355 まさに、タコ殴り
「竜が美容って」
「竜を馬鹿にする訳じゃないけど、美容液なんかいる?」
「え? それを言うなら風呂だって良く分かんねぇよ」
厨房では、奇妙な表情をした皆が、ザワついていた。
竜が美容だの美容液だのと、騒いでいればそんな顔にもなるよね?
「んじゃそれ、碧ちゃん達に言って」
「いや、ムリ無理」
莉奈が笑って返せば、竜にモノを言うなんて、無理だと皆は手や顔を横に振っていた。
ガッと掴まれたらどうするんだと、怯えている。
莉奈がこの間、目の前で拐われて以来、皆は竜のご機嫌をますます読む様になってしまったのだ。
「ほらほら、手を休めない」
「「はーい」」
リック料理長に注意され、皆はピザ作りに専念する。
「さて、ピザ作りは皆に任せて、私はタコ料理でも作るかな」
莉奈も、頭を切り替える事にした。
自分で言っておいてナンだけど、温泉に浸かる竜は壮大とか言う以前に、かなりシュールだよね?
そして、碧空の君に乗る事は、しばらくは諦めよう。
だってあの子、いつも部屋にはいないし、いたらいたで何か作らされるし。今は温泉探しに行っちゃったし、期待するからガッカリする訳だから、期待しなければイイ。
「塩茹でか?」
莉奈が樽からタコを1匹取り出したので、若い料理人が声を掛けた。
ピザだけではないのかと、ワクワクしている。
「ん? タコ食べた事あるの?」
「あぁ、都会じゃ "デビルフィッシュ" とか言われて食わないみたいだけど、俺の育った村とかは普通に食うよ」
塩茹でか、なんて咄嗟に出たものだから、食べた事があるのか聞いてみると、漁師の村では食べる地方も極稀にあるそうだ。
エギエディルス皇子は、都会人とかいう以前に王族だから、余計に縁がなかったのかもしれない。
「タコは何して食べてるの?」
「塩茹でか、タコ焼き」
「タコ焼き!? タコ焼きあるの!?」
莉奈は目を丸くさせた。
タコ自体を食べる習慣がなさそうなのに、まさかの "タコ焼き" に莉奈は驚きを隠せない。
「バカにするなよ。タコ焼きぐらいあるさ」
「マジで? 出汁は何を使ってるの?」
「え、出汁?」
「私の国では、昆布とか鰹節とかから取ってるけど」
「か……かつおぶし??」
「やっぱり形は丸いの? 器具とかは?」
「器具??」
莉奈は、タコ焼きの存在を知り、嬉しくて半ば詰め寄る様に聞いたのだが、料理人は首を捻りに捻りまくっていた。
「どんな "タコ焼き" なの?」
まさか、この世界にタコ焼き器があるとは思えない。
だから、お玉とかで丸く焼いているのだろうか?
莉奈はワクワクしていたのだがーー。
「どんなって……ただ、タコを焼いただけだよ」
「ただ焼いただけ?」
「そうだよ」
莉奈の嬉々とした表情に、料理人は気まずそうに言った。
王都では割と手に入る油も、村では油も高価な物らしく、簡単にタコも魚も塩茹でか塩焼きが一般的なのだとか。
「焼いただけ……なんだ"イカ焼き" かよ」
串に刺して焼いてないみたいだけど、ただ焼いただけなら、要はそういう事だ。
「なんだよ、イカ焼きって」
「ただ焼いただけのイカ」
莉奈は期待してしまった分、ガッカリしていた。
小麦粉生地で作った丸いタコ焼きを想像したのだが、屋台で良くあるイカ焼きのタコバージョンだった。
「ちなみに、リナの言ってた "タコ焼き" ってなんだよ?」
逆に知りたいと、料理人が眉を寄せながら聞いてきた。
出汁とか鰹節とか、何なんだと。
「丸いやつ」
「なんだよ、丸いやつって」
適当過ぎる説明に、皆はさらに眉を寄せていた。
「小麦粉を出汁で溶いて、塩茹でしたタコを入れて丸くして焼いたモノ」
「??」
莉奈の事だから、姿煮のタコを丸々入れているのだろうと、皆は勝手に想像していたのだが、豪快過ぎてグロいモノだった。
なら違うかと考えたものの、皆はさっぱり分からず、全員首を傾げるのだった。
「大丈夫。材料も道具もないし、作れないから」
莉奈は、好き勝手に想像されている事を知らず、腰に手をあて自信満々に笑った。
だって、材料は代用品があるけど、タコ焼きはタコ焼き器で丸く焼くからタコ焼きだ。
丸くないのは、もはや海鮮お好み焼きじゃないのかな?
