394 月夜の晩
「うう〜ん。ごめんなさ〜い、主役はあなたです〜」
ーーこの日の夜。
莉奈は、自分より背丈のある鳥肉のパリパリ焼きに、タックルされるという訳の分からない夢を見た。
鳥肉のパリパリ焼きにタックルされ、魘されて目が覚める日が来るとは……。
そんな夢を見た自分に呆れながらもチラッと窓の外を見れば、まだ夜も明けていなかった。
2度寝しようと思ったけど、完全に目が覚めてしまったので気分転換に散歩にでも行こうと服に着替えた。
この世界の空には、大小2つの月が寄り添うように輝いている。
夜は静か過ぎて、心が折れそうになるから余り好きじゃなかった。異世界にいる不安も相まって、夜空なんて見上げる事も少なかったけど、今さら見上げて気付いた事がある。
月が2つあると、アッチの世界より少しだけ空が明るい気がする。
アッチの世界では昼が10の明るさだとすると、夜は1。コッチの世界は月夜だと2くらいの明るさだ。微々たる差だけど、気付くとなんだか不思議だ。
碧月宮を出て外に出れば、所々に魔石を利用した外灯があり、暖色系の柔らかい光で辺りを照らしていた。
高価な魔石をふんだんに使用しているのを見ると、さすが王城だなと思わざるを得ない。
間違いで召喚され、他国では放逐されたかもしれないと考えると、優しい王達のいるこの国に、召喚されて良かったなと心から思う。
現実であって現実じゃない様な世界にいると、いつかアッチに戻れたら家族が「どこに行ってたの? お姉ちゃん」って迎えてくれる気さえする。
いないハズの家族が、何処かにまだいる感覚になれた。
◇◇◇
月夜を眺めながら歩いていたら、銀海宮に自然と足が向いていた様だ。
こんな夜更なのに、厨房からは明かりが漏れている。
朝食に出すパン作りをしているみたいだった。
警備兵は一日中警備しているし、厨房も一日中誰かが作業している。
莉奈のいる碧月宮は静かだが、王城では何処かで誰かが起きて働いている。そう考えれば意外に寂しくないなと、莉奈は自然と口を綻ばせていた。
「わ! 誰かと思ったら、リナか」
「夜中に散歩なんかしてると、不審者と間違えられるぞ」
銀海宮を過ぎた辺りで、巡回している警備兵達とすれ違った。
こんな時間に人がいる事が稀なのに、明かりも持たない莉奈がフラリと現れれば驚くのはもっともだろう。
心臓に悪いと苦笑いされてしまった。
「こんな時間に、何してんだ?」
至極当然な質問が降って来た。
「あ〜、なんか寝付けなくて?」
「あぁ、なんかあるよな、そういう時」
「そんな時は、無理して寝ないのがイイ時もあるって聞いた事がある」
莉奈があやふやに返答すると、警備兵達が納得してくれた。
皆も寝付けない時がある様だ。
まぁ、自分は鳥肉にタックルされるという変な夢で目が覚めた訳だけど。
「あ、そうだ。夕食のカレー旨かった」
「カボチャのプリンはなかったけどな」
「米なんて鳥の餌だと思ってたけど、結構旨いのな」
「カボチャのプリンをお前等だけで食ったのは知ってるぞ?」
「カイエンペッパーをたっぷり入れて食ったら、辛旨だった」
「カボチャのプリン〜!!」
夕食のカレーを食べた警備兵達の感想とお礼の間から、一部の恨み節みたいな声が聞こえた。
どうやらカボチャのプリンを食べていたのが、バレていたらしい。
「リックさんが、その内に作ってくれるよ」
莉奈は苦笑いしていた。
砂糖を多めにあげたし、リック料理長の事だから復習も兼ねて作るに違いない。
しかし、食べ物の恨みは怖いよね。
警備兵とたわいのない話をしていて、莉奈はフと思い出す。
「そういえば、アンナを最近見かけないんだけど、どしたの?」
自分の宮を警備してくれているハズなのだが、最近一向に見かけなかった。
チラッとでも会えばウルサイくらいに声を掛けてくるのに、それが全くない。どこへ行ったのだろうか? と思ったのだ。
