375 ラナ女官長とモニカの思い
「陛下達は、リナにはどこまでも優しいわよね」
侍女のモニカが、飛び去るフェリクス王達を見送った後、ポツリと呟いた。
拉致された可哀想な子ではあるけれど、それを加味したとしても、あそこまで自由にしていて厳罰がないのは異例だ。
自分が同じ事をしたら、王城から放り出されるどころか、文字通り首が飛ぶ。
「カクテルやアイスクリームのおかげかしら?」
とモニカがふざけて言えば、ラナ女官長は困惑した様に笑っていた。
「ないとは言えないけど、一番は"リナがリナだから"だと思うわよ」
ラナ女官長は、なんとなく分かるのか肩を竦めて見せた。
「え? リナがリナだから?」
モニカにはサッパリ分からなかった。
「リナに何故【碧月宮】が与えられたか分かる?」
「エギエディルス殿下が召喚した贖罪でしょう?」
モニカも、莉奈がエギエディルス皇子によって、【召喚】されて来た事を知る数少ない人物である。
だから、彼の代わりに王達が優しくし、手厚く保護しているのだと思っていた。
今は、食事の改善などの功績として、住んでいるのかなと。
「それは勿論あるとは思うけど、ずっと住めるのはリナがリナのままだからだと思うわ。だって、考えてもみて? 普通、国賓級の【碧月宮】を与えられ、私達侍女なんかを付けられたらどうなると思う?」
「勘違いして、ふんぞりかえる?」
「そうよ」
ラナ女官長は大きく頷いた。
賓客、国賓級の宮を、ただの少女に与え、姫の様に至れり尽くせりにされたら、勘違いを起こしても仕方がない話だ。
なのに、莉奈は一切、偉そうに命令する事も指示する事もなかったのだ。それは、大きな事である。
「でも、リナは変わらずでしょう? だから、陛下達は何も言わないのよ。もしも、仮にリナが傲慢になり、私達を扱き使うようになったら……」
「シュゼル殿下に――」
容赦なく切られるだろうなと、ラナ女官長とモニカはゾクリと背筋が凍っていた。
フェリクス王は外見上、問答無用で斬ると思われがち。
だが、本当に怖いのはシュゼル皇子であると、2人は知っていた。
あの方は、いつも飄々とほのほのとしているが、人を見限るのはもの凄く早い。用ナシと決めた相手には、たとえ見知った相手でも、微塵の情もかけずに冷酷に処分出来る。
フェリクス王の影に隠れて騒がれていないが、前皇帝は病死ではなく、実はシュゼル皇子が暗殺したのではないかと、囁く人もいたぐらいであった。
「リナは良くも悪くも、誰にでも平等だし、何より面白いし。だから、陛下も殿下達も黙認して、宮を追い出さないんじゃないかしら?」
「態度が悪くても?」
「態度は多分、リナの寂しさをご理解していらっしゃるからだと思うわ」
「……」
寂しさと言われ、モニカはグッと押し黙った。
誰も知る人のいない異世界に呼ばれ、帰れない寂しさや悲しさは理解出来るからだ。
「リナの元気は、カラ元気な事が多いと思う。寂しさを紛らわせるために、元気で頑張っている気がするわ。だって、リナが泣いてしまったら、エギエディルス殿下が罪悪感に蝕まれ、心が壊れてしまう。だから、強がって見せてるのよ」
「……」
モニカも感じる事があったのか、無言で何かを考えている様だった。
「ひょっとして、リナ……陛下にもあぁなのは、寂しさより罪を恐れていないせいかも」
寂しさも勿論あるのだろうけれど、モニカはそれだけじゃないと感じたのだ。
「え?」
「だって、リナ。私達と初めて会った時、手をナイフで切っていたじゃない? アレって、本当はーー」
「命を絶とうとしていた?」
言われて思い出せば、確かに莉奈は手をナイフで切っていた。
現実と分からない状態だとしても、自らをナイフで傷付けるなんて考えられない行動だ。
だが、アレは死んでもイイと思ってやったのだとしたら?
そう考えると、すべての言動に説明が付く。
初めて会った時に見せたあの行動も、実は命を絶とうと、考えて傷付けたのでは?
シュゼル殿下に臆さないのは、処分されても構わないから?
フェリクス王に暴挙ともいえる言動が出来るのは、斬られてもいいから?
無鉄砲な言動は、死んでも構わないから?
ーーリナは、死を望んでいる?
ラナ女官長とモニカは、互いの顔を見て深いため息を吐いた。
考え過ぎであって欲しい。
だけど、そう考えると合致する事が多いのだ。
莉奈は、この世界で死に方ーー
ーーいや、生き方を探している。
それは、莉奈自身が気付いていないのだろう。
ただ、無意識のうちに言動に出ているのだ。
フェリクス王やシュゼル殿下は、それに気付いている。
だからこそ、自由にさせ見守り支えてあげているのだ。
莉奈の心が、突然折れない様に、壊れない様に……。
莉奈が、この世界で生きる希望を見つけられる様にーー。




