442 莉奈はやっぱり莉奈だった
それからしばらく。
莉奈は莉奈なりに大人しく過ごしていた……様に見えた。
今回の出来事があっという間に王城内に広まり、さすがの莉奈も大人しくせざるを得なかったともいう。
「リナが大人しいと、逆に不気味よね」
早朝、朝食後の紅茶を淹れてくれた侍女のモニカが呟いた。
何かやらかすのが莉奈の普通だと認識している皆は、嵐の前の静けさではないのかと、怯えていた。
「失礼じゃない?」
莉奈はプクリと頬を膨らませる。
その言い方だと、普段は暴れ回っているみたいだ。
「だけど、聖木が引っこ抜かれたのは由々しき事態よね」
ラナ女官長が困惑した様子を見せた。
聖木は魔除けの木だという事は、小さな子供でも知っている。それを竜が抜いて来るとは誰も思わなかった。
あれからフェリクス王が、単身自分の知る限りの聖木の場所を調査しに行ったらしい。
ポンポコがブチ抜いて来た聖木の場所は分かった様で、幸いな事に現時点では、大した支障はないそうだった。
いつも能天気なアンナでも、さすがに番がやった事の重大性は理解しており、肩身の狭い思いをしているらしい。
謹慎が解け次第、ポンポコと連帯で聖木を抜いた周辺を警戒する命が下る事だろう。
「聖木って元気になったら、力を取り戻すのかな?」
「「さぁ?」」
アンナのためにもどうにか出来ないかなと思った莉奈が、2人に訊いてみたのだが、分からないと返事が返ってきた。
それもそうなのである。
聖木が引っこ抜かれた事は初めてだし、ましてや令嬢である2人は、聖木の御利益を直接受ける様な所にはいかない。
街を離れるにしても、精鋭の護衛を付けるだろうし、ひょっとしたら聖木も実際に見た事もないのだろう。
だが、抜いたらヤバいという事は理解している。
「ポーションとかあげたら、元気になったりしないかな?」
「そんなの、とっくにシュゼル殿下が試されてるわよ」
「だよねぇ〜」
そもそも、ポーションは傷を癒すもので、枯れそうな木には効かないだろう。
莉奈もラナ女官長やモニカも、ため息を吐くのであった。
◇◇◇
いつもならこの後、のんびりと厨房に向かうのだが、ラナ女官長達と話をしていたら、銀海宮の中庭に移植された聖木が気になってしまった。
ならばと見に行けば、聖木はかろうじて生きている状態だった。
植物に詳しくない莉奈でさえも、危険な状態なのは分かる。
それを見た莉奈は、何か自分に出来る事があればいいなと、考えながら厨房で皆の手伝いをしていた。
そして、糠漬けモドキのパン床に飽き、米糠から本格的な糠床を作ろうと糠を手にした時、ピキンと閃いた。
そうだ。
おばあちゃんはいつも庭の木や花に、米の研ぎ汁を撒いていたなと。
おじいちゃんは「土がカビるからやめんか」と怒っていたが、おばあちゃんはガン無視して毎日撒いていた。
米糠は勿論、研ぎ汁にもミネラルが入っていて肥料に良いのだと、おばあちゃんは言っていた。
……けど、確かそのまま撒いてはダメだった気が。
あ、そうだ。
結局、TVでダメだと言っていた番組があって、おじいちゃんが「ホレ、見た事か」と鼻で笑って……おばあちゃんにギロッと睨まれていたんだ。
おばあちゃんの言う通り、米糠に栄養があるのは間違いない。
だけど、米糠を肥料にするには発酵が必要で、かなりの時間が掛かる。
でも、研ぎ汁なら、1週間程度で発酵したハズ。
なら、枯れる前に間に合うかもしれない。
莉奈は一応他の材料も準備して、1週間発酵を待つ事にした。
ーーそう。
莉奈が大人しくしていたのは、それを作っていたからである。
◇◇◇
ーーそして、とある日の夜更け。
警備兵以外が起きていない……そんな時間に、莉奈は自室で調合をしていた。
米の研ぎ汁に砂糖と塩、そして牛乳を入れ1週間発酵させた液体肥料。
バナナの皮を細かく刻んで水に漬け、こちらは3日程発酵させたバナナの肥料。
そして、意外に万能なポーションの3つである。
発酵させておいた瓶の蓋を開けると、発酵しているので奇妙な臭いがするが、思ったより気にならない。
確か、沈殿物はいらないと聞いた覚えがあるので、米の研ぎ汁の肥料もバナナの肥料も、布でしっかりと濾し出来るだけ不純物を取り除いておく。
白濁した米の研ぎ汁の肥料と、黒ずんだバナナの皮の肥料。
さて、どちらで作ろうか? と莉奈は悩み、せっかく作ったんだし面白そうだからと、結局全部混ぜてみる事にした。
誰もいない自室。
止める者がいない夜更。
莉奈の変なスイッチが、カチリと入った。
テーブルにのせた大きなスープ用の寸胴に、莉奈は何も考えず材料をドボドボと全部投入。
「肥料にな〜れ。肥料にな〜れ」
変な唄まで歌い始めていた。
最後にポーションを入れて混ぜ始めようとした時、虫除けも必要だろうとカイエンペッパーを少々、元気といえばニンニクでしょう!! と摺り下ろしたニンニクまで入れる暴挙に出てしまった。
そうなのだ。
莉奈は本来の目的を忘れて、もはや楽しんでいたのである。
化学の実験の様なこの調合、何が起きるか分からないワクワク感。
大人しくした分、弾けに弾けた莉奈は、面白くて仕方がなかった。
材料を適当に入れ好き勝手アレンジまで加え、大きな木ベラで混ぜ始めた数秒後ーー。
ーーポゥと、寸胴の中が何やら淡く光った。
「完成〜っ!!」
光ったからではなく、もはや感覚で完成だと莉奈は理解した。
間違いなく肥料が出来ただろうと、訳の分からない確信があった。
莉奈、満を持しての【鑑定】である。
【超メモネックス】
どんな瀕死の樹木も、根に撒いたり散布させると、瞬時に元気になる。
特殊な配合で作られた魔法薬。
「……んん??」
なんだそれ?
莉奈は早速、出来上がったモノを【鑑定】し目が点になった。
【超メモネックス】
どんな瀕死の樹木も、根に撒いたり散布させると、瞬時に元気になる。
特殊な配合で作られた魔法薬。
「……超メモネックス??」
見間違いかと思い、もう一度【鑑定】して視たが見間違いではなかった。
液体肥料を作ったハズなのだが、何故かそれは"超メモネックス"という、まったく別の何かだった。




