436 罪悪感たっぷり、だが悪魔的美味さ
「まぁ、とにかく……カスタードクリームと好みのジャムを、パン生地に包んで焼く事にしよう」
リリアンの相手をしていると疲れるので、聞かなかった事にして莉奈は作業に戻った。
さっき作ったカスタードクリームとジャムが漏れない様に、パン生地に丁寧に包んでいた。
シュゼル皇子が何のジャムが1番好きか分からないので、定番の苺とオレンジは外さない様にしておく。
莉奈が簡単に説明する横で、あれだけ変な事を言っていたリリアンも作業に加わっていた。
その手際の良さに莉奈は唖然となっていた。
餃子の時も思ったけど、あんな言動をする様な人と同一人物だとは全く思えない。
「パン以外では、相変わらずポンコツなんだけどな」
莉奈が唖然としていたら、言いたい事を察したリック料理長が苦笑いしていた。
どうやらリリアンは、パン生地作りだけならこの王宮で1、2を争うくらいに腕がいいらしい。
餃子の時といい、あなた誰ですか? というくらいに別人に見える。
むしろ、いつもこの姿であってほしい。
「では、師匠が包んでくれたパン生地を鉄板にのせて、その上からさらに鉄板をのせて焼こう」
「「「パン生地の上に鉄板をのせるの??」」」
大抵パンを焼く時は、鉄板にパン生地をのせてオーブンに入れる。
だが、莉奈は鉄板に並べたパン生地の上に、もう一つ鉄板をのせたので皆が目を丸くさせていた。
「潰すのかい?」
「違うよ? 少しは潰れちゃうけど、押し付けないで軽くのせるだけ。こうすると、両面がパリッと焼けて食感が楽しくなるんだよ」
ふわっふわのクリームパンも勿論美味しいけど、表面はパリッとして中がふわっとしているのも面白い。
莉奈は食感をより楽しめるクリームパンにしたのである。
皆が感心した様子で見守る中、莉奈はパン生地をオーブンに入れた。
鶏皮を押さえ付けるとパリパリになる様に、パン生地も少し押さえ付けるとパリパリになるのだ。
焼き過ぎてはガリガリになってしまうから、焼き加減は見極めないとタダの固いパンになる。
ーーチン。
焼き上がりの合図の音がした。
常々思うけど異世界なのに出来上がりの音が同じって、親近感はあるけど違和感があってなんか笑っちゃうよね。
熱々の上の鉄板を退ければ、綺麗なキツネ色に焼き上がったクリームパンとジャムパンが姿を現し、ふわりとした香ばしい匂いがパン工房に充満する。
「焼き立てクリームパンとジャムパンの試食会といこう!!」
「「「おーーっ!!」」」
昨日のハイボール祭りで、二日酔いや胃もたれを起こしていない人達で、菓子パンの試食会となったのであった。
周りはザクッとしていて、中はふんわりしていてクリームはとろり。
アツアツと言いながらクリームパンを頬張れば、皆の表情はたちまち笑顔になっていた。
「ザクッふわっ!!」
「カスタードクリームがウマイな」
「パンにプリンが入ったみたいな不思議な感じ」
「俺は、ジャムは苺が美味しいと思う」
「え〜? オレンジも美味しいわよ。焼いたから、出来立てのジャムが入ってるみたい」
「甘いパンはフレンチトーストだけかと思ってた」
「あっちはふんわり。こっちはザクッ。どっちも美味しいよね」
新しい菓子パンに、皆は夢中になって食べていた。
朝食もまだみたいだったから、余計に美味しいと感じるのかもしれない。
だけど、焼き立てのパンは匂いが既に美味しいよね。
シュゼル皇子とエギエディルス皇子は、これを出してあげれば喜ぶだろう。
だが、フェリクス王は顔を顰める事間違いなしである。
莉奈はフェリクス王にも、何か新作で甘くないパンを作るかなと気合いを入れ直した。
「あれ? リナ、まだ何か作るのか?」
リック料理長は、焼き上がったバゲットをポイポイと大きなバットに入れて、厨房に戻って行く莉奈の姿に気付いた。
まだ何か作るなとリック料理長は慌てて、試食用のクリームパンを1切れ口にして、莉奈の後を付いて行く。
「あ、戻って来た」
あっちへこっちへと忙しなく動いている莉奈を見て、料理人達は笑っていた。
面倒くさがりの莉奈にしては、早朝からやる気満々である。
厨房に戻って早々、ボウルにバターや卵など次々と入れ混ぜ始めた。
「なぁなぁ、無言で作るのやめろよ」
「何作ってんだよ?」
「手伝うし教えてよ」
