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聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました  作者: 神山 りお


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287 え? クビ?



 ーー次の日の朝。



 ちょうど部屋で着替え終わった時に、ラナ女官長に呼ばれて客間に行くと、エギエディルス皇子が優雅に紅茶を飲んでいた。

「エド、おはよう」

 昨日、私の家族の話を聞いたせいか、朝起きたら部屋にエギエディルス皇子がいたのだ。心配して来てくれたに違いない。

 だけど、朝が早過ぎるよね? 服にはたまたま着替えていたからイイものの、相変わらず唐突過ぎる。

「お前、スゲェ頭だな」

 莉奈の頭を見てエギエディルス皇子は、一瞬驚き笑っていた。

 髪の手入れまでは間に合わなかったから、ボサボサなのは仕方がないと思う。それを、勝手に来ておいて笑うって失礼じゃないのかな?

「先触れはないのかな? 殿下」

「どの口が言うんだよ」

「この口」

 莉奈は自分の口を指し寝ぼけ眼で言った。

 昨日、街ではしゃいだせいかまだ眠い。

「お前、シュゼ兄みたいな事言うなよ」

 エギエディルス皇子は苦笑していた。

 莉奈は昨日、先触れもなく突然やって来たクセに良く言うなと。



「髪の毛直してくるから、ちょっと待ってて」

 とりあえず、ボサボサの髪は直しておきたい。莉奈は寝室に戻る事にした。

「直した所で、たいして変わらねぇだろ」

「エドなんか言った?」

「なんも言ってねぇ」

 振り返った莉奈にエギエディルス皇子は、シレッと返して紅茶を飲んでいた。

 


 そんな2人のやり取りを見て、ラナ女官長は小さく笑い胸を撫で下ろしていた。エギエディルス皇子の機嫌が直り、いつもの楽しくて賑やかな日常に戻り嬉しかったのだ。

 


「あれ? モニカはどうしたの?」

 髪を結び直して戻って来ると、侍女のモニカがいない事に気付いた。

 いつもはラナ女官長と一緒に来てくれるのに、今朝はモニカが見当たらない。見当たらない代わりに、いつもとは違う侍女がいた。

 モニカより2歳年上で、眼鏡を掛けている侍女のサリーである。

「とうとうクビになったのよ」

 サリーがグフッと面白そうに笑っている。

「は? クビ?」

 莉奈は耳を疑った。

 そんな話は聞いていない。モニカがクビになる様な事をした……とは思えない?

 莉奈も胸を張ってモニカは大丈夫とは言えなかった。

「サリー、イイ加減な事言わないの」

「は〜い」

 ラナ女官長に咎められたサリーは、まだグフッグフと笑っている。

 どうやらサリーの嘘らしい。でも、ならなんでいないのだろう。

「ん? じゃあクビではないの?」

「クビではないわよ。今朝、具合が悪い……なんて言ってたけど」

「アレ絶対に食べ過ぎだと思うよ」

 ラナ女官長とサリーは苦笑と呆れが混じっていた。

「食べ過ぎ……」

 数分でも心配した私がバカだったよ。

 何、食べ過ぎって?

「昨日、焼き鳥が美味し過ぎるって、倒れるまで食べてたから、お腹を壊しても仕方ないんじゃないかしら」

 ラナ女官長は、盛大にため息を吐いた。

 どうやら、夕食に出た焼き鳥を山程食べたらしい。モニカは何をしてるのかな? ラナ女官長は呆れ果てているよ。



「で、リナは今日は何を作るの?」

 サリーがワクワクした様に訊いてきた。

「なんで作る事前提なのかな? サリー」

 起きたばかりなのに、作る事なんて考えてないし。

「リナはご飯を作るために、生きているのでしょ?」

「ンな事、あるか!」

 サリーが当然の様に言ったので、莉奈は強めにツッコんでおく。

 ご飯を作るために生きているなんて事、あって堪るかい。



「あ、そうだ。作るで思い出した。エド、マフィンあるけど食べる?」

 先日、ロッテのために作ったニンジンとバナナのマフィンが、魔法鞄(マジックバッグ)の中に入っている。

 エギエディルス皇子にもあげようと、余分に貰ってきたんだよね。

「「「マフィンって何!?」」」

 エギエディルス皇子1人に言ったつもりなのに、ラナ女官長とサリーまで釣れた。

「そんなに量ないよ」

 ロッテにあげた残りを、少しだけ貰ってきただけだし。

「ん、お菓子か。お菓子なんだな?」

「お菓子だね。朝ご飯代わりに食べる人もいるけど」

 エギエディルス皇子が仔犬の様に見えて可愛い。

 私はこれを牛乳タップリのミルクティーと、一緒に食べるのが好き。



「なんかパンぽいな」

「そうかな?」

 一口大に切ってあるマフィンを見て、エギエディルス皇子が言った。

 確かに色は少しオレンジかかっているけど、パンっぽく見える。この世界にスポンジがあれば、スポンジっぽいのだろうけど。

「うっすらオレンジ色してるけど、何が入っているの?」

 興味しかなさそうなサリーが、生唾を飲み込んだ。

「何だと思う?」

 食べても分からないとは思うけど、ラナ女官長とサリーにも少しお裾分けする。

 色から予想すれば、簡単だと思う。

「食べ物よね?」

「当たり前でしょ!」

 サリーが不審な目を向けたので、莉奈はツッコんだ。食べ物以外の物を入れる訳がない。

「ん? バナナ味でウマイ」

 エギエディルス皇子が一口食べて、顔を綻ばせた。

 何味かなんて見た目からでは、想像もつかなかったのだ。しかし、この色は何が入ってオレンジ色なのか、エギエディルス皇子はもう一つフォークで刺して考えていた。

「あら、甘さが丁度イイわね」

「バナナ味の優しい甘さだわ。でも、バナナはこんな色はしていないし」

 ラナ女官長とサリーも食べながら悩んでいた。

「む、ニンジン……ニンジンだな」

 エギエディルス皇子が眉を寄せて呟いた。

「エド、良く分かったね。ニンジン好きじゃないでしょう?」

「……悪いかよ」

 莉奈が笑いながら訊けば、エギエディルス皇子は複雑な表情をしながらマフィンを食べていた。

 好き嫌いがあるのを悟られるのは、子供みたいでイヤな様だ。

「悪くなんかないよ。ただ、嫌そうな表情かおしてるから」

 当てて嬉しそうな表情はしていなかったし、眉を寄せていた時点でキライでしょ?

「ニンジンはな。セロリはキライじゃない」

「マジか」

 逆に莉奈は驚いた。

 莉奈はセロリの方がキライだからだ。独特な風味がキライだった。なんなら家族全員がキライだ。

「私はどっちもキライ」

「私はどちらも平気だわ」

 サリーとラナ女官長も、マフィンを食べながらしみじみと言っていた。

 この世界の野菜って、良くも悪くも野菜本来の味が強いのが多いからね。弟もコッチのニンジンは好きじゃないかもしれない。

「でも、ニンジンの味はしないでしょ?」

「だな。バナナの味しかしないな」

 ニンジン入りだと聞いても味がしなければ平気なのか、エギエディルス皇子はモグモグと食べていた。





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