423 静かにして下さい
「リナだ」
「久しぶりじゃん!!」
「もっと頻繁に来いよぉ」
黒狼宮の厨房に着けば、皆が莉奈に次々と話しかけてきた。
白竜宮には頻繁に行っている気配はするのに、こちらにはあまり来ないからだ。莉奈がいると楽しいし勉強にもなるから、もっと来て欲しいなと皆はやんわりとアピールしたのである。
「「「何作るの?」」」
皆、厨房に来る=何か作る……だと思っているよね?
あながち間違いではないけど。
「ジャジャーン」
手をよく洗い、莉奈が魔法鞄からイカを取り出せば、一斉に皆の表情が曇った。
「「「デビルフィッシュだ!!」」」
中には気持ち悪いと、2、3歩後退った人もいた。
本当に悪魔だと嫌われているらしい。可哀想なイカちゃんである。
「タコをからあげにしたら、美味しかったでしょう?」
「「「うん」」」
「イカも美味しいよ?」
と莉奈が下処理を始めれば、まだ訝しげに見ていた。
見慣れた莉奈にはよく分からないが、この見た目が気持ち悪い様だ。
「まぁ、イカはからあげよりフリッターだけど」
一口大に切ったイカをフリッターにすれば、ビールのおつまみになるよね。弟も大好きだった一品だ。
「フリッターって、フィッシュフライみたいな?」
以前、フィッシュフライを作った事があるから、すぐに想像出来たみたいだ。
「だね。今回は重曹を使わないやり方で作るから、どんな感じになるか食べ比べてみれば?」
「「「……う、うん?」」」
フリッターとひと言で言っても、衣は色々な作り方がある。なので、莉奈が味見を勧めてみれば、返事が遅い上に覇気がない。
莉奈に言われても、イマイチ気分がのらない様である。
これが、お菓子だったら飛び付くのに、何この温度差。
莉奈は呆れながら、マイペースに作業に入った。
イカは軟骨があるから、軟骨に沿って剥がす様にしながら、手をグリグリ動かして内臓を身と引き剥がす。
コツはこれでもかってぐらいに、手を突っ込む事。剥がれたら、イカの三角の部分、エンペラを抑えて足ごと引っ張り出す。
多少内臓が破れても、どうにかなる。
「うっわ、気持ち悪っ!!」
「デビルフィッシュの身体に手を突っ込んでるよ」
「ギャー、ヌルって内臓が出てきた。気持ち悪い〜」
莉奈が下処理していると、料理人達が頬を引き攣らせたり、口を押さえたりしていた。
確かにグロテスクではあるけど、魚の下処理はした事はあるでしょうに。
「目玉がギョロッとしてる」
「リナ、殺人ならぬ殺イカ」
「神をも恐れぬ所業」
「内臓出して表情1つ変えないとか。まさに竜殺し」
「うるさいよ」
一緒に作業しないクセに、ブツブツと言う事は言うのだから、莉奈は苦笑いしか出ない。
どうせ美味しかったら、ギャーギャー言いながら作業するに違いない。
「新鮮だから、刺身もいいよね」
イカの身が透き通るくらいに新鮮なのだ。
莉奈はフキンを使ってイカの皮を剥き、包丁でイカに線を引く様に細切りにし、皿に綺麗に盛ってみた。
イカの刺身、イカそうめんの出来上がりである。
皆が食べなくても自分が食べるから大丈夫だ。
「え? ひょっとしなくても、デビルフィッシュを生で食べるの!?」
「食べるよ? 甘くて美味しい」
「うっわぁ」
「「「さすが、竜殺し」」」
「黙ってくれるかな?」
眉根を寄せて皆が騒ぐものだから、莉奈は笑いながら文句を言った。
刺身が何か分からなくても、生の状態で皿に盛り付けしたので生で食べるつもりなのだと分かった様だ。
しかし、イカを食べるのと竜殺しは違う……というか私は竜を殺さん。
「生って言えば、イカを食べやすい大きさに切って、軽く叩いた内臓と塩を入れて混ぜれば簡単"イカの塩辛"の完成」
ホーニン酒を入れたバージョンもサクッと作っておこう。
白いご飯と一緒に食べても美味しいし、蒸したジャガイモにのせても美味しい。弟は生臭いし気持ち悪いと、一切食べなかったけど、両親には好評だった。
手作りだと内臓の甘さを感じるし、塩味を調節出来るからイイよね。
半日置いた方が馴染むんだけど、出来てすぐも美味しい。
あ〜、白飯食べたい!!