見て覚えられるのはリック料理長くらいなモノだ。
無言の割りに妙な笑みを溢して何かを混ぜている莉奈に、皆は苦笑いしていた。
莉奈の事だから美味しい物は確かだが、何故そんな笑みを浮かべているのかが謎で怖い。
「溶かしバター、卵、おろしニンニク、牛乳、マヨネーズ……後はハチミツに塩? 乾燥パセリ? ガーリックバターの新作か?」
真面目なリック料理長はメモを取りながら、手際良く作業を進める莉奈をジッと観察していた。
莉奈のその笑みが気にならないと言えば嘘になるが、シャカシャカと混ぜている材料に違和感はない。
なら、どちらが気になるかと天秤にかけた時、重心が下になるのは料理だ。莉奈の笑みは見なかった事にした。
「パンには十字に切り込み……なるほど」
莉奈が何故か無言で作る料理を、リック料理長は気にもせず真剣に見ていた。
不気味に笑う莉奈と真剣なリック料理長。そんな奇妙な光景に苦笑いしつつ、皆も自分達の作業をしながら見守っていた。
「え? パンに染み込ませるのか!!」
莉奈は、切り込みを入れたパンの切り込みを下にして、色々混ぜた溶かしバターの湖にドブンとダイブさせていた。
スポンジみたいなパンは、たっぷりの溶かしバターを吸い上げている。
何個目か分からないパンをドボンと入れれば、バターの湖はあっという間に空になったのだった。
「で、どうするんだい?」
気になって仕方がなくなったリック料理長は、邪魔をするつもりはなかったが、堪らず訊いてしまった。
「鉄板に並べて、切り込みに好みのチーズをたっぷりのせて焼く」
食べて貰うのがフェリクス王なので、ただのクリームチーズにしたけど、ここにハチミツを加えて焼いても美味しいし、ブルーチーズが好きなら、それを足しても風味がガラッと変わって面白い。アレンジは色々だ。
「さらにチーズか!!」
味の想像はなんとなく出来るが、普通のガーリックパンと何が違うのかリック料理長も皆もワクワクしていた。
厨房にはパンの焼き上がる匂いが充満する。
焦がしバターの様な香りとニンニクの堪らない香り。
さっき軽く朝食を食べたハズなのに、鼻を擽りまくるガーリックパンの匂いに皆の腹が小さく鳴った。
ーーチン。
焼き上がりの合図が響けば、皆の手が止まり、オーブンを開ける莉奈に釘付けである。
「新作ガーリックパンの出来上がりだよ」
自分用とフェリクス王達の分を取り、後はお皿にのせ、皆に試食だと手渡した。
フワリと香る甘いバターの香りとガツンとくるニンニクの香り。
熱々のパンを皆で千切って口に入れれば、じゅわじゅわとガーリックバターが口いっぱいに広がった。
「ヤバい。ガーリックバターが堪んないんですけど!?」
「塗って焼いたガーリックパンとは違って、パンなのにジューシー」
「うっわ、口がニンニク臭い……けど、手が止まんない!!」
「朝から、なんかヤバいパンを食った気がする」
「これ絶対、一日中ニンニク臭くなるヤツだ!!」
「「「でも堪らな〜い」」」
ハイボール祭りの早朝に、ニンニクたっぷりのパン。
絶対にダメなヤツだと薄々感じつつ、皆は誘惑に逆えず次々と口に運んでいた。
「ちなみにこのガーリックパンの名前、教えてあげようか?」
莉奈は自分が食べるのは一切れだけに抑え、後は魔法鞄にしまってニコリと笑った。
その笑みに思わず半歩下がる一同。
その皆にさらに深い笑みを浮かべる莉奈。
「"悪魔のパン"だよ」
「「「あ、あ、悪魔のパンーーッ!?」」」
皆がその名称に絶叫した。
美味しかった。だが、どうして悪魔のパンなのだ。悪魔的要素がどこにも見えないと、顔を見合わせ首を傾げていた。
そんな皆に、莉奈はクツクツと悪魔の様な笑みを浮かべて見せた。
「別名"カロリーモンスター"とも言う」
「「「え゛??」」」
「「「カ、カロリーモンスター??」」」
カロリーが何を意味するのか、なんとなくピンときた皆は固まった。
莉奈がたまに口にするカロリー。意味は分からない。だが、何に対して良く使うのか薄々感じていた。
聞いていないつもりでいたが、莉奈の笑みの意味が分かり確信してしまった。
「たっぷりのバター、たっぷりのチーズ」
「「「……」」」
聞きたくない、聞きたくないと皆は一斉に耳を塞いだ。
だが、耳には聞こえなくとも、莉奈の悪魔的な声は耳ではなく心に響いていた。
『悪魔のパンだよ?』




