445 とりあえず"おやすみなさい"
皆が言葉を失い、静寂が訪れていた。
夕刻まで、いつ枯死してもおかしくなかった聖木が、元気になるどころか何故か進化した。
この短時間で、この聖木に何が起きたのか誰一人として分からなかった。
あまりの出来事に皆が唖然としていると、フェリクス王がその沈黙を破り聖樹にツカツカと近付いていた。
何をするのだと皆が見守る中、なんとその聖樹をドカンと蹴ったのである。
「「兄上!?」」
まさか、この状況で聖樹を蹴るとは思わなかった。
弟皇子が疑問と驚きで首を傾げる中、堆くそびえ立つ聖樹が一瞬ブルリと震え、高い枝から「んぎゃ」と小さく声が上がった。
そして、ガサガサと枝や葉が揺れるのと同時に、そこから莉奈が落ちて来たのである。
「「……っ!?」」
ただでさえ皆が聖樹で驚愕しているのに、そこから落ちて来る莉奈。
現状が理解出来ず、目を丸くさせたエギエディルス皇子。
「風座布団」
シュゼル皇子は小さく目を見張ったものの、落下する莉奈に向かって慌てて風魔法を掛けた。
おかげで、莉奈は頭から地に激突する事はなく、フワリと地に落ちた。
但し、思わず正座する形に。
「そこで何をしてやがる」
そうなのだ。莉奈が慌てて逃げた先は聖樹の上だった。
そこから落ちて来た莉奈にはもはや、関係ありませんと言う選択肢はないも同然だ。
眼前にフェリクス王。
背後にシュゼル皇子。
横にはエギエディルス皇子。
莉奈に逃げ場などない。
「えっと、木登り?」
「ほぉ? こんな夜更けに?」
「……よ、夜更けに」
ーーゴッツン!!
「いったぁぁぁぁ〜っい!!」
そんな返答にフェリクス王が納得する訳もなく、莉奈の頭にゲンコツが落ちて来た。
当たり前である。どんな理由があると、こんな真夜中に木登りを始めるのか。誰がどう聞いても嘘だと分かる。
あまりの痛さに蹲っていると、フェリクス王に首根っこを掴まれ、強制的に正面に立たされた。
「ふざけた事を抜かすな。いいか、次の俺の質問に"はい"で答えろ」
「……え゛」
「分かったな」
「はい?」
え? "はい"だけ?
あれ? "いいえ"は何処?
「聖木に何かしたな?」
「……え、い」
「したな?」
「……は……ぃ」
もはや、莉奈が何かしたのは確定らしく、否定の言葉など口にすらさせてもらえなかった。
フェリクス王の有無を言わせない圧が怖い。
「何をした?」
「え゛」
「何をした」
「……えっと」
「あ゛?」
「……み、水を少し……あげただけ?」
目を逸らしながら、間違いではないけど、正解でもない答え方をした莉奈。だが、そんな答えでフェリクス王の追求は止まるハズはない。
「どんな水だ」
「……えっと、木が……元気になる水?」
「ほぉ?」
「……その、お米の研ぎ汁とか……バナナで作った水とかですよ?」
「とか?」
「あの、後はニンニクとか、カイエンペッパー……も入れたかも?」
「で?」
「え?」
「他」
他にも混ぜたよな? とフェリクス王の鋭い視線が莉奈に突き刺さる。
莉奈はゴニョゴニョと小さく濁して言ったものの、逃げ場がないと諦めた。
「……ポ、ポーションもちょっと入れちゃったかな〜、なんて?」
莉奈がテヘッと笑えば、フェリクス王の口端が少し上がった。
アレ? 許してもらえたかな?
ーーガツン!
「んぎゃ!!」
「勝手に魔法薬を作ってんじゃねぇ!」
許してはもらえなかった。
フェリクス王の鋭い手刀が頭に落ち、莉奈は再び地面と友達である。
痛さで、もう星さえ見えない。真っ暗であった。
「お前、バカだろう?」
こうならない訳がないのにと、憐んだエギエディルス皇子が、莉奈の頭にポーションをドバドバ掛けてくれた。
そのおかげで2個程出来ていたタンコブが、皮膚が波を打つような奇妙な感覚と共に綺麗になくなった。
ゲオルグ師団長がやたらとくれるポーションも、こういう使い道があるのだなと、こんな時に次回から使おうと心に留めた莉奈だった。
「だって、どうせ枯れちゃうならいいかな〜? なんて?」
テヘッと小首を傾げて可愛らしく、返事を返してみたらーー。
「良くねぇ」
「可愛くもねぇ」
とエギエディルス皇子の声に混じり、フェリクス王のため息を吐く音が聞こえた。
テヘなんてやっても、仕方がないとはいかなかった。
でも、可愛くないとか、ただの悪口じゃないかな?
そんなフェリクス王達と莉奈のやり取りを他所に、シュゼル皇子はポンと手を叩いた。
「まぁ、やってしまったものは仕方がありません。とりあえずーー」
「「とりあえず?」」
「ひと眠りしましょう」
「「「はぁぁ??」」」
爽やかな笑顔でそう言うものだから、さすがの莉奈もフェリクス王と末皇子と一瞬に唖然としていた。
やらかした自分が言うのも何だが、聖木がこんな変化を遂げたのに、寝るとはどういう事だ。調査的な何かはしないのか。
だが、聖木が聖樹になった原因がハッキリして、とてもスッキリしたシュゼル皇子は、ほのほのとしていた。
「寝るって何だよ」
「だって、まだ夜は明けてませんよ?」
「いや、まぁそうだけど……」
「エディ? 私は眠いんですよ」
「……」
それどころじゃないだろと、兄王を見たエギエディルス皇子。
フェリクス王は何も言わずに、そんなエギエディルス皇子の頭をわしゃわしゃと撫で返していた。
シュゼル皇子を気にするだけ、損という事なのかもしれない。
「リナは警備兵と分担して、朝露を集めておいて下さいね?」
「……朝露」
確かに、朝露も魔法薬になると表記されていたけど。
今日は朝露が出来る気象条件でしょうかね? 莉奈は思わず聖樹を見上げた。
だが、誰からも返事はなかった。
「花や落ちている実も拾っておいて下さいね?」
「……はぁ」
言われて見れば、花だけでなく何個か聖樹の実が落ちている。
フェリクス王が足蹴にしたせい……いや、おかげだろう。
……というかフェリクス王、神樹とも呼ばれる聖樹を蹴りましたけど? そこは誰も何も言わないの?
莉奈はツッコミたかったけど、また怒られると思い飲み込んだ。
神の木を蹴る王も王だけど、こんな状況で二度寝しようとしている宰相も宰相だよね。
エギエディルス皇子は普通に可愛い。
とりあえず莉奈は、エギエディルス皇子を見て癒されるのであった。




