318 執事長イベールの場合
ーーその頃。
誰もいないとある部屋で、背筋を伸ばしゆったりとブラックベリーのショートケーキを食べる人物がいた。
彼もまた……当時、不満を感じる者の1人だった。
「陛下、何故彼女は高待遇なのか一部から不満の声が上がっていますが」
職務中の時に、執事長イベールが無表情のまま静かに言った。
イベールに渡された書類に目を通していたフェリクス王は、それを聞いて小さく笑った。彼女と言うのは莉奈。一部は何処までを一部と示すのかと。
「その一部にお前も入っているな?」
イベールのいつもと変わらない声色に、少しだが不満が混じっているのが分からないフェリクス王ではない。
「異世界から来たのは存じております。しかし、待遇が良過ぎます。不満が出ても不思議はないかと」
イベールは自分はあくまでも含まず、無表情で答えた。
「ならば1つ問う。とある国に強制的に喚ばれ『間違いだった。お前は用なしだ。還す事は出来んが、日銭をやる。出て行け』と言われたら?」
フェリクス王はサインをした書類をイベールに手渡しながら、面白そうに問う。
お前が莉奈ならどうしたと。
「……それがリナだと?」
イベールはその言葉ですべてを理解した。
莉奈はこの国に "飛ばされて来た" のではなく "喚ばれた" のだと。
「アレはエギエディルスが、強制的に喚んだ娘だ」
フェリクス王は無感情にそう言い放った。
だから、エギエディルス皇子は牢獄に入れられているのだと合点した。
自分の弟だとしても許される事ではない。この方は、例え弟でも当然の罰だと処分する考えがおありなのだと思った。
「加味したとしても、あの態度は……」
しかしながらとイベールには珍しく、少しだけ不満そうな表情を見せた。
イベールにしたら、それはソレなのだ。莉奈の事情などどうでもイイ事だった。
「誤魔化すな。さっきの答えを聞いてはいないが?」
「…………」
言いたくないとばかりに口を噤んだが、イベールはフェリクス王に視線で促され諦めて口を開いた。
「元の場所に戻せないのであれば、それ相応の対応をさせて頂きます」
「 "報い" の間違いだろ?」
「…………」
フェリクス王が不敵に笑えば、イベールは今度ばかりは無言で押し通した。
わざとやんわりと言ったのに、お見通しだからである。
イベール自身の答えは、エギエディルス皇子に対する処遇に他ならない。不要な言葉は憚られたのだ。
「リナの事は容認しろとは言わねぇが、黙認しておけ」
何をしようとしばらくは黙っていろと、フェリクス王は苦笑いしていた。
エギエディルス皇子が莉奈を喚んだ様に、何処かの世界がイベールを喚べば、コイツの事だ。喚んだ者達を消すに決まっている。
対応や待遇によれば、関わったすべての人間を躊躇わず、眉1つ動かさずに始末するに違いない。
「黙認出来る範囲であれば」
自身が莉奈だとしたら、そんなふざけた輩は始末する。
だが、イベールにとってそれはソレ。彼女が、王家に害ありと思えば処分するつもりでいた。
「まぁ、あの女は笑って斬られるだろうがな」
フェリクス王は窓から見え始めた月を見ていた。
「おっしゃられている意味が……」
イベールの "きる" とは、ナイフで軽く切って痛い目に遭わせるではなく、命を奪う行為の斬るである。それを知らぬフェリクス王ではないハズ。
なのに、笑って斬られるとはどういう意味なのか。
フェリクス王はチラリとイベールを見た後、2つ並ぶ月を見て口端を少し上げてこう言った。
「アレは "死にたがり" だ」
「死に……たがり?」
イベールは理解が出来ないとばかりに、小さく眉根を寄せた。
あの何も考えていない様な女が "死にたがり"?
イベールには全く分からなかった。
イベールが理解出来ずに黙っていると、フェリクス王は言葉を続けた。
「元からの性格もあるだろうが、俺に臆さないのは死にたがりだからだ」
「…………」
「異世界に飛ばされて絶望しているのか、他にも何かあるのかは知らねぇ。あの女は泣き叫ぶ代わりに自暴自棄になっているのかもしれん」
「買い被りでは?」
ただの無礼者なだけだと、イベールは答えた。
確かに莉奈は泣き叫んでもおかしくはない状況だ。だが、何も考えていない様にも思えた。
「かもしれねぇが、しばらく見ていろ。あの女は絶対に命乞いだけはしねぇから」
その時、イベールはフェリクス王の買い被りだと思っていた。
だがーー
ーーその言葉の意味を、イベールはすぐに理解する事となる。
莉奈は口は悪いし態度は悪い。王族に対する振る舞いは些か問題だらけだ。
黙認しろと陛下から言われていなければ、とうに斬り捨てていたであろう。
だが陛下に言われ、黙認してきた事で見えた事があった。
莉奈はフェリクス王に要らぬ口を開き、叱責される様な状況になっても、決して「命ばかりは」「助けて」と願う事はなかった。
その代わりに、聞いた言葉は多くある。
『是非、一撃で』
『ヤル時は、バッサリと』
その度にーー
ーー氷の執事長イベールの頭の端に、フェリクス王の言葉がチラついていた。
『アレは "死にたがり" だ』
ーーだから、何にも臆さないのだと。
その事に、莉奈は自分自身で気付いていないのだろう。
"死にたがり" とフェリクス王は言っていたが、イベールは莉奈を見ているうちに "生きたがり" とも言えるのでは? と感じ始めていた。
フェリクス王との際どいやり取りの中、恐怖心を感じる事で"生きている"と実感したいのかもしれない。
生きる事も死ぬ事も出来ず、たった1人で溺れる様に足掻く莉奈を見て、イベールは塵くらいには不憫だと思った……が、それも一瞬。
今日もあの身の程を弁えぬ言動に、目が光るイベールなのであった。




