326 ブルドッグって犬じゃないよ?
莉奈が黙っていると、マイペースなシュゼル皇子は優雅に翻した。
「では、あちらでお待ちしておりますね?」
「イヤいやイヤ。だから、ピザは無理ですってば」
シュゼル皇子は莉奈がすでに作る前提として、食堂で待つつもりだ。莉奈は焦りまくって、シュゼル皇子の袖を再び引っ張った。
待たれても困る!!
「だから、ピザってなんだ?」
エドくん、やけに食いつくね? そんなに気になるの?
エギエディルス皇子は興味津々で莉奈を見ている。
前にシュゼル皇子。後ろにエギエディルス皇子。2人の皇子に挟まれ、周りの好奇な目。莉奈はどこにも逃げられなかった。
「ピザっていうのは、小麦粉を練って作った生地に色んな具材をのせて焼いた物? かな」
と莉奈が諦めて説明をしたら、皆の頭の上にハテナが付いた。
「パンか?」
「違うよ」
エギエディルス皇子が小麦粉と聞いて、パンと似ているのかと訊いてきた。
だが、パンとは違う。では、何かと言われても困る。
エギエディルス皇子が「なら、何だ?」とジッと見つめるので、莉奈の心が負けた。
「う〜ん、分かった。ピザはすぐには作れないから、似たのを作ってみるよ。食べてみる?」
「うん!!」
「はい!!」
エギエディルス皇子に訊いたつもりなんだけど、シュゼル皇子からも良い返事が返ってきた。
なんだろう、コレ。仔犬と中型犬みたいで超可愛い。
2人が犬だったら、エギエディルス皇子は豆柴犬。シュゼル皇子はアフガン・ハウンドかな?
フェリクス王はなんだろう?
◇◇◇
結局、莉奈はピザではなく、似たような物を作る事にした。
でもコレもピザよりは早く出来るけど、小一時間は掛かる。だから、部屋で待っていて貰っても構わないのだけど、部屋に戻る気はないらしい。
では、何をしているのかと言うと、2人の皇子はアーシェスと師匠バーツと何やら話しをしていた。
腰を据えている辺りからして、そこで待つ様だ。
並の神経なら待たれているだけで緊張して慌てそうなモノだが、そこは莉奈である。呆れているだけで、マイペースに作業に取り掛かるのであった。
「で、何のカクテルを作るんだ?」
マテウス副料理長がニコニコしながらやって来た。
マテウス副料理長達も色々と試してはいるが、やっぱり莉奈が教えてくれるレシピの方が間違いないし、どんな名称か分かって楽しいのだ。
試しに混ぜて不味かった日には、お酒が勿体ないしでついつい知っているレシピにしてしまう。
「マティーニ辺りでいいんじゃない?」
莉奈は考えるのが面倒だから適当に言ってみた。
記憶に残るレシピを、頭から探すのがものスゴく大変なのだ。
「陛下にもお出しするんだろう?」
「新しいのがイイんじゃないかな?」
「陛下も喜ばれるよ?」
だから、新作が良いだろうと皆の視線が突き刺さる。
半分は陛下のためだろうが、もう半分は自分達が新作を飲みたいという欲望に違いない。
「出さないと言う選択肢は?」
「「「ある訳がない」」」
デスヨネー。
「何にしようかなぁ」
莉奈はズラリと並んだ酒瓶を見る。
ピザではないが、作る予定のモノの事を考えるとエール〈ビール〉が合うと思う。
だから、エールを使ったカクテルにしよう。
「エールを使うのか?」
エールの瓶を手にしたら、ワクワクした様な声が聞こえた。
「うん。今から作る料理がエールに合うから」
もちろんエギエディルス皇子には、いつも通りにミックスドリンクを用意するけどね。
「分量は簡単だから、飲みたければーー」
「「「分かった!!」」」
莉奈が言い終わる前に、皆はグラスを用意していた。
飲む気満々ですな。
「白ワインを使うのか?」
と言いながら、リック料理長も白ワインを手に取った。
右にならえとばかりに、手の空いている料理人達も同様に白ワインを手に取る。
「使うよ。まずは、この白ワインをエールと同量で割ると……」
「「「割ると?」」」
「 "ビア・スプリッツァー" ってカクテルの出来上がり」
いつもなら、ミキシング・グラスを使うところだけどコレは炭酸が入ったエールを使うから、細長いタンブラーに注いで柄の長いバー・スプーンで直接混ぜた。
バー・スプーンはパフェとかでもよく使うスプーンに似ている。大きな耳掻きみたいな細長いスプーン。
ゆっくり混ぜれば白ワインもビールも似た様な色だから、キレイな琥珀色のカクテルに仕上がった。
お母さん曰く、白ワインのフルーティーな香りが付くから、ビールより飲みやすいらしい。だから、コレはシュゼル皇子向けに違いない。
「ビア・スプリッツァーか」
皆はウットリしたり、生唾を飲みながら作っている。
厨房にいると喉が渇くからね。飲みたい気持ちも良く分かる。
「あっ! コレ、赤ワインと割ったら何て言うの?」
白ワインがあるから、赤ワインもあると料理人がワクワクしながら訊いてきた。
確かに白があれば赤も当然あると思うよね?
