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聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました  作者: 神山 りお


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396 それぞれの思い



「ふぁ」

 結局、二度寝した莉奈は今、のんびりと朝食を食べていた。

「でけぇ欠伸」

 一応お前も女なんだから可愛い欠伸しろよと、一緒に食事をしているエギエディルス皇子が呆れ笑いをしていた。

「欠伸に可愛いも可愛くないもありますかね。エスパルス殿下」

 と莉奈はもう一つ欠伸をする。

 まぁ、エギエディルス皇子の欠伸は可愛いと思うけど。

「なんだよエスパルスって……とにかくお前のは可愛くない」 

 ツッコミを入れながらもエギエディルス皇子は、苦笑いしていた。

 欠伸にまでケチをつけられるとは、失礼しちゃうよね。



「しっかし、随分と眠そうだな?」

 先程から大きな欠伸をしている莉奈に、苦笑いするエギエディルス皇子。

 揶揄する様な口振りで言いながら、エギエディルス皇子は内心莉奈がちゃんと眠れているのか心配していた。

 エギエディルス皇子も親はいないが、支えてくれる兄達がいる。しかし、莉奈にはそれがないのだ。

 自分だったら……莉奈みたいに笑っていられるか分からない。

「昨日、夜中に変に目が覚めちゃって……あ、んで散歩に行ったーー」

「あ゛、散歩? 夜中に!?」

 昨夜の事を話そうとしたら、エギエディルス皇子が目を見張っていた。

 食後の紅茶を淹れてくれていたラナ女官長と、侍女のモニカも同様に驚いていた。

「うん、そう。でねーー」

「危ないだろう!?」

「え?」

「夜中に1人で散歩なんて危ないだろう?」

 エギエディルス皇子にまでそう言われ、莉奈はビックリしてしまった。

 まさか、兄弟揃って注意されるなんて思わなかったのだ。



「あぶない? シュゼル殿下にも言われたけど、なんで危ないの?」

 莉奈は大きく首を横に傾けた。

 フェリクス王のいる王城で、何が危険なのか。

「「「……」」」

 紅茶にククベリーのジャムを入れている莉奈を見て、エギエディルス皇子どころか、ラナ女官長とモニカが顔を見合わせてため息を吐いていた。

 魔物がいない=安心安全ではないのだ。

 莉奈は変な所で無防備過ぎると、ため息を吐かずにはいられなかった。



「ん? シュゼ兄にも言われた?」

 もう、何かを言うのを諦めて紅茶を口にした時、エギエディルス皇子は莉奈が言った言葉を思い出し眉根を寄せた。

「散歩に行った時、シュゼル殿下に会ったんだよ?」

「……夜中に?」

「夜中に」

 昨夜のシュゼル皇子に会った事を話したら、エギエディルス皇子が顎に手を置いて何か考えていた。

 普通、子供がそんな仕草をしても大人びて違和感ありまくりなのに、エギエディルス皇子がやるとなんだかさまになっている。

 これが王族の風格なのか。げせぬ。



「何してたんだろうね?」

 フェリクス王は夜が似合うから、あまり違和感はなさそうだ。

「……そうか、昨日は満月か」

 何か思い当たったのか、エギエディルス皇子がそう呟いていた。

 満月が何だろう? 確かに月は綺麗だったけど。

 莉奈が何か聞きたげな表情をしていたら、エギエディルス皇子が片手を軽く挙げ、ラナ女官長とモニカを下がらせた。



 何故2人を下がらせたのか莉奈は分からないが、エギエディルス皇子は部屋から出て行ったのを見計らい口を開いた。

「月の満ち欠けで魔力に変化があるのは知ってるよな?」

「いや、知らない」

 莉奈がシレッとそう返せば、エギエディルス皇子は唖然としていた。

「お前……ヴィルに教わっただろう!?」

「……かな?」

 と莉奈が惚けたら、エギエディルス皇子が「信じられねぇ」とテーブルに突っ伏してしまった。

 コイツはそういう女だったと、ブツブツ言う声が聞こえた。

「あはは」

 莉奈は頬をポリと掻きながら笑った。

 家族の事を吹っ切れたのはごく最近だ。

 魔法を使うたびに使えてればと胸が痛むから、魔法からなるべく目を逸らせてきたのだ。

 使う予定もなかったので、魔法省のタール長官には悪いが、右から左でうわの空でしか聞いてなかったのである。




「まぁ、いい。とにかく……月の満ち欠けによって魔力は左右されるんだよ」

 少し復活したエギエディルス皇子は、怒る気力もないのかものスゴい呆れ顔をしていた。

「魔力は基本的には昼より夜が高くて、特に満月の時が強く出るヤツもいれば、逆に新月の晩が強いヤツもいる」

「ふぅん?」

 そんな事、意識した事もなかった。大体、そんな時間は寝ているし。

「だから、シュゼ兄がわざわざ夜中に出歩いていたのも、たぶん何か調べていたんじゃねぇかと思う」

「魔法を?」

「……」

「エド?」

 何をと訊いたら、エギエディルス皇子が苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 しばらくすると、顔を上げたエギエディルス皇子は、莉奈の顔を見てバツが悪そうにプイッと逸らせた。

 



「……お前を還す方法を……模索しているんだと思う」

「え?」

 "還す方法"?