「あ〜、アイツなぁ」
警備兵達は顔を見合わせて、なんとも言えない表情をしていた。
莉奈が何かやらかしたのかと聞けば、複雑な顔で教えてくれた。
「リヨンで捕まったらしい」と。
「はぁ? 捕まってるーーっ!?」
莉奈、驚愕である。
最近見かけないとは思ってはいたが、まさか捕まっているとは思わなかった。
捕まった……という事は、とうとう犯罪に手を染めたのか、アンナは。
「イヤ、俺達も詳しい事は分かんねぇんだけど……」
「なんか、冒険者ギルドかどっかの店で"王竜"の鱗を売ろうとしていたらしいんだよ」
「だけどな? そもそも、竜の鱗なんて稀だろ? なのに王竜のときたもんだ」
「お前、盗んで来たんだろう!! って事になって、捕まったらしい」
「事情を聞いたアメリアが、迎えに行ってる」
警備兵達が知っている限りの情報を教えてくれた。
皆の話をまとめると、王竜の鱗を安易な考えで売ろうとした警備のアンナは、窃盗犯として警ら隊に捕まってしまったとか。
そこへ、難民支援を終え帰城していた近衛師団兵のアメリアが、休む暇なくリヨンに出向くハメになった様である。
すっかり忘れていたけど、アンナが王竜に鱗を貰ってすぐに砂糖を買って来ると、すっ飛んで行ったのを思い出した。
どこで売ろうとしたか知らないけど、王族以外が王竜の鱗なんて持っていたら確かに怪しい。
竜の鱗は稀だもの。しかも、フェリクス王が従えている竜だ。市場になんて出回る訳がない。
王と接点のないアンナが、いくら王竜がくれたなんて話をしても誰も取り合ってくれる訳もなく……毟り取って来たのだろうと、思われていたそうだ。
莉奈的には、王城にいるあの王竜から鱗を毟り取れるとしたら、それはもの凄い強者だと思うのだけど……。
あのアンナが出来ると思うかね?
とにかく、不審過ぎるアンナをお咎めなし、釈放! とはいかず、真偽を確かめるために王城に連絡があった様だ。
そして、その場にいた近衛師団兵で竜騎士になったアメリアが、引き取りに行った……という訳か。
なるほど、貴重な竜の鱗を売る時は気をつけないと、窃盗扱いされるらしい。
莉奈はアンナのおかげで、良い勉強になったのであった。
「リナ、散歩もいいけど、体が冷えない内に部屋に戻れよ」
「腹出して寝るなよ?」
「夜食はほどほどにな」
警備兵達は莉奈の頭や肩を、ポンと優しく叩きながら巡回の仕事に戻って行った。
なんだかんだで、皆優しいなと莉奈の心がホッコリしていた。
さて、帰ろうかなと踵を返した時ーー。
「こんばんは」
と真正面に、月夜に照らされたシュゼル皇子がいた。
「……!?」
莉奈は悲鳴を飲み込んだ。
もの凄く綺麗な人が目の前に突然現れても、恐怖なんだなとこんな状況なのに思ってしまった。
確かに、こんな人のいない夜に突然人が現れれば怖いなと納得する。
しかし、心構えがなかっただけに、何を口にすればイイのか思い付かない。
何を話したら? と考えたらシュゼル皇子が先に口を開いた。
「月が綺麗ですね」
「え? あ、はい。そうですね」
そう言って空を見上げるシュゼル皇子に、莉奈は思わず見惚れてしまった。
月夜に照らされたシュゼル皇子は、男なのに女神の様に美しかったのだ。
しかし、この"月が綺麗ですね"という言葉。
"愛してる"の訳だと言われているけど、実際誰かに"月が綺麗ですね"なんて言われて、そう取る人なんていないと思う。
事実、今シュゼル皇子に言われた訳だけど、告白されたなんて馬鹿みたいな勘違いしないよ。素直に月が綺麗だなと感じるだけだし。
"死んでもいいわ"と返すのが正解なんだっけ?
月が綺麗に対して、愛が重くないかな?
そう思った瞬間、ゲオルグ師団長の奥さんジュリアの顔が浮かんだのは気のせいだろう。




