407 カチ割り……?
莉奈はフェリクス王にお礼を言うと、踊る様に厨房へと舞い戻って行った。
醤油が木の実で発見されたのだ。ならば味噌の生る木も、その内に見つかるかもしれない。
そう思うと嬉しくて仕方がなかった。
まぁ、味噌を吐き出す魔物が発見される可能性もある訳だけど。
「たのも〜ぅ!!」
厨房の扉を勢いよく開けた莉奈。
「ぶっ!」
「だから、なんなんだよ。その挨拶は!!」
「竜は連れて来てないだろうな!?」
莉奈が入ると、厨房は活気と笑いに包まれた。
どんなに忙しくても莉奈がいるってだけで吹き飛ぶし、たまに手伝ってもくれるから、何気に作業効率が上がっているのだった。
「もうお昼食べた?」
料理人達の昼食は、皆と同じ時間ではない。
皆が食べに来る時間の前か後ろかにズラしている。大抵の場合は後だけど。早めに準備が終われば、先もある。さて、今日はどっちだろうか。
「食べた〜!!」
「食べてな〜い」
半々の様である。
「からあげ作るけどーー」
「「「食べるーー!!」」」
莉奈が最後まで言う前に、良い返事が返ってきた。
ですよね? 聞くまでもないよね。
莉奈は笑いながら、魔法鞄から例の木の実を出した。
ニンニク醤油のからあげと、ステーキでも作ろうかなと考えている。
「あ、それ"カチ割りの実"じゃん」
莉奈が作業台にユショウ・ソイをドカンと載せたら、タコを食べた事があった漁師村出身の料理人が、懐かしそうに言った。
「え? カチ割りの実?」
莉奈は小さく驚いていた。
だってコレ。鑑定では"ユショウ・ソイ"と表記されていたハズ。カチ割りの実なんて知らない。
「それ、ユショウ・ソイだろ? 俺の村ではその木の実、カチ割りの実って言ってんだよ」
「え、なんでカチ割りの実なの?」
「毎年、それで何人か頭をカチ割るから」
「「「……」」」
莉奈も他の皆も、返す言葉が見つからなかった。
だって、頭が割れるなんて笑えない。悲しくも不幸な話だもの。
事情を聞くと、ヤシの実みたいに海沿いにたくさん生えていて、熟すとボトボトと自然に落下してくるとか。子供達は面白いから、遊んで揺らして落としたりするので、毎年の様に怪我人が出るのだそうだ。
極稀に運が悪く死者も出る事もあって、カチ割りの実と呼び近付かない様にしているとの事。
あまりの硬さに、投石機で魔物に投げた事もあったと教えてくれた。
確かに、あんな硬い物が頭に当たったら、魔物も堪らないだろう。
「ちなみに村で、食べてなかったの?」
漁師村なら、魚と醤油なんて最高の組み合わせだろう。
莉奈はそう思ったのだが、彼の村ではそうではないらしい。
「割れないのに?」
「……」
割る道具はないし例え割ったとしても、目の前に海があるのだ。塩辛い実の汁などいらないと、彼は笑っていた。
完熟する程にこの実は硬くなるらしく、無理して割る人はほとんどいないとか。
「ソレ、よくそんな綺麗に割れ……いや、切れたな?」
莉奈の持っているユショウ・ソイが、割れているのではなく綺麗に切れている事に気付いた料理人は、目を見開いていた。
そんなにスパッと切れたユショウ・ソイを見たのは、初めてだとマジマジと見ていた。
「陛下に切ってもらった」
「お前、陛下……」
シレッと言った莉奈に、マテウス副料理長が眉間を揉んでいた。
国王陛下にそんな事を頼むのは、後にも先にも莉奈だけだろう。軽く目眩がしていたマテウス副料理長だった。
皆が呆れ半分、敬服半分な目で莉奈を見ていると、莉奈は棚から蓋付きの瓶を取り出した。
