
「……狂王か?」
或いは凶王だろうと、フェリクス王は自分を揶揄する様に鼻で笑った。
しかし、シュゼル皇子はほのほのと微笑む。
「"勇者"ですよ」
「……」
「魔物を蹴散らすのですから、あながち間違いではないですが」
「あのなぁ」
蹴散らしているのは自分だけでないと、フェリクス王は思う。
だが、王都や国全土の噂話はフェリクス王の耳にも入っている。だから、長弟シュゼルが言う様に、そんな噂がないとは言えない。
しかし、長弟から訊くとやたら真実味が出てくるから、フェリクス王は不機嫌な表情に変わっていた。
「兄上がそうであるように、コレを見た者達も口々に噂話として広める事でしょう。リナが聖木を聖樹にしたのは確かですし、何も知らぬ者からしたら、魔物を寄せ付けぬ聖樹をリナが創り上げた……と言っても過言ではありませんからね」
「……面倒な」
「例え箝口令を出したとしても、全ての人の口を閉ざすのなんて不可能ですからね。で、何が起きるかと言えば、人の口を介せばその数だけ脚色される。その証拠に伝承や古文書なんて、古ければ古い程にあやふやで不確か。ましてや、書き手が増えれば増えただけの真実がある。聖女や勇者の文献を見る限りでも過剰に書いたり、ない事を付加したりと国や地域によって様々ではありませんか」
「……」
「今は噂を正す者がいる。しかし、年月が経過し真実を語る者がいなくなれば、途端に語り手は語りたい様に語る事でしょう。……ヴァルタール皇国には、その昔"聖女"と"勇者"がいた……と」
人が語る伝承なんてそんなモノだ。
人が喜ぶ様に付加させ、していない事までもした様に脚色する。まるで、神だったかの様に。
莉奈だけでなく、兄王フェリクスも勇者として人々に伝承されていくに違いない。
フェリクス王はますます面倒くさそうな表情をしていた。
皇帝だった父ならば、諸手を挙げて喜んだ事だろう。だが、息子フェリクスには面倒事でしかなかった。
「なら、お前は"大賢者"として語らせようか?」
胡散くさい伝承の一部に長弟も加えてやろうと、フェリクス王は算段する。
どうせなら、関係者を皆巻き込んでしまえと。
「ふふっ……ではエギエディルスは"剣聖"なんてどうでしょう?」
それはそれで面白いとシュゼル皇子は笑った。
ならばいっそ、盛大に脚色してしまえばいい。
脚色もやり過ぎれば、途端に駄作になる。そうなれば、訊いた者達は非現実過ぎて真実だとは思わず、御伽噺としてただ面白く語っていくだろう。
「それはいい。なら、真実味を少し加えるためにも鍛えてやらんとな」
とフェリクス王は意地悪そうな笑みを浮かべた。
さらに厳しいしごきがあるのかと、シュゼル皇子は少しエギエディルス皇子を憐れんだ。
弟は、可愛いだけでいて欲しいなと。だが、そうもいられないのもまた然りである。
「まぁ、俺に言わせれば、リナは"聖女"というより"拳神"の方が似合いそうだと」
"シュゼル・スペシャル"という魔法薬を差し引いても、真珠姫に当てた回し蹴りは見事だったなと、フェリクス王は顎をひと撫でしていた。
「確かに」
シュゼル皇子も面白そうに笑っていた。
戦う聖女が1人くらいいてもいいが、莉奈は聖女というより拳神の方がしっくりくる。
どちらにせよ、魔物を寄せ付けない点では、兄も莉奈も同じだなとシュゼル皇子は笑っていた。
「で? 兄上はどこまで付いて来るのですか?」
もうひと眠りしようと自室に向かう自分に、まだ兄王が付いて来るのでシュゼル皇子は問う。
何か用でもあるのかと。
「お前の部屋の書物に、聖木か聖樹の文献があったのを思い出したんでな」
気になるから読み返そうと、フェリクス王は思ったのだ。
だが、ひと眠りしようとしていたシュゼル皇子は、至極迷惑そうな表情をした。
「後にでも」
「気にせず寝てろ」
「気になりますので、お帰り下さい」
「読んだら帰る」
「書物をお貸し致しますのでーー」
「返すのが面倒」
「……静かに眠りたいのですが?」
「書物を読むだけだろうが」
「……リナを呼びますよ?」
「あ゛? なんでだよ」
莉奈を呼ぶ意味が分からないとフェリクス王は目を眇め、シュゼル皇子は転移の間を指差し、帰れとにこやかに微笑んだ。
帰れ帰らぬと、フェリクス王とシュゼル皇子の奇妙な攻防は、その後しばらく続いたという。




