402 キラキラ選手権、ここに開幕
「ま、とりあえず、話を進めよう」
莉奈が話を切り替えれば、お前が1人で勝手に逸れたのだろうという視線があった。
視線は痛いが仕方がない。
しかし、ゴキブリはこの世界にもいるとは……イヤだなと莉奈は思った。
「え〜と、美容液は全員? 全竜には塗りません」
「「「えぇェェーーッ」」」
莉奈がまずそう言えば、竜一同からブーイングと落胆の表情が見えた。
真珠姫と碧空の君はどうせ細かく説明などしないで、竜達を集めたに違いない。
「ハイハイ、最後まで聞いて〜。部屋と一緒で、個性があるから光って見えると私は思う」
莉奈はブツブツと文句を垂らす竜達に、フライパンを棒で叩き鳴らして落ち着かせる。
暴れられた日には、莉奈、ここに没である。
「確かに、同じ部屋だとつまらないですよね」
とは碧空の君。
莉奈に部屋をリノベーションしてもらい、比べる楽しさもあると分かったからだ。
皆、同じ部屋ならば、改装してもらった価値も半減しただろう。
「は〜い。私もここに住めば"碧空の"みたいな部屋にしてもらえるの?」
元気いっぱいの黄色の竜が、手ならぬ翼を挙げた。
野竜もチョイチョイ、ここに来ては部屋を覗いている様だった。
「まずは人間の番を探して下さい。部屋を改装するのは番なので」
「ふぅん。んじゃ探す」
ココに、リノベーションありきで番を見つけようとする竜がいる。
こんなので良いのだろうか? と思わなくはない。
だって、人が竜の番を持てば竜騎士となる可能性がある訳だし、選ぶ竜があんな軽い気持ちでイイのかな?
そんな事を考えながら、莉奈は他の竜に向き直る。
「えっと……美容液を塗って欲しい竜は皆で競ってもらいます」
「「「競う?」」」
竜が一斉に首を傾げた。
もれなく小竜もだ。何コレ、ものスゴく可愛いんですけど。
「この国にいる魔物、生物、植物限定で、1番希少価値のある素材や植物。あるいは、美味しい食べ物を探した竜に限り、称号? 違うな"栄誉"の1つとして美容液をどこか一か所に塗る事にしようと思う」
「栄誉」
「希少価値」
「魔物か生物」
「食べ物」
皆が莉奈の話す言葉を反芻し、頭に入れていた。
そして、自分の知る限りの希少性のある物を、記憶に手繰っているのだろう。
「それに先立って守ってもらいたいのは、この国の物限定という事。普通に暮らしている人間には迷惑行為はしない。後、見てないからって国境越えないでね。それで変に騒ぎが起きたら、たぶん陛下に処分されちゃうと思うから」
「「「……!!」」」
フェリクス王の名を出した途端に、竜達が硬直した。
この場にいなくても、どこかで目を光らせているってだけで恐怖の様だ。
だが、そのおかげで素材欲しさに他国には行かないだろう。
「制限時間は……明日の夕方までかな。日が暮れた時点で何を持って来てもアウトという事にする」
莉奈が競技? 説明すると、竜達がソワソワし始めた。
我先にと探しに行きたいのだ。希少な物なら、早い物勝ちである。
知っている限りの希少な物を、自分が1番に持って来ようと算段していた。
「ちなみに、美容液を鱗に塗るとどうなるか見ておく?」
と莉奈が言えば騒めきが止まり、一斉に莉奈を見た。
王竜はここにいない。美容液を塗るとどうなるのか知らず、なんとなく来ていた竜もいる。なので、竜達は互いに顔を見合わせ、見たいとさらに莉奈の周りに集まり密になった。
「エドの小竜ちゃん。キラキラにしてあげるからおいで〜?」
参加出来そうもないエギエディルス皇子の小竜に、莉奈は話し掛けた。
碧空の君の近くに隠れていた小竜は、キョロキョロとして皆にお伺いを立てていた。
自分が塗ってもらって良いのか、莉奈に塗ってもらって大丈夫なのかを訊いているのだろう。
「塗ってもらいなさい」
真珠姫が優しく話し掛けると、小竜は「きゅわ」と小さく鳴いて、莉奈の目の前にチョコチョコと歩いて来た。
「鱗じゃなくて、爪にする?」
足の爪を塗れば色は付かないけど、ペディキュアみたいで可愛いかもしれない。
莉奈はニッコリと、笑った。
『する』
可愛らしい小さな声が、莉奈の頭に入って来た。
驚き小竜を見れば、おずおずと念話で話し掛けてきた様だった。
ーー超可愛い〜っ!!