「何をするんだ?」
初めて見る木の実に、興味深々のリック料理長が訊ねた。
ナッツ系なのか果実系なのか、まったく想像出来ないのだ。
「この中に液体調味料の"醤油"が入っているみたいだから、使いやすい様に瓶に移してる」
莉奈はおにぎりみたいなユショウ・ソイの実を傾け、瓶の中に液体を移し始めた。
液体の色は焦げ茶色で、ふんわりと微かに香る匂いは醤油に似ていた。
想像以上にタップリと入っていて、瓶2本分注げた。およそ1Lくらいはある。
味はどうなのかと、莉奈は木の実の内側を指で拭い、口に入れてみた。
塩辛いが、この説明し難い独特の風味は、まさしく醤油であった。淡口ではなく濃口の醤油だ。
"赤茶色"や"焦げ茶色"のと表記されていたから、赤茶色は淡口。焦げ茶色が濃口。稀に琥珀色があるというのは、白醤油ではないのかと勝手に想像する。
ひょっとして……個々の木の実の特徴か性質により、淡口濃口と変化するのでは? と思った。だとしたら、異世界の木の実は面白いし便利だ。
「それが醤油?」
「そう。塩っぱいけど料理に使うと美味しいよ?」
興味ありそうなリック料理長も、味見するかなとユショウ・ソイを勧めた。
瓶の醤油は、1つは魔法鞄にしまっておく。
王竜はどこで見つけたのだろうか?
まさか、人がいる村にドスンと降りて、ボリボリ食べたりはしないだろう。話が通じるとはいえ、竜が降りて来たら怖いよね。
「うん? かなり塩辛いな。なんだろう……口にした事のない、不思議な味がする」
リック料理長が、醤油の実を見ながら味の分析をしていた。
何に似ているか、記憶を頼りに探っているのだろう。
ーーコンコン、トントン。
「なぁ、リナ」
「なぁに?」
「無言で作るのヤメてもらってイイかな?」
いつもなら、見ている皆に説明しながらやってくれるのに、何故か今日の莉奈は、口を綻しながら無言でからあげを作っていた。
それが、妙に怖くてマテウス副料理長が苦笑いしていた。
「あ、そう? からあげ〜からあげ〜美味し〜いな。油で揚げると美味しいなぁ。だけどね? 悲しいかな。食べ過ぎるとお腹がぷくぷくするんだよ? ぷくぷくポッチャリらんらんらん」
「「「……」」」
ならばと莉奈が自作の歌を唄い始めれば、皆の頬は奇妙に引き攣るのであった。実にお腹に響く歌だった。
さて、変な歌はともかく、簡単に説明する事にした。
「ニンニク醤油のからあげも色んなレシピがあるんだけど、家でやってた定番で簡単な作り方は、ニンニク・醤油・ホーニン酒・塩胡椒を鶏肉に揉み込んで、しばらく置いてから片栗粉をつけて揚げる」
説明していて思ったけど、片栗粉ってこの世界も片栗粉なんだよね。
アッチの世界と同じ物があるって、ホッとする。
ちなみに、じゃがいもはジャガールって品種から改良された芋だから、じゃがいもなんだそうだ。
日本みたいに、ジャカルタから来た芋だからではなかった。
「しばらくってどのくらい?」
「30分以上、1日未満。味を完全に染み込ませたいなら、前日に作り置きして次の日揚げるとイイかも」
「鶏肉に下味を付けるのか」
「そう。マヨネーズを少し入れてもいいし、砂糖を少し入れてもいい。アレンジ方法は色々とあるよ」
砂糖を入れて揉み込むと、ムネ肉はしっとりジューシーになる。
だけど、入れ過ぎると甘くなるから、ニンニク醤油のガツンとした旨さを堪能したいならなしだ。
「さて、浸けている間に肉を焼こう」
莉奈はフェリクス王のために、ステーキを焼く事にした。




