398 そのままのキミでいて……?
そんな事になっているとは露とも知らない莉奈は、美容液作りを終えのんびりとしていた。
ラナ女官長の淹れてくれた紅茶を飲み、窓から見える花々を優雅な気分で眺めていた。
なんだか、お嬢様にでもなった様な気分である。
まぁ、背後では、楽しそうに美容液を瓶に注ぐ女性達がいる訳だけど。
「はい。これはリナの分よ?」
そう言ってモニカが、美容液の入った小瓶を持って来てくれた。
化粧水と乳液のちょうど中間みたいな、薄ら白濁した美容液。それが、花が咲いたガラス細工の蓋の小瓶に入っていると、ものスゴい高級品に見える。
あれ? 王宮を追い出されたら、化粧品店でも開けば生活出来たりするのかな?
莉奈は、そんな事をボンヤリ考えていた。
「ん? なんか数が多いよ?」
よくよく見たら、モニカが持って来てくれたのは10個くらいある。
材料費も何も提供していないのに、数が多過ぎではないのか。
「日頃の感謝も込めてよ」
「お菓子とか、美味しい物も作って貰ってるし」
「美容液だって、リナがいなければ作れなかったしね」
皆が莉奈にお礼を言いながら、遠慮なく貰ってくれと笑顔を見せた。
好き勝手にやらせて貰った上に、お礼だと美容液を多めにくれる皆に、感謝しながら有り難く頂く事にした。
いくらあっても困らないし、持っていて損はないからね。
ローヤルゼリーもかなり余ったので、預かっておいてと言われた。その代わり、多少は使ってもいいそうだ。
ついでとばかりに、寸胴鍋の内側に残っていた美容液も貰った。
この世界にゴムベラなる物はないので、へばり付いている美容液まで取り切れない。
手でなぞればまだまだ取れそうだし、貴重な美容液だから捨ててしまうのはもったいない。何か有効活用法でも考えよう。
ーードスーン。
うん。考えている暇などなかった。
調合室の窓から景色を楽しみ、紅茶を優雅に飲んでいた莉奈の目の前に、何やらデカい物体が飛来して来たのである。
窓の外は幅の広い遊歩道となっているのだが、そこに見覚えのある生き物がドスンと着地したのだ。
2階から車でも落とした様な振動と、その周りには小さな砂埃が舞っていた。
「「「……ヒッ!!」」」
楽しく談笑していたラナ女官長達の息を飲む声が聞こえた。
叫ばなかった事を褒めてあげたい。
しかし、この竜達、遠慮も空気も読まないよね。
莉奈は呆れた表情を浮かべながら、注意する事にした。
「あのねぇ、そこは、人や馬の道であってーー」
「リナ!! 太腿を見ました!!」
「はい?」
「キラキラしているのですよ!!」
「鱗がキラッキラと!!」
「日の光に反射すると、あぁ〜何と神々しい」
「黒いアレになど、美がなんたるかも分からないのだから、綺麗であっても意味などありません!!」
「あの美しさは女王である私にこそ、あるべき姿」
「「美容液を下さい!!」」
「……」
まさかの、美容液リターン。
瞳をキラッキラとさせて、弾丸の様に話し捲る真珠姫と碧空の君。
莉奈は、何が何だか分からず、唸っていた。
2頭が興奮した様子で捲し立てる様にいっぺんに話すものだから、"美容液をくれ"の部分しか聞き取れなかった。
一方で竜の目的が"美容液"だと知り、ラナ女官長達は出来立てホヤホヤの美容液を一斉に後ろ手に隠し、部屋の隅で怯えている。
取られる取られないはともかくとして、見つかるとヤバイという事は確かだからだ。
「2人とも元気だねぇ」
あ、2頭かと、莉奈は呆れを通り越し暢気だった。
騒ぐ竜など、もはや怖くはない。むしろ、ウルサイくらいだ。
「「元気だね、ではありません!!」」
「「美容液を下さい!!」」
竜2頭の必死過ぎる叫び声が、鼓膜にダイレクトに響いた。
そのせいで、キーンと耳鳴りがする。
もう"シュゼル・スペシャル"でも飲んで、ぶん殴ってやろうかな?
莉奈はフと不穏な考えが頭を横切ったが、もったいないなとすぐに考え直した。
「あ、陛下」
莉奈はチラリと、真珠姫と碧空の君の頭上を見た。
「「え゛!?」」
途端に騒ぎまくっていた2頭が慌てて口を塞ぎ、仲良く上を見上げた。
莉奈が空を見上げるものだから、フェリクス王が瞬間移動で飛来して来たと思ったのだ。
……チュンチュン。
空を見上げれば、小さな小鳥が数羽飛んでいた。
「あんまり騒ぐと、本当に来ちゃうと思うよ?」
そう、嘘である。
フェリクス王がいる訳がない。
莉奈は、素直に騙された2頭を見て空笑いしていた。
「う、嘘とはどういう事ですか!!」
「本当に来たのかと、心臓が止まりましたよ!?」
碧空の君と真珠姫は、怒りを通り越して顔面蒼白であった。
莉奈が嘘を吐いた事には憤りを感じるが、確かに騒げば来てしまう可能性がある。
この王城に彼がいる……それだけで、脅威しかないのだ。
嘘だと知った今でも、思わず本当かとキョロキョロとしている。
最強と謳われる竜が、たった1人の人間に怯えるなんて笑っちゃう。まぁ、魔王様には誰も敵わないよね。
「なんで、また美容液が欲しいの?」
どうせ引き下がらないだろうから、訊いておく。
無理に下がらせても、絶対にまたやって来るだろうし。
「そうですよ!! 美容液!!」
「黒いのの鱗がキラッキラになっていました!!」
「何故かと訊いたらーー」
「"竜喰らい"が何かしていたって言うから!!」
「「絶対にリナだって!!」」
莉奈が訊いた途端に、堰が切れた様にガンガンと話し始めた。
余程、気になって仕方がないみたいである。
黒いのがキラッキラって、なんだろう? と真珠姫と碧空の君の話を聞いてもイマイチ分からなかった。
ーーが、首を傾げていると、さらに捲し立てる様に次々に言う2頭。
その話を総合し、莉奈は段々理解したのだ。
「あ」
そういえば、王竜の鱗1枚に美容液を塗ったな……と。
あちゃあ、アレがバレたのか。
面倒くさい事になったぞ、と2頭を見たら、期待しかない瞳で見られてしまった。
「どうしたいの?」
訊かなくても分かるけど、訊かざるにはいられなかった。
「「私達にも塗って下さい!!」」
ですよね〜。
食いに食い気味の返答が返ってきた。
「塗ってどうするの?」
と思わず返してみれば
「「美しくなるのです!!」」
当然の様な返事をされてしまった。
「何もしなくても、真珠姫も碧ちゃんもすごく綺麗だよ?」
莉奈は、苦笑いを抑えてにこやかに適当に褒めてみた。
実際、竜の美の感覚なんて分からないけど。
「「見え透いたリップサービスで誤魔化さないで下さい!!」」
適当過ぎたのか、真珠姫と碧空の君に速攻で怒られた。




