374 2人の距離感
「着けたな」
と言うが早いか、フェリクス王は莉奈を右腕に軽々抱えると、王竜の背にヒラリと飛び乗った。
叫ぶ間もないとは、この事である。
「突っ立ってないで早く座れ」
呆気に取られていれば、今度は鞍に座れと促された。
心の準備とか竜に乗る手順とか、何もないんですかね?
莉奈はそう思いつつも、ワクワクしながら鞍に座った。
なんか、初めて乗ったジェットコースターの時より興奮する。
「命綱のカラビナはココに付けるんだ」
突然、耳元から聞こえて来たフェリクス王の低い声に、莉奈は心臓が跳ね上がり硬直した。
何も考えずに座ったが、王竜に付いている鞍は1人用ではなく、前後に"2人"座れる仕様になっていた気がする。
ーーという事は、フェリクス王は真後ろに座っているのだ。
それも、温もりを感じる距離にである。
ーーひぎゃあぁぁァァ〜〜ッ!!
あまりの恥ずかしさに、心が奇妙な悲鳴を上げていた。
莉奈は、急にフェリクス王の存在を間近に感じ、ドキドキして動けなくなってしまった。
息の仕方も良く分からない程にである。
そんな莉奈の様子に、まったく気付いていないフェリクス王は、後ろから莉奈を抱き締める様にして、ベルトに付いている命綱の金具カラビナを、手際よく手摺りに装着した。
フェリクス王がカラビナの付け方や、前方に付いているコの字の手摺りについて、色々と説明をしてくれていたのだが、悶えている莉奈の頭には何一つとして入ってこなかった。
「聞いてるのかよ?」
硬直したまま、何故か動かなくなった莉奈に、フェリクス王は怪訝な表情をしていた。
説明をしているのに、ウンともスンとも言わないのだ。
「は、話し掛けないで下さい」
「あ゛?」
「み、みみ、耳元で話し掛けないでーーっ!!」
莉奈は顔を真っ赤にさせると、両手で顔を覆い腰を曲げて小さく丸まった。
フェリクス王は、意図的に耳元で話しているつもりはないのだろうが、後ろに座った彼の腕の中にスッポリ収まる様な形になっているのだ。
だから、フェリクス王が話すたびに、莉奈の耳元に息が掛かる気がして心臓がドクドクと早鐘を打ち、頭が沸騰しそうになる。
「……クッ」
フェリクス王は目の前で小さく丸まった莉奈を見て、くつくつと笑っていた。
そういえば、コイツは妙な所で純粋だったのだ。
いつもは王の自分にさえ食ってかかるのに、この距離感が気になるのか、耳まで真っ赤にしている。
そのギャップが面白く、顔を赤くさせている原因が自分だと思うと、どこか気分が良い。
こんな姿を滅多に見られないと、フェリクス王はさらに何かしてやろうか? と悪戯心を擽られたが、莉奈の頭をクシャクシャ撫でくり回して抑えた。
やり過ぎて避けられたのでは、面白くない。
揶揄うのは、またの機会に取っておくかと考えたのだ。
フェリクス王は丸まっている莉奈を見ながら、再び頭をクシャクシャと撫で回し、手綱を握ると王竜を踵でトンと叩いた。
それが"飛べ"という合図である。
王竜がそれに応えて、地を蹴った。
「わっ!」
いきなり、逆バンジーの様な浮遊感に、莉奈は思わず声を上げた。
そして、顔をゆっくり上げて見れば、辺りは一気に視界が広がっていたのだ。
前にも横にも、何も遮るモノはない。恐る恐る下を見れば、蟻の様なラナ女官長とモニカが見えた。
「飛んでる」
とりあえず、2人には手を振りつつ、莉奈の口から当たり前の感想が漏れていた。
「そうだろうよ。飛んだんだからな」
そんな莉奈の声に応える様に、近くから笑い声が聞こえた。
シュゼル皇子と、真珠姫に乗っているエギエディルス皇子である。
自分の竜にまだ乗れないエギエディルス皇子は、真珠姫に乗せて貰った様である。
「怖くはありませんか?」
初めての飛行に、シュゼル皇子が心配してくれた。
「全然っ!! 面白いです」
ワクワクが止まらないくらいに、面白いし楽しい。
こんなに楽しいのなら、もっと早くに碧空の君に乗せて貰えば良かった。
「だとよ?」
フェリクス王が王竜に話し掛ける様に、再び右足でトンと蹴れば、前方に進んで飛んでいた王竜が右に大きく旋回した。
身体が斜めになりながらも、グンと勢いよく右に曲がり、莉奈の身体にはジェットコースターの様な圧がかかった。
「最高ーーっ!!」
莉奈は両手を離し、空高く伸ばすと気持ち良さそうに声を上げた。
遊園地のアトラクションよりも、遥かに身体がふわふわ、ゾクゾクする。面白くて気持ちが良かった。
「相も変わらず、肝が据わっておる」
王竜が愉快そうな声を上げた。
ワザと強めに旋回したにも関わらず、莉奈は叫び声ではなく、歓喜の声を上げたからだ。
「ならば、コレはどうだ?」
王竜が面白そうに言うと、両方の翼を脇に畳んだ。
「おい」
フェリクス王が呆れた声を出すが否や、竜は莉奈達を巻き込んで真下に急降下したのである。
それもそうだ。飛ぶための翼を畳めば、浮力を失う。
まさに、スカイダイブである。
「身体が浮く〜っ!!」
フワリと腰が浮きそうになれば、フェリクス王が莉奈のお腹に腕を回して、浮かない様に支えてくれた。
フェリクス王は右手では手綱を持ち、左腕では莉奈を抱えて平然としているのだから、色んな意味で凄かった。
莉奈は落下の浮遊感より、フェリクス王が腰に回す腕と、その至近距離にお腹や胸がこそばゆくなっていた。
違う意味で、莉奈の心臓は保ちそうになかったのだった。