「しらん」
「え?」
「しらん」
莉奈なら知っていると思ったのに、知らないと返ってきたので皆は目を丸くしていた。
この感じなら、絶対に知っていると思ったのだ。
「え? 本気で知らないの?」
「知らないよ。試してみれば?」
簡単なのだから、自分で試せばイイと莉奈は言った。
だって、莉奈はそんなカクテルを本当に知らないのだ。だが、皆は半信半疑の様である。
しかし、知らないと言った莉奈が、赤ワインを持って作り始めれば、名前は知らなくても、きっと美味しいに違いないと疑心を吹き飛ばした。
「ヨシ! モノは試しだ、作ってみよう!!」
「「「おーーーっ!!」」」
酒飲み達が楽しそうに拳を挙げた姿を見て、莉奈は思わずほくそ笑む。
「リナ。何か良からぬ事を考えているだろう?」
リック料理長が莉奈の表情に気付き、ポソリと言った。
莉奈はシレッとして作ってはいるけど、良く見たら口端が笑っているのだ。こういう時の莉奈は怪しいと、経験が語る。
難しい料理を知っている莉奈が、こんな簡単なカクテルを知らないなんてオカシイ。
しかし、莉奈はリック料理長をチラッと見て笑うだけ。
リック料理長は、絶対に何かあると踏んだ。
「なんの事やら。あ〜ちなみに、その白ワインを"ドライ・ジン" に変えると "ドッグズ・ノーズ" ってカクテルになるよ」
「「「ドッグズ・ノーズ」」」
他の料理人は全く気付いておらず、作る気満々なのでドライ・ジンも手に取っていた。
リック料理長は溜め息を吐いて、追及を諦めた。
毒になる訳ではないし、自分は飲まなければイイと判断したのだ。
「ドッグズ・ノーズはエールに好みの量のドライ・ジンで割るだけ。ビア・スプリッツァーがフルーティーに対して、このドッグズ・ノーズは苦味が効いていて大人の味」
市販のビールはメーカーによって味が全然違うから、同じカクテルでもビールを変えるだけで違った味わいになる。
しかも簡単だから、お父さんがよく飲んだカクテルでもある。ビールによって違う味になるから、アレもコレも試し過ぎて「キリがない!!」ってお母さんに怒られていたけど。
苦味があるから、フェリクス王はコッチの方が好みだろう。
「さて、最後に女性向けでオシャレなカクテルを作るよ?」
「「「やったぁ〜!!」」」
莉奈がそう言って準備をすれば、女性の料理人達がハイタッチして喜んでいた。
やっぱり女性は、甘めの方が飲みやすいから好きだよね。
「コレは、まずグラスの縁を水で湿らす」
莉奈は手に取ったタンブラーを逆さまにして、薄く水の張った小皿に浸けた。
簡単な水にしたけど、輪切りにしたレモンで、グラスの縁を軽く湿らせてもイイ。
「え? なんで?」
料理人達は、頭にハテナが浮かんだ。
何故、グラスを濡らすのだろうと。
「縁に塩を付けるから」
莉奈はその濡らしたグラスを逆さまのまま、今度は塩がのっている小皿に付けた。
そうすると、濡れたグラスの縁に塩が付くのだ。
「縁に塩なんか付けてどうするの?」
「ニコラシカは輪切りのレモンの上に砂糖をのせて飲むでしょ? これも縁に付けた塩が、飲む時に口の中でお酒と混じって、いいアクセントになるんだよ」
「「「へぇ〜」」」
皆は感心した様子で頷いた。
改めてカクテルは楽しくて奥が深いと思ったのだ。
「ニコラシカも美味しかったし面白かったよね!!」
「なっ! 本当っ、色んな飲み方があるのな」
「カクテル面白い!!」
「「「だねっ!!」」」
ニコラシカを思い出した皆は、コレも楽しみだと喜んでいた。
「それで、さっき塩を付けたグラスには、テキーラを45mlと適量のグレープフルーツジュースを注いで軽く混ぜれば "ソルティ・ブル" の出来上がり」
淡い黄色のカクテルだ。
コレはジュースが入っている時点で甘いから、フェリクス王は絶対に飲まないだろうけど。
お酒の飲めない人はお酒を入れなければ、オシャレなソフトドリンクになると思う。
しかし、ジュース作るにしても果物の果汁を絞ったりしなければならないから、大変な世界だよね。
「グラスの縁に塩を付けただけなのに、凄くオシャレじゃない!?」
「マティーニはカッコいいけど、ソルティ・ブルは可愛いわね」
「口の中で作るカクテルって面白いよね」
皆は目の前で出来た数種類のカクテルを見て、喉を鳴らしながら楽しそうにしていた。
自分で色々試すのも面白いけど、やはり莉奈が作る新しいカクテルは特別らしく、嬉しくて楽しいみたいだった。
「ちなみに、テキーラをウォッカに変えると "ソルティ・ドッグ" になるし、縁に塩を付けないと "ブルドッグ" っていう別の名前のカクテルになる」
「「「はぁァァ〜ッ」」」
まぁ、この "ブルドッグ"は日本のレシピだけど。カクテルって、国や店によってもレシピが違う事もあるからね。もの凄くややこしい。
皆はレシピを聞きながら、さらに感嘆していた。
以前、莉奈からカクテルは何百種類もあるとは聞いてはいたが、本当に色々な種類があるのだなと、改めて驚いていたのだ。
ちなみにこの王宮にいる一部の酒好きは、隠れて莉奈の事を"酒神様" だと崇拝しているのだが、本人は知らない。
「ちなみに、なんでドッグが付くの?」
「しらん」
「ブルショットみたいに牛が入ってないのに、なんでブルが付くんだ?」
「しらん」
「ブルドッグってどっから来たの?」
「しら〜ん」
そんな事まで知る訳がない。
ネーミングまで知らない莉奈は、料理人達の質問を次々とブッた切り、エギエディルス皇子達が待つ食堂に向かうのであった。




