327 ナンだよ
「エールか?」
莉奈が出したシュワシュワとした飲み物を見た師匠バーツが、口元を綻ばせた。
莉奈が出したのは、ビア・スピリッツァーだ。残りは他の料理と出すつもり。
「さて、何でしょう? 酒の肴にからあげをご用意したので、それを摘んでお待ち下さい」
ピザの代わりに作るモノも、ピザ程ではないが時間が掛かる。
何もなしでただ待たせるのもと、先に用意したのだ。
エギエディルス皇子とシュゼル皇子には、リンゴジュースを出したけど。
「ん!? なんだこりゃあ、初めて飲むエールだな。ん゛!! からあげが旨いっ!! ベチャベチャしてねぇし、全然油っこくねぇぞ。ウチの弟子が作るモノなんかクソだ。リナ、ウチに来い!!」
厨房に戻る莉奈の背に、驚いているバーツの声が聞こえた。
出したからあげの旨さにも、カクテルの旨さにも目を丸くして興奮している。
エギエディルス皇子と競う様に、からあげを口に放り込んでいた。
「エール? エールなのかしら?」
美味しいけどエール? とアーシェスは首を傾げつつ、チビチビと飲んでいる。
テイスティングでもしながら、ソレが何なのか確かめているのだろう。
「リ〜ナ?」
「後でお渡し致しますよ」
シュゼル皇子はそれが、ただのエールではなくカクテルだと気付いた様だ。
お酒を見て自分には? と訊いてると感じた莉奈は、後で渡すと返事をした。
その返事に満足そうに頷いたのだから、やはり強請っていたのだと思う。
◇◇◇
「薄力粉?」
厨房に戻った莉奈がいそいそと作り始めれば、リック料理長が同じ様に薄力粉を出しながら訊いてきた。
「薄力粉だよ」
今から作るのはパンではないからね。
「エショデを作るのか?」
莉奈が次々と用意する物を見て、マテウス副料理長が眉を寄せた。
薄力粉や塩を見る限り、エショデかフワスの様な気がしたのだ。
「作らないよ」
だって、アーシェスさんはエショデもフワスも嫌いだし。
莉奈は説明をしながら、ボウルに薄力粉や牛乳、オリーブオイル、塩を入れて混ぜ始めた。
「薄力粉に牛乳?」
「代わりにヨーグルトでもイイ」
「ふぅん? で、それなんだ?」
「なんだよ」
「へ?」
何かと訊いたのに、莉奈がなんだと返してきたので、皆は目をパチクリさせていた。質問の返答ではなかったからだ。
「だから、なんだよ」
「「「……??」」」
改めて言ったのだが、皆は眉を寄せるだけで分かっていない。
「な・ん・だ・よ」
「何て言われても……なんだろう?」
「エショデじゃないんでしょう? 知らないよ?」
どうやら話が通じていない。
どうして通じないと莉奈は眉を寄せた。
「だから、ナンだよ!」
と莉奈が言えば
「「「何だよって何だよ!!」」」
と皆から返って来る。
一向に話が通じていない。
「ったく、頭の悪い会話してんなよ。それ"ナン" って名前の食べ物なんだろ?」
どれだけ説明下手で、どれだけ理解力がないんだと、呆れた声が聞こえた。
皆の脇から、エギエディルス皇子がヒョイっと顔を出していた。
もう話はイイのか飽きたのか、エギエディルス皇子が厨房に来た様だ。
「そうなんだよ。ナンなんだよ」
莉奈はやり取りに疲れたので、ため息が漏れた。
説明をしても平行線だと、どうしてイイのか分からないよね。
「 "ナン" 」
「そう。ナン」
莉奈はナンを作ろうとしていたのである。
「ややこしいなぁ」
料理人の1人が苦笑いをするものだから、莉奈は適当に名前を付けてみた。
「なら、コレは今日から "スポポビック" って名前にしよう」
「「「なんでだよ!?」」」
もれなく全員から、ツッコミを入れられた。
◇◇◇
「パンじゃないけど、パンみたいに捏ねるんだな」
「そうだね。でも、酵母が入ってないからあんまり膨らまないよ」
「丸くもしないんだね?」
「丸くして焼いたら、クルトンにしてるパンみたいに固いんじゃないかな?」
リック料理長と並んで生地を捏ねながら、莉奈は作り方の説明をしていた。
酵母は入っていないけど、この世界のパンみたいに固くはならない。
莉奈がこの世界に来た当初に、食べていた例の石の様な固いパンは、元から固い上に皆に配膳する時は、バットに大量に載せてテーブルに、ずっと出したままだったとか。だから、余計に固くなっていた様だ。
「リナ。コレ、いつまで伸ばしたり叩いたりすればイイんだ?」
隣で、一緒に作っていたエギエディルス皇子が訊いてきた。
普段料理なんかしないから、遊びの延長みたいで楽しいらしい。
「2、30回くらい。うん、エドのもイイ感じだよ」
生地のベタベタ感がなくなってから、後は何十回か適当に叩いたりすればイイのだ。
「で、30分くらいボウルに置いて、発酵と言うか寝かせる」
「出たよ。発酵」
「ピザ生地はもっと寝かせるよ」
「マジかよ」
莉奈がそう言った途端に、眉を顰めたエギエディルス皇子に笑ってしまった。
パン生地を捏ねた時は発酵させたから、またかと思った様だ。
「コレはオーブンで発酵させないのか?」
以前作ったパン生地の発酵の時は、温めたオーブンに入れたりしていたので、マテウス副料理長が挙手して訊いた。
「う〜んと、発酵と言うか生地を寝かせるのは、馴染ませる? 落ち着かせる? ためにしばらく置いておくだけ」
「なるほど」
その説明で料理人達は理解出来た様だった。
コレは発酵させて膨らませるための、寝かせるではないのだ。捏ねた粉を馴染ませるためである。
「リリアンはいくら寝かせても落ち着かないけどな」
「どういう事〜!?」
それを聞いた料理人が笑いながら、リリアンを揶揄っていた。
確かに、警備兵のアンナと料理人のリリアンは、何年寝かせても落ち着かないに違いない。