「それのドコが大丈夫なんだよ」
リック料理長は呆れ笑いするのだった。
◇◇◇
「とりあえず、タコを下茹……え? 下処理しないの?」
「え?」
「え?」
タコを塩茹でしとくと言ってくれた料理人は、塩で軽くタコのヌメリを取った後、塩を入れたお湯にドボンと入れようとしていた。
だから、それだけなのかと、莉奈は思わず言ってしまった。
「塩で軽く揉んだ……けど、違うのか?」
莉奈はやり方が違うのかと、料理人は鍋にタコを入れる手を止めた。
「塩揉みだけだと、タコ硬くない?」
ヌメリを取るには塩だけど、塩だけだと塩自体にタコを硬くする性質があるから、もう一手順が必要だと聞いた事があったのだ。
「硬いけど、そういうもんだろ?」
違うのか? と目を丸くさせていた。
村では皆、塩で揉んで、塩茹でするやり方でやっていた。だから、そういうモノだとずっと思っていたのだ。
「タコは塩でよく揉んでヌメリや汚れを取った後、コレで叩くと柔らかくなるんだよ?」
莉奈は、食料庫から持って来た "大根" を手にした。
「え?」
「「「大根??」」」
皆は、冗談だと思い、信じていなかった。
莉奈は、たまに適当な事も言うし、突拍子もない冗談を言うからだ。
「塩でヌメリを取った後、こうやって大根でバンバン叩く」
莉奈は、マナ板にのせたタコの足を、皮を剥いた大根で叩き始めた。
誰が考えたか知らないけど、なんでこんな事を始めたんだろ。
タコのヌメリ取りだって、日本のとある漁師町では、洗濯機にタコと塩を一緒に入れて、取るって話を聞いた事がある。
タコ専用の洗濯機があるって面白いよね。
「えぇ!? マジで何をやってんの?」
「だから、タコを柔らかくしてるんだよ?」
家でやるには少し近所迷惑だけど、ここは誰も文句を言わない。だから、ちょっとしたストレス解消になる。
渾身の力を使う必要はないけど、大根でバシバシ叩くのは面白い。
「タコ殴りにするぞ!」って言葉を聞いた事があるけど、その語源って案外、こういう所からきているのかもしれないと、莉奈はタコを叩きながら思った。
ーーバンバンバンバンバン。
莉奈は、楽しそうにタコを殴……叩いていた。
ーーバンバンバンバンバン。
「「「……」」」
「なんで、そう不審そうな目で見るかな?」
全く信じていない料理人達は、莉奈のやる事を不審そうな目で見ていたのだ。
遊んでいる様にしか見えないらしい。
「だって、柔らかくするにしても、わざわざ大根で叩く必要ある?」
「大根をチョイスする辺り、胡散臭い」
「叩くにしても、なんで大根なんだよ。棒でいいじゃん」
「……」
眉根にシワを寄せて、遠巻きに見る料理人達。
その表情に、莉奈はタコを叩く手を止めてしまった。
「だって、"大根" だからさぁ」
信じられないんだよと、料理人達は苦笑いしていた。
絶対、莉奈が自分達を揶揄っているのだと。
「大根のなんとかって成分が、タコを柔らかくするんだよ。まぁ、叩かなくても、擦り下ろしたモノで揉むとか、大根と一緒に煮てもイイんだけど」
とにかく、大根の成分とタコが合わされば良いのだろう。
家は、茹でタコしか買わないから、大根で叩く機会はなかったけど。叩いてみたかったから叩いてみた。
「じゃあ、なんで叩いたんだよ?」
「日頃の恨み」
「誰にだよ!?」
莉奈はサラッと恐ろしい事を言いながら、再びタコを叩き始めた。
誰に何の恨みがあるのか、料理人達は苦笑いしか出なかった。
恨みはともかく、莉奈が大根で叩いた単純明快な理由は、この2つだろう。
1、大根を擦り下ろすのも、切るのも面倒だから。
2、ただ、単に面白そうだから。
莉奈の性格が分かってきたリック料理長と、マテウス副料理長は、多分そうではないかと仮説を立てて笑っていた。
誤字脱字の報告ありがとうございます。
(๑╹ω╹๑ )




