410 忘れていた、あの水
「ったく仕方ねぇ。魔法の練習にもなるし、後で切ってやるよ」
エギエディルス皇子はぶつぶつと文句を言いながらも、後で残りのユショウ・ソイの実を切ってくれるらしい。
優しい良い子だなと、莉奈はお礼を言いつつニコニコとしていた。
「あぁ、そうだ」
そんなやり取りを見ていたフェリクス王は何かを思い出したのか、魔法鞄から細長い瓶を何個か取り出しテーブルに並べ始めた。
その透明な瓶には蓋がなく、無色透明の液体がたっぷりと入っている。
「炭酸水ですか!?」
「出しただけで良く分かるな」
まだ何も言ってないのに弾ける様に反応した莉奈に、フェリクス王は小さく笑っていた。
「だって、シュワシュワしてるから」
無色透明な水ではなく、気泡が出ているのを目視出来たからだ。
近くで耳を澄ませれば、シュワシュワと炭酸が弾ける音が聞こえるに違いない。
「見つかったんですか?」
というか、あれから本当に探してくれていたのにビックリしたけど。
フェリクス王に近付き、炭酸水を手に取った莉奈。
瓶の口に顔を近付ければ、あの独特の弾ける音と弾けた水が飛んできた。
「あぁ、俺の宮にあったヤツだ」
「え、まさか、お風呂……」
「"庭" だ」
莉奈がまさかと怪訝な表情をすれば、フェリクス王が強調する形ですぐに被せてきた。
風呂だとしても、浴槽から直接は汲まないと。
これは庭に湧いていた水で、普通にあるから興味がなかったらしく、今まで炭酸水だと気付かなかったそうだ。
莉奈はなんとなくその瓶を手に取り、簡単に【鑑定】して視た。
【天然の炭酸水】
ヴァルタール皇国の王城の一角で汲んだ湧き水。
炭酸ガスを含む強炭酸水。
簡単に鑑定して視たら、ちゃんと天然の炭酸水だった。
しかも強炭酸水である。
それが、フェリクス王の宮に湧いていたのには驚きだけど。
「くれるんですか?」
「俺が見せびらかすために用意すると思うか?」
「ありがたく頂戴致します」
莉奈は頭を深々と下げ、テーブルの上にあった炭酸水の瓶をいそいそと、魔法鞄にしまった。
刀はさすがにくれなかったけど、見せてもくれなかった食材はない。なんだか、食べ物に釣られるチョロイ女だと思われていたら嫌だけど、炭酸水はありがたいので黙って貰っておこう。
しかし、蓋がなくてもここに入れておけば、炭酸が抜けないのがイイよね。本当に便利な鞄である。
「あ、ハイボールは試しました?」
フェリクス王と炭酸水といえば、ウイスキーと割るハイボールだろう。
莉奈はもう試したのかなと、訊いてみた。
「いや」
まだだとフェリクス王は笑っていた。
もちろん、試すつもりはある様だ。
「からあげと合わせると最高ですよ」
揚げ物と炭酸飲料は、最強の組み合わせだと莉奈は思う。
脂っこい食べ物の後に炭酸飲料を飲めば、口がリセットしたみたいにまた食が進む。腹を満たすまで止まらない。
「炭酸水で作るカクテルは、ウイスキーやブランデーなど自分好みの分量で割るだけですし、シュワシュワとした口当たりが、特に揚げ物系と合ってお酒が進みます」
「「「……」」」
フェリクス王に話したつもりなのだが、部屋の一角で待機していた侍女達の喉が動いていた。
お酒好きには堪らない話だったらしい。
侍女達は微動だにしていないが、なんだか目がソワソワしている。フェリクス王は目が光っていた。
「とりあえず、本日の夕食時にその簡単なカクテル各種と、料理は居酒……お酒に合う物をご用意致しましょうか?」
フェリクス王の目が強請るみたいな表情に見えた莉奈は、可愛いなと口が緩むところだった。
好物を前にすると、エギエディルス皇子の兄だなと感じる。
お酒が好きなのだから、たまには居酒屋メニューにしてもいいかもしれない。
莉奈は何にしようか、頭の中にメニューを巡らせていた。
「え〜、夕食は酒のつまみかよ」
フェリクス王が頼むと言うか否や、お酒の飲めないエギエディルス皇子は大変不満そうな声を上げた。
自分には全く関係がないと、口を尖らせて文句を言っていた。
「エド、酒の肴……つまみって言うだけで、ただの料理だよ」
むしろ、色々な料理がちょこちょこと出て来て、お酒を飲めない人でも楽しいと思う。
「……」
まだ納得がいかないのか、不服そうに無言で莉奈を見ていた。
「からあげ、海老フライ、鶏なんこつ揚げ、焼き鳥」
莉奈が指を折りながら、酒のつまみを上げているとエギエディルス皇子の表情が変わってきた。
「エドとシュゼル殿下には、ハチミツレモンソーダとかフルーツソーダを用意するし、充分楽しめると思うけど?」
別にお酒でなくても、炭酸飲料水でも同様に楽しめると思う。
そう莉奈はエギエディルス皇子に伝えると、エギエディルス皇子ではなくシュゼル皇子が先に笑顔を見せた。
「練乳も炭酸水で割ると美味しいのでしょうか?」
「……」
え? 気持ち悪っ。
甘味な飲料水で、パッと花が咲いてしまったシュゼル皇子に、莉奈は心の声が漏れるところだった。
莉奈のテンションが下がり始めた頃、ハッと頭に弟の姿が浮かんだ。
「あ」
そういえば……カキ氷に飽きた時期に、弟が余った練乳を色々な飲み物に混ぜて遊んでたなと。
練乳と炭酸水は微妙そうだったけど、そこに果物を加えたのは美味しいと弟が言っていた……気がする。
「なんですか?」
莉奈が何か閃いたと、シュゼル皇子がさらに顔に花を咲かせた瞬間ーー。
シュゼル皇子に向かって真っ直ぐと、何かが飛んで来た。
ーーカン。
シュゼル皇子の額に、小さなティースプーンが当たった。
当てたのは言わずもがな、フェリクス王である。相変わらず、見事なコントロールである。
小さなスプーンとはいえ、指で弾いてシュゼル皇子の額に当てるなんて、コントロール抜群だよね。
毎回、無言無表情で新しい物をカトラリーの入れ物に用意する、執事長イベールには笑っちゃうけど。
その内、フェリクス王が自ら取らなくても、空気を察した執事長イベールが手渡すのかもしれない。
「何をするんですか!」
額を押さえながら、抗議をするシュゼル皇子。
本日2回目ともなれば、さすがのシュゼル皇子もご機嫌斜めだった。
「甘味甘味と気持ち悪ぃ」
「それを言うなら、兄上はお酒お酒ではありませんか。私の甘味を注意する前に、ご自身を振り返って下さい」
「あ゛ぁ?」
この国の2トップである王族が、しょうもないケンカを始めてしまった。
エギエディルス皇子が呆れているし、侍女達は関わらない様にさらに端に寄っていた。
これでも、一国の王と宰相だから笑っちゃうよね。でも、ものスゴく親近感が沸くのは何故だろう。
「あ゛?」
「リ〜ナ?」
あれ? オカシイな。笑いが漏れていたらしい。
フェリクス王とシュゼル皇子にジッと見られてしまったよ。




