430 ここは居酒屋ではありませんよ?
「手ぶらはヤメた方がいいと思うけどな」
気合いを入れて行こうとしている数人を見て、莉奈は作業に取り掛かりながら呟いた。
バーツの性格からして、金で交渉してもくれると思えない。
「「「え?」」」
「せっかく、ここにバーツさんの好きなお酒やツマミがあるんだから、ハイボールと焼き立ての餃子をチラつかせた方がいいと思う」
「「「確かに!!」」」
莉奈に言われて気付いた料理人達は、餃子を作っている仲間を見た。
初めての料理に苦戦しながらも、包み終わった餃子がある。それを焼いてハイボールを添えれば、酒吞みの第一印象としてはバッチリなハズ。
「箸休めに塩キュウリも持って行こう」
「他のカクテルも用意しとこうよ!」
「だな!」
バーツのご機嫌取りに、皆はバタバタとし始めていた。
だけど、ホーニン酒が手に入るかもと楽しそうだ。
「よいこらしょ」
そんな皆を見ていた莉奈は気合いを入れ直し、新作のからあげの準備に取り掛かる事にした。
棚から片栗粉とコーンスターチを取り出し、それを同量で混ぜバットに広げておく。
これから作るからあげの衣には小麦粉や片栗粉ではなく、コーンスターチもプラスするのだ。
「ん? リナ、それ」
「片栗粉とコーンスターチ」
莉奈がバットに用意していると、リック料理長が何の粉か訊いてきた。
コーンスターチかと、リック料理長達が頷く横で莉奈はニコリと笑った。
「鶏肉は"白い粉"を付けて揚げると美味しいよね?」
「「「白い粉」」」
確かにそうだけど、その言い方はどうかと思う。
皆は楽しそうに準備する莉奈を見て苦笑する。
「香辛料に漬け込んでいた鶏肉は卵液にくぐらせた後、白い粉をたっぷりとつける。後は余分な粉ははたいて、からあげ同様に揚げるだけ」
もちろん、叩いたおかげで鶏肉が薄いから、たっぷりの油で揚げるのではなく、揚げ焼きでも構わない。
王宮は量が多いから、揚げる方が楽だから揚げるけど。
「油で揚げる匂いって、空腹時には堪んないよね」
「調子の悪い時は違う意味で堪らないけどな」
「あ〜、油で泳ぐ鶏肉の姿が堪らない」
「そして、揚がってくるパチパチとした音が堪らない」
「「「堪らな〜い」」」
料理人達は莉奈が揚げているのを、ウットリしている様な眼差しで見つめていた。
その視線に気付いた莉奈は、からあげって皆を魅了する力があるなと思った。
ーーチリチリ。
鶏肉が揚がった合図の音がする。
香ばしい匂い、カラッと揚がった衣、チリチリと心地よい音が、目や鼻、耳と全身を魅了する。
衣が落ち着くまで少しだけ待ち、揚がったからあげを切り分けると、いつものからあげと違ってザクザクと音がした。
ーーゴクリ。
その魅惑的な匂いと姿に、皆の喉が自然と動く。
「仕上げに黒胡椒をガリガリとたっぷりと削って、"ジーパイ"の出来上がり!」
薄くした鶏肉に、スパイシーな衣。
莉奈が作っていたのは台湾からあげのジーパイであった。
日本のからあげと違い、風味が全然違う。スパイシーだからお酒に絶対合う料理だ。
「「「ジーパイ?」」」
「そうジーパイ。これは、からあげはからあげだけど、違う名前が付いているんだよ。本来なら八角、花椒、シナモン、カルダモン、陳皮の五種の香辛料、"五香粉"を使うんだけど、ないから少し代用したけどね」
莉奈が指折り数えながら皆に説明したら、皆は彼女の豊富な知識に改めて感服していた。
莉奈はサラッと"代用した"なんて口にしたが、代用は意外に難しいからである。
何故なら基本の味やレシピは勿論、代用するための食材や調味料、それらを活かせる確かな知識と味覚がないと全く出来ないからだ。
それを聞いた料理人達は、自分達が莉奈と同じ事をやっても相当な時間と労力が掛かるだろうなと、感嘆していた。
莉奈の豊富な知識には、驚きと共にいつも敬服しかない。
料理を作る料理人にとって、莉奈の存在は神のようだった。
「あーっ!」
そんな皆の神を見る様な視線をよそに、莉奈は何かに気付いて叫びを上げていた。
「そうだよ。陳皮って、みかんの皮の事じゃん!!」
黒狼宮にあったかは分からないが、莉奈は説明していて急に思い出し、1人どこかスッキリした気分になっていたのであった。
◇◇◇
「んん〜っ!! 複雑な味がする」
