406 なすりつけ合い
「で、俺の所に来たと?」
執務室に来た莉奈が事情を話せば、フェリクス王が呆れた様子で笑っていた。
自分の所に来た理由が、実に下らない。
どこの世界に木の実を割れと、国王に持って来るバカがいるのか。いや、ココにいた。
「リナ。陛下は暇ではないのですよ?」
あなたとは違って……と。
フェリクス王の補佐役もこなしている執事長イベールが莉奈に、いつも以上に厳しい視線を向けた。
忙しいフェリクス王の手を、煩わせるのではないと、呆れと怒りが混じっていた。
「ですが!! コレはステーキが一番美味しく食べられる"魔法の調味料"なんですよ!!」
醤油の前に、執事長イベールの氷河の様な視線など、まったく怖くない莉奈は、キラキラッとした熱視線で溶かしていた。
「マジかよ」
莉奈を追いかけて来たエギエディルス皇子が、後ろで目を見張っていた。
莉奈が醤油醤油と騒いでいたが、そんな調味料だとは微塵も思っていなかったのだ。
「マジマジ大マジ!! エドバンテージ殿下。コレは"からあげ"がさらに美味しく頂ける調味料でもあります!!」
莉奈はピシッと、エギエディルス皇子に敬礼して見せた。
ニンニク醤油のからあげなんて、堪らない旨さだよね。想像しただけでヨダレが出ちゃうよ。
莉奈が"からあげ"と口に出した途端に、エギエディルス皇子の可愛い瞳がキラッと光った。
「あのからあげが、さらに旨くなるのか!?」
「なる。なる。超なる!! ニンニク醤油なんて、からあげ最強の味だと私めは自負しております。エージング殿下」
「最・強!!」
呆れるフェリクス王の目の前で、末弟と莉奈が楽しくやり取りをしていた。
普通なら下らない事で、政務の邪魔をするなと叱責ものだが、2人が楽しそうにしていたので、怒る気が完全に削げていた。
むしろ、2人が楽しければ、それはそれでいいかなとさえ思う程だ。
「陛下!!」
「兄上!!」
キラキラとした期待しかない瞳で見られ、フェリクス王は失笑していた。
その木の実をどうやって手に入れたか知らないが、割れば帰ると言うのだから、割ってやろうとフェリクス王は折れた。
仕方ないなと盛大にため息を吐いて、重い腰を上げたのだった。
「で、この実の中に、醤油とか言う液体が入ってるのかよ」
「ですです!!」
「なら、割るより斬った方がいいんじゃねぇの?」
「え?」
「単に割ると、液体が漏れるだろうよ」
フェリクス王は、莉奈から三角形のユショウ・ソイの実をチラッと見た。
割るくらい簡単だが、変に割れれば中身は全部流れてしまうだろう。フェリクス王はやるからにはと、考えてくれていた。
「きる?」
莉奈は自分で頼んだのに、何故か背筋がゾワリとするのを感じた。
「コレで……だ」
フェリクス王は、腰に着けている魔法鞄から刀を出した。
刃先が光りに反射してキラッと光ったが、それがまたフェリクス王の怖さを引き立てている。
人の悪そうな笑みを浮かべさせたら、世界一だよね。この方。
「あ、じゃあ、よろしくーー」
お願いしますと木の実を差し出して頭を下げたら、フェリクス王は受け取らず口端をさらに上げた。
「頭の上で持ってろ」
「はい?」
「斬ってやるから、そのまま頭上で固定しとけ」
「……え゛?」
「頭の上」
「……」
莉奈はそう言われ、目を見開き固まった。
え? 何それ。
私の頭に乗せた木の実の先を、その長い刀でスパッと斬るって事!?
大道芸人かウィリアム・テルみたいじゃん。イヤだよ、そんな恐ろしいやり方。
莉奈はチラッと、隣を見た。
「エドくん。はい」
「はい、じゃねぇんだよ。お前がフェル兄に頼んだんだろ!?」
「息の合った兄弟の方が、キレイに斬れると思う」
「あ゛? フェル兄と息なんか合った事なんかねぇよ!?」
「またまた〜」
莉奈とエギエディルス皇子の、醜いなすりつけ合いが始まった。
言い訳や言い分をしながらお前がやれと、その姿はまるで仲の良い姉弟の様である。
ーーシュパ。
そんななすりつけ合いの最中、風が切れる様な不思議な音がした。
そして、次にカンコロと音がしたので下を見れば、莉奈の足元には三角形の茶色い何かが落ちていた。
「え?」
何が起きたのだろうと足元を見た後、顔を上げれば……フェリクス王が微苦笑している姿があった。
手は何も持っていない。魔法鞄に刀はしまったらしい。
何が起きたか分からない莉奈が、なんとなく自分の手元を見たら、金槌で叩いてもあれほどビクともしなかったユショウ・ソイが、先だけ綺麗に切れていた。
「それでいいんだろ?」
落ちた破片と自分の手に持つ木の実を、交互に見て呆然とする莉奈に、フェリクス王は笑っていた。
騒いでいた割に、大人しくなったなと。
「ど、どうやって、切ったんですか!?」
なすりつけ合っていたのに、切れた事が気になり思わず口にしていた。
切り口はガタガタも、トゲトゲもしていない。ヤスリで磨いた様に綺麗だった。
刀は冗談で出したのか、手にはもうなかった。
では、何を使って切ったのか。莉奈の興味は何故かそちらに移っていた。
「疾風かよ」
エギエディルス皇子が、悔しそうな声で呟いていた。
「疾風?」
「"かまいたち"ともいうな」
悔しそうな末弟の頭をグリグリ撫でながら、フェリクス王が"風の魔法"だと教えてくれた。
エギエディルス皇子が悔しそうにしているのは、その精密さである。
莉奈達が押し付けなすりつけ合っている間に、微量の魔法を使って先を切り落としたのだ。しかも、動く標的に真っ直ぐにである。
それは、針に糸を通す以上の精度が必要だと、莉奈は後から聞いて知ったのだった。
莉奈がスゴいなと、素直に感心している横で、エギエディルス皇子が兄王に触るなと必死に抵抗していた。
息を吸う様に簡単にやってのけた兄フェリクス。
その兄に追い付く気配がなく、悔しくて仕方がないのだろう。
「魔法でこんな事も出来るんですね」
莉奈は、木の実の切り口に素直に感激していた。
エギエディルス皇子も木の実くらいは、魔法で簡単に切れるのかもしれないが、さっきみたいに対象が動くと難しいのだろう。
今は悔しがっているエギエディルス皇子も、なんだかんだいって才能はあるのだから、すぐに出来る様になるに違いない。
「私なんて"泥水"しか出せないのに」
それに比べて自分はと、莉奈はため息を漏らした。
莉奈はエギエディルス皇子と魔法の訓練をしているが、雑念が多いのか碌に使えなかった。
簡単に使えるのは、小さな土の塊数個か泥水だった。
「「……」」
その莉奈の呟きには、フェリクス王とエギエディルス皇子は顔を見合わせて複雑な表情をしていた。
魔法で泥水を作り出した莉奈は莉奈で、凄いと思わなくもない。
それを作り出した意味は分からないが、今まで誰も作らなかったのだ。必要性は皆無だが、無意味な魔法を作り出すのは、後にも先にもここにいる莉奈だけだろう。
"無駄な可能性"を秘めている莉奈なのであった。




