391 なんで、そうなるのだろう?
「さてと……バターチキンカレーはここに、水、生クリーム、バターを入れて作るんだけど……」
莉奈はそう言いながら、皆をチラッと見た。
「作るんだけど?」
何も知らない料理人達は、莉奈を見つめた。
「ふくよかな人達が多くなってきたから、脂肪分の多い生クリームの代わりにクリームチーズと牛乳で代用しようか?」
莉奈はぷぷっとわざと笑いを漏らす。
変えた所で微々たる抵抗だし、大したカロリーオフにはならないが、塵も積もればである。
だけど、一応皆に訊いてみようかなと莉奈は訊いたのだ。
「「「……」」」
莉奈がそう言った瞬間、全員が頬を引き攣らせ、自分の身体と向き合っていた。
元から運動量の多い近衛師団兵は勿論、警備兵達はむしろ莉奈の作る食事のおかげで筋力が付いたらしい。
だが、運動量が圧倒的に足りない料理人達の一部は、筋肉量が増える事はなく代わりに脂肪が増えたのだ。
食べる楽しさも相成って、味見と称して食べる量も多いからプクプクとしてきたなと、莉奈はほくそ笑む。
「代用すると痩せるの?」
おずおずと女性の料理人が訊いてきた。
莉奈のピーク程ではないが、お腹周りが気になり始めたらしい。
「痩せないよ。小さな抵抗」
なんで痩せると思うかな?
いや、そう思いたいだけなのだろうと、莉奈は笑った。
「なら、いいや」
既に諦めた様だった。
ならばと、莉奈は基本のバターチキンカレーに取り掛かる。
勿論、水も入れるけど、小さな抵抗であるカロリーオフなど考えないで、バターと生クリームをカレーの素にたっぷり入れて混ぜ込んだ。
そこへ、焼き色を付けたロックバードの肉を、流れ出ていた脂ごとドバッと豪快に入れる。
それを軽く混ぜて数分煮れば、バターチキンカレーの出来上がりである。
「うん、上出来」
小皿で味見をした莉奈は、出来たバターチキンカレーの味に満足をした。
久々だった上に、100人分をいっぺんになんて初めてだったから、どうなる事かと思ったが、杞憂だった。むしろ、たくさんの量だから旨味たっぷりである。
「これが、バターチキンカレーか」
リック料理長がマジマジと見て、頷いていた。
手を大鍋に振り、香りを堪能している。初めての香りだけど、気に入ってくれた様だ。
「もう1種類カボチャのカレーを作る予定なんだけど、そっちには野菜をたっぷり添えたいから、色んな野菜を素揚げしてくれるかな?」
「混ぜるんじゃなくて、添えるんだな?」
「うん。で、カボチャのカレー用にカボチャを蒸して欲しい」
食料庫にカボチャが大量にあったから、使わない手はないよね。
今日はカボチャのプリンにカボチャのカレーで、カボチャ尽くしである。
「さっきみたいに器にするのか?」
「え? 器? あ、そっか、器にしてもイイね。なら、コレも豪快に器にしちゃおう」
マテウス副料理長が冗談で言った提案に、莉奈は乗っかってみた。
マテウス副料理長はまさか乗ってくるとは思わなかったのか、目を丸くしていたが面白そうだと用意をし始めていた。
「カボチャを丸ごと器にして、皆で取り分けるのも楽しいよね」
鍋を囲むみたいで、皆で食べるのは楽しいと莉奈は笑った。
ーーのだが。
「取り合い」
「奪い合い」
「骨肉の争い」
量が多いだの少ないだの、互いに牽制し合いながら、小さな争いが勃発するに違いないと、料理人達は莉奈とは違う意味で笑っていた。
莉奈はそれを聞きながら、器にしないのも作ろうと苦笑いするのであった。
カレーの素があるから、カボチャカレーも簡単に出来る。
水と生クリーム、蒸し上がったカボチャを入れて、カボチャを潰しながら混ぜれば簡単カボチャカレーである。