「シナモンが入っているけど、あの独特な香りがしないわね。シナモンが好きじゃないから良かったわ」
「ジーパイだっけ、ピリッとして旨い!」
「確かに美味しいけど、からあげ程ジューシーではないな。叩いたせいか」
「でも、コレ絶対酒に合いそうだな」
「「「だよね〜!!」」」
作れば早速試食と相成った。
香辛料をたっぷりと使用したから独特な風味があるが、皆に概ね好評の様である。
鶏肉を叩いて伸ばしたせいか、塩からあげ程肉汁がないのは致し方ない。
それに香辛料が得意ではない人もいるし、食の好みは人それぞれだから、全員が好きという料理は難しいよね。
「かーっ! ハイボールと餃子は堪らんなぁ」
「お酒を炭酸水で割るなんて、ものスゴいアイデアよねぇ。エールと違ったこの喉越しが堪らないわぁ」
バーツとアーシェスがほんのり頬を赤く染め、ひと足早いハイボール祭りを堪能していた。
ホーニン酒を貰えた料理人達も、上機嫌で2人に接客している。
そこだけ居酒屋の様である。
「バーツさん、アーシェスさん。揚げたてホヤホヤ、新作のからあげ"ジーパイ"を持って来ましたよ」
莉奈もバーツからホーニン酒を貰いたいなと、ジーパイを出しながら下さいと突いておく。
だって、酔って忘れられては悲し過ぎる。
「ん? 変わった匂いだな」
バーツは揚げたてのジーパイを見て、ふわりと香る匂いに眉根を寄せた。
「香辛料をたっぷり使った からあげ なんですよ。黒胡椒もたっぷり掛かっているので少しピリッとします」
「へぇ。面白ぇなこりゃあ」
バーツは早速とばかりに、ジーパイを口にした。
ーーザクザク。
バーツの口から、小気味良い音が響いていた。
からあげの衣はカリッとしているのだが、このジーパイはザクッとしているのが特徴だ。
竜田揚げとはまた違った衣の食感が、楽しい一品である。
「かーっ! ピリッとしてザクッとして、このからあげはハイボールと良く合いやがる。リナ、ハイボールのおかわりだ!!」
「はいはい」
気に入ってくれたのは良い事だけど、お酒の減る量が半端ない。
テーブルの上には、空になったグラスがいくつも転がっていた。
莉奈はそれを片付けながら、アーシェスと目が合い苦笑いしてしまった。どうやら彼もそう思っていたみたいだ。
「ホーニン酒のソーダ割りも美味しいですよ?」
莉奈は残り少なくなったホーニン酒を、同量の炭酸水で割って2人に出した。
日本酒は炭酸水で割ると薄く感じ易いから、1:1で割るのがセオリーだと父が言っていた。
日本酒でも特に純米大吟醸が炭酸水に合うようで、炭酸水割り専用の純米大吟醸"サマーゴッデス"なる物が日本のどこかにあるらしい。
父はまだお目にかかれていないと、日本酒を口にしていた時に漏らしていた。
「ホーニン酒のソーダ割りか!!」
「そこにレモンやライムを少し入れるとーー」
「風味がガラリと変わって旨ぇな、コンチキショウ!!」
話を聞いてくれるかな? バーツさん。
莉奈が説明している途中で、からあげに添えてあったレモンを勝手に絞って入れて飲んでいた。
「バケツ持って来れば良かったわ」
アーシェスが呆れを通り越して、ため息を吐いていた。
帰りに移動で吐くパターンだと、酒を浴びる様に飲むバーツを見て嘆いていた。
ちなみに、日本酒にライムを添えたのは"サムライ・ロック"という簡単なカクテルだ。
「あら。ホーニン酒だけだとキツいけど、炭酸水とライムを入れると爽やかになって飲みやすいわね」
アーシェスはバーツと違い、お酒とツマミをしっかりと味わっている様だ。
「お酒も料理も色んな飲み方や食べ方があって……リナ、ここを追い出される様な事があったら、どこかで店でも出しなさいよ。私が出資してあげるから」
ホロ酔いになったアーシェスが、莉奈にそんな事を勧めていた。
確かに王宮を追い出されたら、どこかで店をやるのもアリである。
だが、フェリクス王に追い出されたら、この国での出店は難しいだろう。
ーーというか、酔った状態でそんなあやふやな約束はヤメて欲しい。
あの時言ったよね? なんて言っても、まさに記憶にございませんという話ではなかろうか。
冗談か本気かも分からないのに、真面目に紙面に残してくれとも言えないし、莉奈はため息と苦笑いが漏れたのであった。




