348 夫婦だね
「ずいぶんと楽しそうね? あなた?」
ラナ女官長が現れるまでは……だったけど。
朝食後、一度は仕事に戻ったラナ女官長は、知らぬ間に厨房に来ていた様だった。
目が笑わない笑顔って、こういう事を言うんだなと、莉奈は感心していた。
「え゛?」
ヒュッと嫌な息を飲み込んだリック料理長。
女性に囲まれてデレッとしていた姿を奥さんに見られて、可哀想なくらいに顔が青白い。
生きる屍とはコレ如何に。
「あ、い、いや!? こ、ここれには深い訳がっ!!」
慌てて女性から離れて、なんでもないとアピールするリック料理長。
「へぇ?」
と微笑むラナ女官長。
どんな訳があると、女性に囲まれてデレッとするのだと、目が追及している。
莉奈は苦笑いしながらラナ女官長を見ていたら、その数m後ろで侍女のサリーがグフグフッと笑っているのを見つけてしまった。
黒狼宮の食堂に置いて来たのだけど、いつの間にかに戻っていたらしい。
あの人、自分が面白ければ人の不幸を楽しむタイプだな。
莉奈は、サリーを見て呆れていた。
「リ、リリリ」
「アハハ、夏の虫みたい」
莉奈って言いたいのだろうけど、恐怖に震えて言葉が出ないらしい。
自分を盾にして、助けを求めているリック料理長が、莉奈は面白くて笑ってしまった。
「リ、リナ〜ッ!!」
大きな身体を、莉奈の影で一生懸命に隠れているリック料理長が、妙に可愛らしい。
「ラナ。リックさんが囲まれていたのは、コレのせいだよ」
仕方がないので、助け舟を出してあげる事にした。
2人にはお世話なりっぱなしだし、こんな事で険悪になって欲しくないからね。
「何ソレ?」
莉奈が手に持つ、薄っすら乳白色の液体が入っているビーカーを、ものスゴく疑わしい目で見るラナ女官長。
「いいから手を出してよ」
と莉奈が言えば、ビクリと身体を動かし半歩下がった。
「て、手?」
「うん、手」
「ま、ま、まさか、手が、手が溶けたりしないでしょうね!?」
「……」
うん。失礼極まりない。
紛れもなく夫婦だよ。あなた達。
◇◇◇
「な、な、な、何コレーーッ!?」
言われた通りにオールインワンジェルを、手や顔に塗ったラナ女官長は震える声で叫んでいた。
年を重ねる毎にパサパサになっていた肌が、塗った一瞬でまるで赤子の様にツルッモチプルルンとなったのだ。
ラナ女官長は嬉しくて嬉しくて、顔をペタペタ触りながらクルクルと回る様に踊っていた。
それはもう、少女の様にーー。
「コレが、奇跡の美容液!!」
少しだけ冷静になったラナ女官長は、今度は惚けながら感激の涙を流していた。
大袈裟過ぎるラナ女官長には、旦那さんのリック料理長以外の男性陣は引いていたけど。
「スゴイね。オールインポイズン」
「オールインワンジェルだよ」
全種の毒性入りなんて、狂気の沙汰だよ。
サリーの間違った名称には、苦笑いしか出ない。
「リナ!!」
懇願する様なキラキラした瞳を向けたラナ女官長。
うん、欲しいんだよね?
だって、ラナ女官長以外の女性達も、熱苦しい視線を向けているから。
「皆、欲しいのは分かっているんだけどーー」
「「「だけど、だけど!?」」」
「材料が足りないからーー」
「「「ないから、ないから?」」」
「魔法省、軍部の人達と相談して用意したら?」
皆が欲しいのなら、皆で相談して各々で用意すればイイと思う。
例えば、魔法省は伝手があるだろうからポーション。
軍部は、ローヤルゼリー。
それ以外の人達は、入れる瓶の用意と詰め替え作業。
「「「分かった、交渉してみる!!」」」
莉奈が言うが早いか、ラナ女官長やサリー、聞いていた非番の女性達が一斉に消えた。
廊下を走らない様にしている辺り、莉奈とは全然違うけど、競歩の選手顔負けな早い動きで、厨房や食堂からいなくなったのだった。
「しっかし、モチモチだな」
「料理長の手が、なんかどこぞの令嬢みたいだし」
「ゴッツイ令嬢だけどな」
女性が捌けると、今度は男性陣がリック料理長を囲み、手をムニュムニュと触わり始めていた。
手がゴッツくなければ、どこぞのお嬢様の手の様にスベスベだと笑っていた。
「仕事が終わったら、皆で塗って帰りなよ」
莉奈は余ったオールインワンジェルを、ビーカーごと流し台の上の棚に置いた。
自分のはいくらでも作れるし、水仕事で荒れている皆が使った方が有益だなと。
「「「やったぁーーっ!!」」」
手荒れにも効くと知った男性陣も、これにはものスゴい喜ぶのであった。




