428 小童、再び
皆と話をしていると、1時間なんてあっという間だった。
碧空の君とエギエディルス皇子の小竜のご飯も、話しながらたくさん作れた。これで、しばらくは作らなくても大丈夫だろう。
「相変わらず、何か作っとるのか。小童」
香辛料に漬け込んでいた鶏肉も、そろそろイイかな? と思っていた所で、カウンター越しにどこかで聞いた様な声が聞こえた。
「こわっぱ」
この世界で莉奈の事を"小童"と呼ぶのは、後にも先にもこの人だけだろう。
莉奈は声のする方向にいた爺さんと目が合い、思わず笑ってしまった。
彼の口の悪さがこんなにも懐かしいと思うなんて。
「バーツさん。久しぶりですね。あ! 顎にゴミが付いてますよ?」
莉奈は笑いながら、バーツの顎をチラッと見た。
「あ? 顎?」
バーツはゴミなんか付いていたのかと、顎を撫でていた。
ーーが、いくら撫でてもゴミが分からないのか何度も弄っている。
アハハ、探した所である訳がない。だって、バーツの顎にゴミなんて付いていないのだ。ただの仕返しだもん。
「アンディさんもお久しぶりです」
「誰がアンディよ」
隣にいたアーシェスとも目が合い、莉奈が会釈をすればアーシェスは相変わらず、鋭いツッコミを返して来た。
彼等は、以前包丁を造ってくれたバーツと、その弟子でお姉様なアーシェスである。
2人揃って何しに来たのだろうか?
「師匠。いつまで触ってるのよ。顎にゴミなんて付いてないわよ」
いつまでも顎を気にしているバーツに、アーシェスは苦笑いしていた。
莉奈が揶揄ったのを分かっていたのである。
「なっ!?」
バーツはガバッと顔を上げ、莉奈を睨んだ。
やっと騙されたと気付いた様である。
「レディに対して、小童なんておっしゃるからですよ」
フェリクス王で慣れている莉奈に、そんなジジイの睨みなんて全く効かない。
手で口元を隠してオホホと笑って返していた。
「お前をレディなんて言ったら、世のレディに失礼だろうが」
その笑い方が気持ちが悪いとバーツは、鼻で笑っていた。
確かに、莉奈がレディなら世も末だ……と厨房では何故か賛同している姿がある。
だが、莉奈はさらに胡散臭い笑みを浮かべた。
「まぁ、失礼な。ところでお爺様はこちらには一体何をしに?」
「"お爺様"だぁぁ〜っ!? やめんか、気色悪い」
「あら、なんてお下品な。バーツお爺様、言葉遣いもお顔同様に汚いですわよ?」
「ぶっ。上品に貶しとるんじゃねぇ!」
莉奈の言葉遣いと態度に、バーツはそれでこそ莉奈だと笑うのであった。
「納品か何かで来たんですか?」
カウンター越しではなんなので、食堂に行った莉奈。
この間来た時は、魔法を注ぐと魔石になる空石を持って来た様な気がする。
王城では魔石を多く使用するから、また補充かなと莉奈は思った。
「まぁ、それもある……が、コレをやるから飯を食わせろ」
そう言ってバーツは、テーブルの上にペンケースより少し大きな木箱を2つ程、魔法鞄から取り出した。
「飯」
王宮は飯屋じゃねぇぞ? とフェリクス王の言葉が頭を掠めた。
確かに食事をしに王城に来るなんて、何様だって言う話である。
アーシェスが苦笑いしている中、莉奈はバーツが取り出した木箱を開けて見た。
「包丁だ」
取り出して見てみれば、1つは片方だけに刃の付いた片刃の包丁。もう1つは使い勝手が良さそうなペティナイフだった。
ペティナイフには、刃の部分に綺麗な飾りが彫ってある。
こっちはアーシェスが造ってくれたらしい。何コレ、お洒落過ぎる。
莉奈があの時、片刃でないと言ったのがバーツの職人魂に火を付けたのか、本当に飯目当てなのか……あるいは両方なのか。
莉奈のあの言葉で、バーツは片刃の包丁を造って持って来てくれたのだけは確かの様だ。
理由は何にせよ、新しい包丁が貰えるのは素直に嬉しい。
「くれるんですか?」
「飯による」
バーツはニカッと笑って莉奈を見た。
飯によるなんて言ってはいるが、それは表向きだけだろう。素直じゃないわねとアーシェスが笑っているのだから。
「あ。なら、この後予定がないのなら、夕食時までいたらどうですか? 今夜はハイボール祭りですよ?」
2人にお礼と今夜の夕食を誘いながら、莉奈はいそいそと包丁とペティナイフを魔法鞄にしまった。
今夜は色々な料理とお酒が出る日だ。酒好きは勿論、そうでない人も絶対に楽しめるだろう。
「「"ハイボール祭り"?」」
「ウイスキーを炭酸水で割ったカクテルと、お酒に合う料理が出る日?」
莉奈は簡単に今夜に出る料理や、お酒を説明し始めたら、バーツとアーシェスの表情が誰にでも分かるくらいに輝いていた。
「なんだって!? ちょうどイイ日に来たじゃねぇか!!」
「ハイボール祭り、いいわね!!」
2人のテンションは爆上がりで、夕食まで残る気満々の様である。
スゴいタイミングで来たものだ。
「リナ!! 今夜は寝かせねぇぞ?」
「寝かせろよ」
バーツはお酒を飲んでもないのに、もう出来上がっている気がする。
莉奈はもう笑うしかない。
「あ、そうだ。ホーニン酒ってまだあります?」
日本食を作るのに、良く使うから貰いたいなと莉奈は訊いてみた。
「「「……っ!!」」」
莉奈が訊いたのに、厨房では何故か色めき立っていた。
莉奈の言葉によって、希少な酒"ホーニン酒"を手に入れるルートを持つのが、バーツだった事に気が付いたのだろう。
「タダではやらんぞ?」
「では、まずホーニン酒に合う"イカの塩辛"なんていかがでしょう?」
イカの塩辛は絶対、ホーニン酒だ。
魚介類は特に、米のお酒が合うと思う。勿論、白ワインもアリだけど、それはあくまで妥協案だと何かで読んだ覚えがある。
「「デビルフィッシュ」」
莉奈の出したイカの塩辛に、2人は仲良く眉間に皺をよせた。
「白いのはイカだとして、この赤茶っぽいのは何だ?」
「イカの内臓ですよ」
「「……」」
莉奈が簡単に説明したら、2人はイカの塩辛を見たまま固まった。
内臓と聞くと、皆この表情である。
そんなに内臓はダメですかね?