莉奈、デレデレである。
まだ小さいので、声が幼くて高めで可愛い。堪らんとばかりにニヨニヨしていれば、碧空の君から早くしろと催促があった。
急かされ莉奈は仕方がないなと、魔法鞄から寸胴鍋を出した。
周りに取りきれなかった美容液が、へばり付いているからだ。
申し訳ないけど、ラナ女官長達がくれた小瓶の美容液は、竜にはもったいない。なので、コレでいいだろうと寸胴鍋の中を指で掬い取り、薄紫の小竜の右足の爪1本に丁寧に塗ってあげた。
ーー数秒後。
ポゥと淡い光りが爪を覆った。
その瞬間、無数にあった細かい傷がなくなり、爪がまるでマニキュアを塗ったかの様に艶々になり、日が当たると神々しくキラリと輝いて見えた。
『キレイ』
薄紫の小竜は、自分の爪に見惚れていた。
人間と違って磨く事のない竜の爪は、野ざらしなので薄汚れているし傷も付いているしで、光る事はないから驚きながらもウットリと惚けていた。
「爪も綺麗になるのですね〜」
「あぁ、でも手の鱗も捨てがたいですね。1番になったらどこにしよう」
碧空の君と真珠姫は、もう美容液を塗ってもらう気分でいるらしく、小竜を見たり自分を見たりで、ワクワクとしていた。
「アレを塗ってもらえるのか!!」
「キラキラしてスゴく綺麗!!」
「希少価値の高い物ってなんだ?」
「ユニコーン?」
「ケルベロス?」
「ゴナサン・トローフェローチェ?」
「でも王城の周りには、弱小しかいない」
「明日の夕方」
「「「1番は私〈俺〉だ!!」」」
ザワザワと騒ついた後ーー。
キラキラとした物が大好きな竜達は、莉奈が開始の合図を送るや否や、雄も雌も関係なく競う様に空へと羽ばたき、あっという間に消えたのであった。
あんなに竜が一斉に飛ぶと、この場にはちょっとした竜巻みたいな風が起きる。莉奈は危うく飛ばされる所だった。
「うわぁぁ〜。空がカラフルだ」
風が収まった後、空を見上げるとーー。
空は一面竜で埋め尽くされ、多様な色が青空に広がった。
ものスゴく雄大で優雅な景色である。
異世界ならではの、景色を莉奈は堪能していた。
「きゅーぅ」
参加しなかった小竜が、莉奈の近くで寂しそうに鳴いていた。
楽しそうに行く仲間達を横目に、自分は行けなかったからいじけている様にも見えた。
莉奈はその姿が、なんだかエギエディルス皇子に似ているなと思った。
背伸びしたい年頃は、竜にもあるのかもしれない。
「ご飯食べる?」
なんだか可愛いなと思った莉奈は、碧空の君用に用意していた果物の盛り合わせを小竜の前に出してみた。
花やリボンに可愛らしく飾り切りした果物と野菜である。
『わぁぁァ〜ッ!!』
それを見た小竜の顔の周りに、パァと華やかな花が咲いた。
『いつもご飯を作ってくれてるの、お姉ちゃん?』
「だよ?」
お姉ちゃんだと!? 何それ、超可愛いんですけど。
エギエディルス皇子に頼まれて作ってきた甲斐がある。何コレ、口が緩んじゃうんだけど。
「ありがと」
まだ言葉を口に出すのは苦手なのか、たどたどしくお礼を言う小竜に、莉奈撃沈である。
エギエディルス皇子も可愛いけど、その番も可愛いとかヤバ過ぎでしょう!?
小竜がモグモグと食べる横で、ずっとニヨニヨとしている莉奈だった。




