3 異世界の洗礼
あれから、どのくらいの時間が過ぎたのか。
あれから、どうやってここに来たのか。
莉奈が気づいた時には、どこかの部屋にいた。
誰かに連れて来られたのだろうが、考えるのを止めた莉奈がどうやって来たのか、わかる筈もなかった。
どのくらいの時間が過ぎたのか、ソファーに座っていた莉奈は、ぼんやりと辺りを見回した。
"貴族が住みそうな部屋 "
見た印象は、そんなものだ。
かなり良いところに住んでるお嬢様の部屋。表現がかなり乏しいが、見たことのない物に説明しようがない。
中世ヨーロッパの貴族のお嬢様の部屋。きらびやかではあるが下品ではなく、落ち着く雰囲気をしており上品さを感じる。ソファー、テーブル、カーテン等、この調度品を選んだ人のセンスがいいのだろうか、莉奈に合ったのだろうか、何故かやけに落ち着いた部屋だった。
……目の前にある小さいテーブルの上に、果物がある。
紅いのはリンゴだろうか? 紫色の小さな果実は、ブドウにしては実が大きく皮はしっかりしている。
異世界かはともかく、ここは日本ではない事は確かだ。
その果実の横には、果実を切るためかペティナイフが添えてあった。
莉奈は無意識に、そのペティナイフを手に取ると指先に充てる。
そして、ゆっくりとそれを……引いた。
「…………っ」
ピリッと痛みがはしる。
半ば、夢かと思っていたこの世界は夢ではないらしい。
そして、どうやらあの男達が言っていた召喚が、事実かもしれない瞬間でもあった。
指先に刃先を充て引いた皮膚には、パックリとした傷口が開き、ピリピリとした嫌な痛みを伴って鮮血が流れていた。
……あぁ、やっぱり生きてるんだ。現実なんだ。
トクトクと流れる血は生温かく……なんだか笑えた。
「……っ!!………な、なにをしてらっしゃるのですか!?」
その時、悲鳴にも似た甲高い声が部屋に響き渡る。
いつの間にか部屋に入って来たのか、元から居たのか、女性二人は莉奈の状況を見て驚愕した様である。
「………………」
莉奈は無表情で、二人を見上げた。
何をと言われても、自分でも良く分からない。
「モニカ!! 医療室から、ポーションを早く!!」
「……は、はい!!」
40代と思われる女性が、もう一人の年若いモニカに慌てたように指示した。
そしてその人はゆっくりと、莉奈が右手に持つペティナイフを取り上げた。
ポケットからハンカチを取り出すと、莉奈の指先にそれを押し当てる。想像以上に切れていたらしく、ハンカチがすぐに赤く染まった。
「…………何故、このような事をなさったのですか?」
その女性は、少し怒っているかの様にもとれる口調で言った。
…………なんとなく?
と言ったら、あきられるだろうか?
それとも、怒られるだろうか?
「………………」
何も言えずに俯き黙っていると
「…………何も訊かされてませんので、御心情を察する事はできません。………ですが、お辛くとも……自ら御身を傷つける事はおやめ下さいませ」
傷つけた私より、辛そうに言うこの女性に莉奈は、
「……わかり……まし……た」
と返すしかなかった。
―――バタン!!
「……ラナ女官長!! ポーションをお持ちしました!!」
勢いよくモニカが部屋に入って来た。
この傷口を押さえてくれてるのが、ラナ女官長。侍女頭なのだろう。
「さぁ!! 傷口にかけて!!」
とラナ女官長。
……え、ちょっと待って? ポーションって言った!?
莉奈は今になって、聞き慣れないワードに耳を疑う。傷口は痛いし、まだ訊きたい事は沢山あるけど。
ありえない異世界への畏怖感より、好奇心が上回る。
「…………っ」
莉奈があれこれ考えていると、ラナ女官長がハンカチを取りポーションをかけようとしていた。
「大丈夫ですよ? このくらいの傷なら、痛みもなく塞がりますからね?」
と反射的に手を引っ込め様とした莉奈の手首をしっかりと押さえた。
……えっ!?
心の準備とか、説明とかないんですかね?
「…………ひえぇ~……」
情けない声を出してしまったのは、勘弁して下さい。
だって、痛くはないよ? 痛くはね?
だけど、傷口が塞がっていく行程が気持ち悪いのよ。見た目もそうだけど感触が!!
…………まさに、虫酸が走る!!
誰だよ、その言葉考えた人、天才だよ。虫酸ってなんだよって思ってたけど、コレだよコレ!
治っていく行程で、皮膚に虫が波うって泳いでんの? ってなぐらいな感触があるのよ。
…………ハッキリ言って気色悪い!!
「痛くはなかったでしょう?」
とラナ女官長は微笑み言う。
「……はぁ」
返事よりため息に近い声が出た。そういう問題じゃないんだけど……。
お礼言うタイミングもありゃしないよ。
その横では、モニカが手際よく汚れた血を拭き上げ魔法を掛けた。
【浄化】
その瞬間、キラキラとテーブルが光った気がした。
一瞬だったが、魔法が掛かったという事なのだろう。
"浄化" 消毒したって事でいいのだろう。血で汚れてたし。
……って、魔法だよ魔法!!
なるほど、これが異世界ですか……と完全に理解した瞬間である。




