4 二人の皇子
「……よかった。心だけではなく、身体にまで傷をつくる所でした」
初めて尽くしで、興奮やらパニックやら頭を冷やす間もなく、頭上から美声が降ってきた。
……えっ? だれ?
モニカの右斜め後ろに、ほっそりとした若い男の人がふわりと立っていた。
―――きゃぁぁぁぁ~!!
あっちの世界なら、間違いなく黄色い悲鳴が上がったに違いない。
卒倒する女性も絶対いる。断言する。
長い金髪の髪を、肩の横に一本に結わいたこの優しげな男性。
アイスブルーの瞳がまた良く似合う。
……うん。皇子だ。
見た目がこうだから、揶揄して言ってるのではないよ?
見た目どころか、服装、話し方、すべてにおいて一般人と違う。
それを踏まえて、この佇まい。
……うん。皇子様でしょう。
「まずは、私、シュゼル=グラン=ヴァルタールと申します。このたびは、我が愚弟が起こした事実に気づくのが遅くなり、そして起こした事でご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした」
と超絶美形の男性は頭を下げた。
そして、いつから居たのか、初めから居たのか、隣にいるエギエディルス皇子の頭を掴み、押さえつけると深々と頭を下げさせたのだ。
「……あ、いえ……」
隣にいるエギエディルス皇子は、なんだか不服そうだけど、この美青年ことシュゼル皇子の謝罪には、心が込もっているおかげか素直に受け入れられた。
「あなたも、ちゃんと謝りなさい。エギエディルス」
舌を噛みそうな少年の名前をさらりと言うと、シュゼル皇子は促す様に頭を軽く小突く。
「…………わ……る……かっ……たよ!」
謝るのも嫌なのか、顔を背いたままチラリとも、こちらを見ず吐き捨てる様に言った。
……あ゛ぁ?
って出しそうな声を莉奈は、気合いで飲み込んだ。
だって、そうでしょう?
聖女だか、なんだかわからないけど、勝手に喚んで考えたくもないけど還す術もない感じがする。
なのに、心が込もってない処か、どこか偉そうに言った。
どこが謝罪なんですかね?
ーーーガツン!!
バカこと、エギエディルス皇子の頭に、げんこつが落ちた。
「……いってぇ~!!」
「……なんですか。その謝罪は!!……エギエディルス、あなたは一体何をしてしまったのか、わかっているのですか!?」
……うん。
ここにきて、至極真っ当な意見を聞いた。
ブタだ、デブだ、聖女だ、召喚だと、訳の分からない話の後、放っぽられた。
なんかやっと、話の分かる人がいた。現れた。
「……なにって、俺はこの国のためにーーー!!」
ーーーゴン!!
自分は、正しい事をしたと思っているエギエディルス皇子の頭に、再びげんこつが落ちた。
「……いってぇ!! だから何すんだよ!?」
ーーーゴン!!
また一つ、げんこつが落ちた。
……うん。意外と容赦ないな。お兄ちゃん。
相当痛いのか、エギエディルス皇子は涙目だ。
「……いいですか?……あなたは、本当かどうかも分からない古い文献だけを頼りに、高精度の魔術召喚を行い。挙げ句召喚させ、この方に、多大な御迷惑をお掛けしたのですよ?」
「……っ!!…迷惑って…俺はこの国の―――」
「……まだ、わからないのですか!!」
ーーーガツン!!
もう、何度目か分からないげんこつが落ちた。
うわっ、思わず莉奈は顔を背けた。
その細腕に、どこにそんな力があるのか。見てたこっちまで痛くて顔が歪む。
「あなたは、この国のためを思って、彼女を喚んだのかもしれません。しかし、彼女からしてみたら、あなたはただの誘拐犯でしかないのですよ?」
「……っ!!」
エギエディルス皇子は絶句した。
兄の言葉でやっと、自分のした事の重大性が分かったのだろう。
自分がした事は、国のためと信じて疑わなかったのかもしれない。
だが、それはこの国の、エギエディルス皇子からの一方的な視点だ。
そう、莉奈からしたらただの誘拐である。
「……改めて、愚弟のした事を心より御詫び申し上げます。今回の召喚に関わった者達の処分は、詳しく事情を訊いた後、それ相応の処罰を与えるとお約束致します」
とニコリと微笑……違う。冷ややかに微笑んだ。
ーーーぶるっ。
……えっ。
なんだろう、この感じたことのない寒気。
普通、誘拐犯にはそれ相応の処罰、処分は当たり前だと思う。
……だけど、シュゼル皇子の笑顔が、アカンやつだと本能的に反応する。
……この人、怒らせたらダメな人だ。
私は、人知れず誘拐犯に御愁傷様と心の中で呟いていた。