「それを、くり抜いたカボチャに入れるのか」
リック料理長が手伝いながら、訊いてきた。
「うん。そんで、素揚げにしてくれた野菜も入れて、その上からチーズをたっぷり載せる。で、オーブンでチーズに焼き色をつければ、丸ごとカボチャカレーの出来上がり」
莉奈はドスンと大皿に載せた。
こんなの家では、ハロウィンパーティーくらいの時しか作らないよ。
焼けたチーズがフツフツといっていて、スゴく美味しそうに出来た。
「カボチャを丸ごと使うと、豪快だな」
「カレーにチーズか。溶けたチーズが堪らん」
リック料理長とマテウス副料理長が、ゴクリと生唾を飲み込んでいた。
「カレーは色んなトッピングを楽しむ料理でもあるよね。カリカリに揚げたスライスニンニクや玉ねぎ、半熟卵。ハンバーグを載せてハンバーグカレーも美味しい。チキンカツカレー、からあげ……」
「リナ、やめて〜」
「面倒くさいけど、トッピングしたくなる〜」
料理人達が耳を塞いでいた。
ただでさえ、ハンバーグやチキンカツは美味しいのに、トッピングにするなんて堪らないと唸っている。
「まぁ、今日は普通のカレーにしたら? トッピングとかはまた今度で」
「「「そうする!!」」」
莉奈が苦笑いしていたら、料理人達は大きく楽しそうに頷いていた。
慣れてから、追加で何かトッピングしようと決めたみたいだ。
「リナ。今日はものスゴく作るな」
莉奈がまだ、何かを作る仕草を見せたので、リック料理長達が驚いていた。
面倒くさがりの莉奈が、たまに本気モードを見せるのだが、今がその時
だった。
「だって、香辛料の効いたカレーのお供には"ラッシー"でしょう?」
「「「"ラッシー"??」」」
莉奈が材料を準備しながらそう言えば、料理人達は眉を寄せていた。
莉奈の言うラッシーが何なのか、全く分からないからである。
作業をし始める莉奈を横目に、皆は自由に想像する。
「何、ラッシーって?」
「誰かの名前か??」
「名前だとして料理に関係ないよね?」
「あ! カクテルじゃない!?」
「「「カクテルだ!!」」」
「ブッブーーッ」
好き勝手に言っていた料理人達の意見を、莉奈は不正解だと口にした。
結局、自分達が食べたい飲みたい願望が漏れただけだし。
「ブッブーー?」
「ブッブーーって何だ?」
「料理名?」
莉奈が口にしたその擬音に、疑問の声が上がった。
あ〜、そうだった。
クイズの正解音"ピンポーン"が通じない世界に、不正解の擬音である"ブッブーーッ"なんて通じる訳がない。つい、いらん事を言ってしまった。
そのせいで、なんですか? と皆の視線が莉奈に集まっていた。
「問題に不正解すると、私の世界ではブッブーーッと鳴るんだよ」
もはや、説明の仕方が分からない莉奈は適当に答えた。
どうしてこう上手く説明が出来ないのだろうか? と莉奈は自分の能力のなさを嘆いた。
「え? どこから?」
「いやぁぁぁ〜っ!! 絶対にまた棺桶からだ!!」
「そうだ! リナの世界じゃ、皆棺桶で生活してるんだった!!」
「違うわよ。窓ガラスに幽霊とか人影が映って"ブッブーーッ"って」
「「「いやぁぁァァーーッ!!」」」
2度目の阿鼻叫喚であった。
莉奈の方が、いやぁー!! と叫びたい。
どうしてそうなってしまうのかな?
もはや、どう弁解しようが莉奈の国では、人は皆、何故か棺桶で生活している事になってしまった。
そして、問題に正解不正解すると、窓ガラスに人影が映るらしい。
……そんなホラー映画の様な世界に、自分も帰りたくない。
莉奈は、自分の世界の暮らしが、どんどんオカシな方向に思われているのを、もう止めるすべがなかった。