「うえぇっ、気持ち悪っ!! 今度は内臓と混ぜたし」
「げぇ、リナ……お前、内臓まで喰らうのかよ」
「デビルフィッシュ食うし、内臓食うし……怖っ!」
「魔物と書いて、リナって読むんじゃないかな?」
「「「リナ、最恐」」」
「本当にうるさいよ。キミ達」
作れば作る程に、戦々恐々とする皆に、再び文句を言った。
もう食べなくてもいいから、黙っていてもらえませんかね?
「じゃあ、次はイカのフリッターを作るよ〜」
食べるかしらんけど。
莉奈は一応、説明しながら作る事にした。
「フリッターの衣は牛乳、マヨネーズ。後は薄力粉の3つで作る」
「え? マヨネーズ入れるの?」
莉奈が作ったイカの塩辛や刺身を魔法鞄に入れて違うのを作り始めたら、なんとなく興味が湧いた様だ。
牛乳はなんとなく理解出来たが、マヨネーズを入れる意味が分からないと、不思議そうな表情をしていた。
「油分が入ると、衣がサクッとなるんだよ」
なければ、少しの油でもいい。
「へぇ〜」
と言いながら、莉奈がその衣にぶつ切りにしたイカを投入すれば、再び眉根が寄っていた。
タコは払拭出来ても、イカはまだデビルフィッシュから払拭出来ていないらしい。
「適当に混ぜて、油で揚げる」
からあげもそうだけど、揚げ物って見ているだけで至福だ。
ジュワジュワと揚る音。たまにパチンと弾ける音。もう、耳が幸せである。
どうでもイイけど、菜箸がなんで普通にあるんだろう。
莉奈は違和感がなくなった菜箸に、なんだか笑えた。
「おっ、イイ感じに揚ってきたね」
フリッターは軽く色付く程度に揚がれば完成だ。
莉奈は揚り始めたイカから、ステンレスバットにホイホイと移した。
そして、揚げたてアツアツを1つ口に放り込む。
「イカ、甘っ」
ほふはふとしながら揚げたてを食べられるのは、作り手の特権だよね。
この世界のイカも柔らかくて、甘みがあってとても美味だった。
塩を軽く振って口に入れれば、さらにイカの甘さが引き立つ。
「興味があるんでしょう? ホレホレ」
莉奈は皆の前に、揚げたてのイカのフリッターをチラつかせた。
莉奈が目の前で美味しそうな表情をしていれば、やはり気になるのか皆が見ていたのだ。
「リナがそこまで言うなら……」
「「「ねぇ?」」」
なんて人のせいにしているが、結果……揚げたての匂いに負けたのだ。
莉奈の作るモノは、余程の事がなければどれも美味しい。しかも、莉奈自身が食べて美味しそうにしているのだから、騙している訳ではない。
1人がおずおずと手を伸ばせば、皆も様子を伺いながら同じく手を伸ばした。
「んっ!?」
「うそっ!? コレがあのデビルフィッシュ!?」
「タコより柔らかいし、ほんのり甘くて美味しいわね」
「グロテスクな見た目からは、想像出来ない旨さがあるな」
「白ワイン……」
「いや、エール」
あれだけ眉間にシワを寄せていた人達とは思えないくらいに、莉奈の揚げたイカのフリッターに次々と手を伸ばし嬉々としていた。
「んじゃ、コッチもどうぞ」
その感動冷めやらぬ勢いで、イカの塩辛をと莉奈は小皿を魔法鞄から取り出した。
「「「いらない」」」
その瞬間、うわっと表情が変わり、皆は全力で拒否反応を示したのであった。
イカがどうこうより、生と内臓がダメな様だ。
この独特な美味しさが分からないなんて、ものスゴく残念である。
莉奈はため息を1つ吐くと、渋々魔法鞄にしまったのだった。




