382 糠漬けモドキ
「リナ、やっぱりカクテルか?」
莉奈がまた、お酒を用意し始めたので、期待しかない瞳で見ていた。
「違うよ」
莉奈は苦笑いが漏れていた。
本当に皆、お酒好きだよね?
お酒の全てがカクテルに繋がる訳ではないのに。
「じゃあ、エールなんて何に使うんだ?」
「漬け物」
「え?」
「"糠漬けモドキ"を作るんだよ」
「"糠漬けモドキ"? お酒で漬け物なんか作れるのか?」
「だね〜」
リック料理長が興味津々そうだったので、材料を用意しながら簡単に説明する事にした。
「本来なら米糠から作るんだけど、米糠を用意するのが面倒くさいので、代わりにエールとパン、それと塩で糠漬けモドキを作る」
「エールとパン!?」
「そう。エールとパンと塩で、糠漬けという漬け物が出来る……らしい」
「なんだよ。出来るらしいって」
「実は作った事がない」
家には糠床があったから、やった事がなかったけど、ずっと興味があった。
水でも出来るらしいけど、水だともの足りないって聞いた覚えがある。だから、エール〈ビール〉で作ってみようと思ったのである。
「作った事がないのに、作れるのか?」
「うん。難しくはないからね」
簡単で意外だから、覚えていたレシピだ。
TVでやっているのを見た事があるだけで、試した事はなかった。良い機会である。
「今日は細かくちぎったパンを使うけど、パン粉でもイイ。浅い鍋にちぎったパン、塩を少々入れ、エールを注いでパンに良く揉み込む。で、初めは使わないクズ野菜をその糠床モドキに埋めて、フタをして一晩置くと……パン床が出来るらしい」
「出来るらしいのか」
「だね?」
莉奈は空いていた冷蔵庫に、鍋を入れた。
ビニール袋があれば、そこに材料を入れると手も汚れないし簡単らしいけど、ビニール袋なんかないから仕方がない。
「クズ野菜を入れたのは、何故?」
「馴染ませるため?」
リック料理長が訊いてきたけど、正直言って良く知らない。
漠然と菌か何かを安定させるため? としか分からないのだ。
「パン床が出来たら、食べたい野菜を入れて漬けるといいらしい」
「なら、明後日のお楽しみか」
「上手く出来てればだけど」
やった事がないから、想像がつかない。
「さて、朝ご飯を作ろう」
莉奈は改めて気合いを入れると、準備に取り掛かる。
リック料理長達が、皆のために作ってくれている朝食でもいいけど、せっかくお米を貰ったのだから、ご飯がいい。
朝起きてから大分経ったし、朝食兼昼食という事にしてガッツリした物が食べたいなと。
カツ丼、天丼、親子丼……どれも醤油や出汁が必要だ。
代用かアレンジかで作るのもアリ。
「ガーリックライス……でも炊きたてご飯で作るのもなぁ」
莉奈はため息を吐いたり、呟いていた。
良くも悪くも、この世界には魔法鞄があるから、ご飯はいつでもふっくら炊きたてのままだ。
その炊きたてご飯で炒飯を作ると、水分が多いからベチャっとしてパラパラにはなりにくい。昨日の残りくらいがちょうど良いのだ。
勿論、固めに炊いたご飯でもいいけど、わざわざ炒飯のために炊くのも勿体ないし、なんか炊きたてご飯を使うのは罪悪感が少しある。
どうしようかな、と考えていたら料理人リリアンから驚きの事実が発覚した。
「炊きたてじゃないご飯なら、ココにあるよ?」
「え?」
「ホラ、鍋に入ったまま〜!!」
アハハと楽しそうに、冷蔵庫から小鍋を出していた。
フタを開けたら、完全に冷えて固まった昨日の残りのご飯だった。
オカシイな。炊いたお米はもれなく、皆で魔法鞄で保存していたハズなのに。
「何故、ご飯がそこにある?」
リック料理長が険しい目をリリアンに向けた。
「それは、私が魔法鞄にしまい忘れたからーーギャン!!」
もれなく、リック料理長のゲンコツが頭に落ちていた。
しまい忘れて隠していたのだろう。ものスゴくリリアンらしい。
「まぁ、ちょうど良かったし貰いますか」
冷えたご飯を活用出来て良かった。
一応、匂いを嗅いで傷んでいないか確かめたけど、だってあのリリアンだもん。いい加減に置いて腐らせている可能性もあるからね。
「何を作るんだい?」
結果、何を作るのだろうと、リック料理長が他の作業に戻りながら訊いてきた。
お米の料理なんて初めてで、興味しかない様だ。
「シンプルなガーリックライスを作ろうと思う」
ケチャップがあればオムライスが食べたいけど、ケチャップから作らないといけない。
なら、簡単なガーリックライスがいいかな? と。
「ガーリックライス?」
「ニンニクでご飯を炒めるだけ」
莉奈は、棚から見つけた乾燥パセリとニンニクを微塵切りにした。具はそれだけ、他に具らしい具は入れない。
「フライパンに微塵切りにしたニンニク、バターを入れて火にかける。なんとなくニンニクから香りが出て来たら、冷めたご飯を投入。で、塩、胡椒を少々と切ったパセリを入れて、ひたすら炒める」
「スゴく良い匂い」
「さっき、飯を食ったのに食欲を唆られる」
料理人達は鼻をスンスンさせていた。
ガーリック炒飯は、ニンニクの香りで鼻を襲撃し、炒める音で耳を襲来する。ニンニクって本当にお腹にも刺激してくるから不思議だ。
「ところで、タコ、まだ残ってるの?」
ガーリック炒飯を炒めながら、残っているのなら何か作ろうかなと訊いてみた。
「残る訳がない」
「白ワインと共に、胃袋の中へ消えたとさ」
どうやら、全部使い切った様である。
美味しいのかも皆が食べるのかも分からないから、量も少なかったから仕方ない。想像以上に口にあった様である。
「ありがたい事だよ。獲れてもタコが売れなかったから大歓迎」
そう言って嬉しそうに笑ったのは、タコを食べた事のある漁師町出身の料理人だった。
あまり売れないからと、獲れても廃棄する事もあったみたいで、漁師達も喜ぶとお礼を言われた。
空前のからあげブームに乗れたら儲けモノである。
近々、また仕入れてくる予定だと料理長が教えてくれた。
「ちなみにタコはないけど、同じデビルフィッシュのイカなら少しあるよ」
莉奈なら何か作るのでは? と仕入れ担当の料理人が仕入れて来たらしい。
「イカ」
イカで莉奈が真っ先に思いついたレシピが、スルメだから笑っちゃうよね。
皆じゃないけど、酒の肴になるモノが真っ先に浮かぶなんて。
「何か思い付いたのかい?」
「まぁ、なんとなく?」
リック料理長が訊いてきたけど、とりあえず莉奈は言葉を濁した。
今は、イカよりガーリック炒飯である。
皆と話をしていたら、ちょうど良い感じに出来上がった。