 それは、日本に還すという事だろうか?

「シュゼ兄は、お前を元の世界に還す方法を……ずっと調べてる」

「……」

 "ずっと"

 なら、莉奈がこの世界に喚ばれた時からと言う事だ。

 シュゼル皇子は公務で多忙を極める中、還れる方法を夜中まで模索してくれていたのだ。

 莉奈に還る場所など、ない事を知らないのだろう。



「還れなくてもいいって、シュゼル殿下に言った方がいいよね」

 莉奈はポツリと小さな声で言った。

 本音を言ったら、正直どうしたらいいのか分からない。

 確かにこっちにはエド達がいて、毎日が楽しい。

 だけど、この世界で自分は異質な存在である。自分にとっては幸せでも、この国にとって良いかは別の話である。

「別に……無理して言う必要はねぇよ」

「……でも」

「シュゼ兄はたぶん、薄々気付いていると思う」

「……」

「その上で、お前を還す方法を調べているんだよ」

 自分は口にしてはいないけど、察しの良いシュゼル皇子の事だから、莉奈に還る場所がない事は知っているとエギエディルス皇子は言っていた。

 だが、それを知った上でも日本に還したいのかと、莉奈は悲しくなってしまった。

 還る場所がないのに、還すなんて地獄である。

 シュゼル皇子には優しくされていたが、本当はそれ程までに嫌われていたのかと、泣きたくなった。




 莉奈は俯いて、泣きそうになるのを我慢していれば、エギエディルス皇子が話を続けた。

「もちろん、俺は……お前を無理に還さなくても、イイんじゃないかって言ったよ。リナの幸せが、そこにあるとは限らないからって」

「……」

「そしたら、シュゼ兄は……"還れない"のと"帰らない"のでは絶対的な意味が違うって」

「……え?」

 "還れない"と"帰らない"。莉奈はその言葉に、何故か胸がトクンと強く打たれるのを感じた。

 この世界にいる事に変わりはない。

 だけど、その意味はまったく違うかもしれない。




「この国に残るお前の……意思がちゃんとそこにあるのか、ないのか。任意か強制か。それでこれからの生き方や感じ方、考え方が全く違うんだとシュゼ兄は言うんだ」

「……」

「俺はそう言われた時、正直分からなかった。だけど、今は少し分かる。……リナ、俺もお前の還る方法を必ず探す」

 その上で、帰りたくないなら帰らなければいいと、エギエディルス皇子は言った。

 そのエギエディルス皇子の瞳に、真っ直ぐな信念を強く感じた。

 彼は彼なりに莉奈の事を本気で考え、莉奈の幸せを探してくれているのだ。




「……うん」




 小さく笑って頷いた莉奈の瞳は、少しだけ揺らいでいた。





 それは、涙で揺らいだだけではない。





 元の世界に戻れると知った時、自分の意思はどこにあるのか頭を過ったからだ。





 ーーこの世界……王達はものスゴく優しくて温かい。





 だからこそ……ここにいると、家族がいた事すら忘れそうで、莉奈は無性にそれが怖かった。





 ◇◇◇





 朝食後、エギエディルス皇子と別れ、莉奈は色々と考えながら黒狼宮に向かっていた。

 還す術がない。たとえ、帰っても自分の居場所がないと、莉奈はすべてを諦めていた。

 だけど、シュゼル皇子もエギエディルス皇子も、あちらに還せないからと終わらせたりせず、まだ方法を探していてくれたのだ。

 あの2人がそうならば、フェリクス王もだろう。




 帰りたくても、還れない。

 還れるけど、帰らない。




 還れないのと、帰らないのでは心の拠り所が違ってくる。

 ここにいる事は同じでも、そこに莉奈の意思があるっていうだけで、感じる事が全然違う。

 彼等は強制ではなく、選ぶ権利を作ってくれようとしている。




 万が一、元の世界に戻れるとなった時ーー。




 ーー帰らないと選択したら……皆はどう思うだろうか。

 家族と過ごした世界に戻らないなんて、薄情だと幻滅するだろうか?



 なら、帰ると選択したら?

 自分達と過ごした時間より、やはり元の世界を選ぶのかと、ガッカリされるだろうか?




 莉奈の心は複雑であった。




 


「ま、そんな事を、今から考えても仕方がないか」

 莉奈は自嘲気味に笑うと、両頬をパチンと叩いた。

 今は還れないのだ。

 なら、もしもなんて考えるのは無意味でしかない。

 今をがむしゃらに生きてみて、その時が来たらその時に考えればいい。




 莉奈は前を向いて歩こうと、改めて気合いを入れ直したのであった。
















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