425 知らない幸せってあるよね?
「バナナのフリッターですか」
彼が警備兵のアンナの部屋にいたのなら驚きでしかないが、ここは魔法省の長官室である。
今まで王宮以外であまり逢う事はなかったが、シュゼル皇子は宰相であり賢者と謳われる人物。そして、彼の住む場所はこの王城である。どこにいても不思議はなかった。
でも、不意打ちではドキリとするけどね?
そのシュゼル皇子は、今はバナナのフリッターに釘付けである。
「好みで、砂糖やハチミツをかけてお召し上がり下さい」
小さなシュガーポットとミルクピッチャーに入れてあるハチミツを、テーブルの上にコトリと置いた。
「練乳は?」
「ハチミツの方が合うかと思いますけど」
と莉奈は苦笑いしながら魔法鞄から、ミルクピッチャーに入った練乳を取り出した。
ならばと、ついでに生クリームも出しておく。
でも……莉奈の意見としては練乳は合わないと思う。
バナナの優しい甘さが、練乳のガツンとした甘さに負ける気がする。生クリームは揚げたてのバナナフリッターの熱でダレちゃって、莉奈的には好みではなかった。
「ぁ」
そんな事を考えていたら、生クリームより合うトッピングを思い出した。
「あ? なんですか?」
シュゼル皇子の爽やかな笑顔が、莉奈を照らした。
「アイスクーー」
「下さい」
うん。絶対言うと思っていたよ。
このアイスクリーム皇子が。
「揚げたてのバナナフリッターに、冷たいアイスクリーム……口の中で新鮮な出会いをしていますね」
シュゼル皇子はさっそく、バナナフリッターにアイスクリームを少しのせ口に頬張った。
アイスクリームが甘くて冷たいと思った直後に熱いバナナフリッター。
冷たいアイスクリームは口で溶ける速度が上がり、口の中でバナナと結び合う。サクふわのフリッターがアクセントとなって、不思議で楽しい食感だった。
「熱い物と冷たい物が口の中に……面白くて美味しい」
タール長官も口を綻ばせていた。
「デザートの後にと、思いますが……イカのフリッターもどうぞ」
シュゼル皇子がいなければ、イカから出したのだが、眼力というか圧力に負けたのだ。
本来の目的のイカ料理を出す事にする。
「「デビルフィッシュ」」
シュゼル皇子とタール長官の声が、綺麗にハモった。
しかし、2人の顔は少し違う。シュゼル皇子はバナナフリッター程の笑顔ではなく、タール長官は興味津々の表情だ。
ゲテモノ……珍味好きのタール長官はともかく、甘味しか興味のないシュゼル皇子も皿に手を伸ばしていた。
料理人達の様に調理前の姿を見ていないおかげか、タコで免疫が付いたのかもしれない。
「甘い」
とシュゼル皇子の目が少しだけ、驚いた様子に見えた。
イカがこんなにも甘いとは想像していなかったのだろう。
「タコより弾力はありませんが、だからこそ歯切れが良くて甘くて美味しいですね」
タール長官はバナナのフリッターより、満足そうである。
「イカは生でも美味しいですよ?」
莉奈は次にイカの刺身をテーブルに置いた。
「「生」」
イカの刺身を前に、2人は一瞬時を止めていた。
この国では、魚介類をあまり生で食べない。それが、王族や貴族なら尚更の事らしい。
生食で中る事もあるからだ。
魚はもちろん肉にしても生食は毒の様に恐ろしいと、避ける人も少なくないとか。
「生のタコと違って、生のイカは透明なんですね?」
だが、タール長官は気にしない様である。
じっくりと見ていた。
「そうですね。透明であるのが、鮮度が高い証拠です」
時間が経つと白く濁ってくるのが、イカである。
肉や魚は腐りかけが美味しいなんて言う人もいるけど、イカの腐りかけなんてヤバそうだよね?
「そのままでも甘くて美味しいですけど、醤油とかホースラディッシュを付けて食べるのもオススメです」
莉奈は小皿と、醤油と下ろしておいたホースラディッシュを出した。
生姜が1番なんだろうけど、ワサビに似てるし違和感なく合う。
「ん! タコとは違った不思議な食感。なんでしょうか、この説明し難い……イカが甘いなんて想像もしませんでした」
タール長官はイカの刺身が気に入ったのか、醤油を付けたりホースラディッシュを付けたり味わっていた。
一方、シュゼル皇子は微妙な表情でイカを見ていた。
「刺身……えっと、生は苦手ですか?」
タコはからあげにして火を通したので、そこまで抵抗はなかったのだろう。
タコのカルパッチョは、皆がからあげで平らげたためにまだ出してなかった。
「抵抗がないと言えば嘘になりますね。ところで"刺身"とは?」
「え? あぁ、魚介類に火を通さず、そのまま生で出す料理は"刺身"って言うんですよ」
「なるほど。刺身はリナの世界では普通なのですか?」
「え〜と、私の世界がと言うより、私の生まれた国がそういう食文化なんですよ。今は世界でも広がってますけど」
確かに、今は寿司とか世界中で食べられるけど、当初は他国でも魚を生で食べるなんて、と抵抗があった様な気がする。
以前は魚介類を生なんて、一部の国や地域限定だったからね。
シュゼル皇子は、イカの刺身を器用に箸で摘んでいた。
莉奈が良く箸を使うので、興味があったシュゼル皇子は使い方を教わると、すぐに取得したのだ。
「何故、細長く切るのでしょう?」
「……さぁ?」
食べ易いからと言いたいけど、食べ易くでいいなら一口大で全然いいハズ。
考えた事もないなと、莉奈は首を傾げていた。
切ると甘みが引き立つとか、食感が良いからとか耳にした事はあるけど、たぶんーー。
「寄生虫を切り刻むためじゃないかな?」
莉奈はなんとなく答えに行き着き、ボソリと呟いた。
大抵の生き物には寄生虫がいる。それに漏れる事なく、イカにも寄生虫がいる。
莉奈も小さい時に、母が魚屋で買って来たイカの身の中でウネウネと蠢く"寄生虫"を見た事があった。
そうだ、思い出した。その時、父が言っていた気がする。
食感もそうだけど、目視だけで確認出来ない"寄生虫"を切り刻むために、細長く切るんだと。
ーーブッ。
再びイカを口にしていたタール長官と、今まさに口にしたシュゼル皇子が仲良く吹き出していた。
「あれ? 聞こえました?」
それは切る時にちゃんと確認したから大丈夫ですよ?




