360 しばらくご迷惑をお掛け致します
ーードーン。
ーーベタベタ。
ーードスンドスン。
【現在、竜の広場では、竜による竜のための現状復旧工事が急ピッチで行われております。
騒音や振動があるとは思いますが、何卒ご了承願いますようお願い致します。
また、それにより大変ご迷惑をお掛けします事を、ここに深くお詫び申し上げます。
byリナ】
◇◇◇
「身体が浮くよね?」
穴を埋めるにしても、地固めしないと土がふわふわのままだから、竜がペタペタやっているのだけど。
人ではないから、振動が半端ないのだ。足でドスンとやるたびに、莉奈やエギエディルス皇子の身体が数センチ浮く。
「お前、マジで暢気だな」
何が始まったのだと、白竜宮から続々と人が出て来ているのに、元凶に近い莉奈は、のんびりまったりして現状を楽しんでいる。
エギエディルス皇子も、竜がやっている事を面白いか面白くないかと言われたら、面白い。だが、それどころではないと思うのだ。
しかし、そんな事は関係ないと楽しむ莉奈に、ため息しか出なかったのであった。
「どういう状況だ」
呑気に構えていたら、莉奈の横にふわりと誰かが現れた。
歩み寄って来たのではない。文字通り"現れた" のだ。
そう、とうとう来てしまったのである。あの御方が。
「復旧工事ですよ。陛下」
皆が戦々恐々としている中、莉奈はシレッと答えた。
「あ゛ぁ?」
フェリクス王の眉根が、これでもかってくらいに寄った。
そのイヤな空気に周りの者達からは息を飲む声がし、ゆっくりと逃走する準備が行われた。何があってもイイ様にだろう。
「掘削作業が終わったので、只今更地に戻す作業となっております」
「そんな事が訊きてぇんじゃねぇんだよ」
「んぎゃあ〜〜っ!! いたい痛いイタイ!!」
適当な説明をしたら案の定、フェリクス王に頭を鷲掴みにされてしまった。
何の説明にもなっていないから、仕方がない。
「竜が温泉だぁ?」
莉奈がフェリクス王に事情を説明したら、今度は呆れ返っていた。
フェリクス王も怒ったり、呆れたりと百面相でお忙しいですね?
フェリクス王は執務室で仕事をしていたところ、奇妙な揺れを感じたのだ。
地震かと一瞬思ったのだが、それにしては揺れがオカシイ。執事長イベールに問うと、白竜宮で竜が何かやっているとの事。
莉奈がこの国に来てから、王城に活気があるのはイイが、想定外の出来事が多過ぎると微苦笑していたのだ。
で、好奇心から足を運んで来たのである。
そしたら、竜が温泉を見つけるために、掘ったり埋めたりしていた。これが呆れない訳がなかった。
「あ、タコのからあげ食べます?」
こんな状況だが、まずは落ち着いて下さいと、莉奈は魔法鞄からタコのからあげを出した。
ーーバシン。
どういう状況でタコのからあげなんて出すんだと、フェリクス王は思わず手が出てしまった。
こいつはコイツで、物怖じしなさ過ぎるとフェリクス王はため息が漏れるのであった。
真珠姫と碧空の君は、フェリクス王が来てしまったので、仲良くブルブルと怯えていた。
逃げようと思ってたのだが、タイミングを逃した様である。
「まぁ、兄上もお風呂で月見酒を楽しんでいるでしょう? それと同じですよ」
フェリクス王が呆れ果て言葉を失っていたら、背後からほのほのとした声が聞こえて来た。
シュゼル皇子も、同様に気になり様子を見に来た様である。
「一緒にするんじゃねぇよ」
フェリクス王は不機嫌そうな声を出した。
莉奈のおかげで、どの宮にも浴槽があるのだ。
今まで肉まん風呂〈ハマム〉しかなかったので、湯に浸かる浴槽は大好評らしい。莉奈の世界と同様に、朝風呂に入る人もいるという。
フェリクス王は自分で造った浴槽に浸かって、一杯やるのが今のマイブームだとか。
「お風呂でお酒なんて自殺行為ですよ。早急におヤメ下さい」
莉奈は呆れながら、注意をした。
確かに気分は良いんだよね。心も身体も温まるから。
でも、入浴前後の酒なんて危険極まりない行為である。しかも、国王様なのだ。早急にヤメて頂きたい。
「あ゛ぁ?」
怖いので睨むのはもっとヤメて下さい。
「入浴前後の飲酒は血圧が上がり易いので、心臓や血管に負荷が掛かるんですよ」
フェリクス王なら大丈夫な気がするが、一応注意をしておく莉奈。
注意されたフェリクス王は、余計なお世話だと怒るかと思っていたが、何故か口端を上げていた。
「ほぉ? 心配してくれるのかよ?」
ニヨニヨと笑うフェリクス王。
憎まれ口しか叩かない莉奈が、自分の身体を気遣う素振りを見せたので、もしかしたら嬉しかったのかもしれない。
ーーボッ。
そんな返事など、予測していなかった莉奈は、フェリクス王のその言葉と表情に頬が火照ってしまった。
「あっ、逃げた」
莉奈が堪らず目を逸らすと、ちょうど竜2頭が地を蹴る瞬間だった。
フェリクス王の気が莉奈に逸れたのを、好機だと思った真珠姫と碧空の君は、コソコソと空へ駆け上がって行ったのだった。
「逃げられましたね」
ほのほの微笑むシュゼル皇子。
「逃してやったんだろ?」
とエギエディルス皇子。
フェリクス王とシュゼル皇子がいて、すんなり逃げられる訳がないのだ。
穴もほとんど埋まっていたし、不問としてくれたのだろう。
「あやつらは、また何かしたのか?」
入れ替わる様に、王竜がふわりと降りて来た。
どうやらココへ来る途中に、血相を変えて逃げるあの2頭とすれ違った様だ。
「温泉だとよ」
フェリクス王が、凸凹に埋まった穴を見ながら言った。
未だに、竜が温泉を掘っていた事に呆れているみたいである。
「温泉?」
「鱗の艶にイイんじゃないかな? って言ったら探し始めたんですよ」
眉根を寄せた王竜に、莉奈が簡単に事情を説明した。
「艶? 鱗の艶は知らんが、確かに疲労回復には良い。我も良く浸かっておる」
「え?」
「身体が温まり、1日の疲れが良く取れる」
「えぇェェーーーーッ!?」
王竜がそんな事をサラッと言うものだから、莉奈は思わず叫んでしまった。
竜が温泉を掘る事に驚いていたのに、すでに入っている竜がいたのだ。その事実に素直に驚いていた。
「お前……風呂に入ってんのかよ」
フェリクス王も初めて聞いた情報に、目を見張っていた。
そんな話を聞いた事がない。
「我でも風呂くらい入るわ」
馬鹿にするなと、鼻を鳴らした王竜。
聞かぬから言わなかっただけだと、さらに鼻を鳴らした。
エギエディルス皇子は、余りの衝撃に口を半開きにしたまま、固まっていた。
「え? え? 翼が濡れてイヤなんじゃ」
碧ちゃん達がそんな事を言っていたのに。
「好きではないが、そのくらい魔法でどうにでもなる」
「あ、ソウデスカ」
莉奈、唖然である。
魔物が蔓延るこの世界で、魔力の消費は命に直結する危険性もある。
だから、そんなくだらない事に魔力を使うのはもったいないと言うのかと思っていた。
「温泉はいいぞ」
王竜が気分良くそう言うものだから、莉奈達はもう何も返す言葉はなかったのであった。




