286 それぞれの心の変化
「大体、何しに来たんだよ」
先触れもなくやって来た莉奈に、エギエディルス皇子はそっぽを向いていた。
今、会いたくない気分だった。だが、気持ちの半分は会いに来てくれて嬉しかったのだ。
「エドに会いに来たんだよ?」
「ウソつけよ。あ、兄上とリヨンに行ってたんだろ! どうせその報告だろ」
兄と行って楽しかった話なんて聞きたくないな、とエギエディルス皇子は不機嫌気味に戻る。
「楽しかったんだろうよ!」
吐き捨て不貞腐れた様にフンと鼻を鳴らした。
いつも背伸びをしていて、そんな感情を表に出さないエギエディルス皇子が、あからさまな態度を見せている。
そんな彼が、妙に可愛いと莉奈は口端がフニャリと緩みそうだった。
「楽しかったよ?」
嘘はつけないから莉奈は正直に言った。
つまらなかったなんて言ったら、それはそれでフェリクス王に失礼だし。
だから、そう答えたら「そうかよ」とエギエディルス皇子はムスッとしていた。
「でも、エドと一緒だったらもっとも〜っと楽しかっただろうなって思った」
「……」
「今度はエドと2人で行こうね?」
莉奈はエギエディルス皇子を見てニッコリ笑った。
「……あ……あぁ」
まだ、少し納得がいかないのか口を濁すエギエディルス皇子。
莉奈のその言葉は、とって付けた様な慰めの言葉に聞こえたが、2人でと言われれば悪い気はしなかった。
「いつも1人で勉強してるの?」
「いや、いつもは家庭教師がいる」
今日はいないけどな、とエギエディルス皇子は机の上を軽く片付け始めた。
あまり勉強している姿は、見せたくないのかもしれない。
「あ、そうだ。エド、私の家庭教師をしてよ」
「あ゛ぁ?」
莉奈の突然の申し出に、エギエディルス皇子は驚き眉をひそめた。
「最近、また魔法を1から教わり始めたんだけど、タールさんよりエドから教わりたいなって」
莉奈は魔法を使えるのに、まったく使ってこなかった。使うのが怖かったからだ。
だけど、フェリクス王達と話す内に心境が変わっていた。
だから今さらとは思いつつ、魔法省のタール長官からまた、ゆっくりと教わり始めていたのだ。
「なんで俺なんだよ」
「ダメ?」
「ダメじゃねぇけど……」
エギエディルス皇子は、何故自分に教わりたがるのか気にはなったが、莉奈に頼まれればモゴモゴと承諾してしまった。
「ありがとう、エド」
「あ、あぁ」
莉奈に満面の笑みでお礼を言われれば、悪い気はしないエギエディルス皇子。
「一体どういう心境の変化なんだよ。ずっと魔法なんか使おうとしなかったのに」
エギエディルス皇子は不思議で仕方がない。
人が使う魔法や魔導具には興味津々なクセに、いざ自分が使うとなると適当にしかやらない。
莉奈が魔法を使っているのを見たのは、浴槽を造るのに見た、あの時1度キリである。
莉奈の性格からして、魔法なんか使えたら絶対に何かやらかしそうなものだった。だが、4種類も使えるのに莉奈は、基本的な事を学んだ後は使おうとはしなかった。
なのに、再びタール長官から魔法を1から学び始めたと耳にしていて、どういう心境の変化かと思っていたところだった。
「吹っ切れた?」
エギエディルス皇子にそんな事を訊かれ、莉奈は困った様な表情をしながら、う〜んと呟き腕を伸ばした。
「何だよ、吹っ切れたって」
ますます理解出来ないと、眉を寄せるエギエディルス皇子に莉奈は苦笑いを返すと、過去の話をする事にしたのだった。
◇◇◇
莉奈が魔法をほとんど使わないのには、理由があった。
それは家族を失ったアノ事故が、大きな原因である。
車が衝突した時、あるいは川に落ちた時……今みたいに私に魔法が使えたら助けられたのでは? と思うからだ。
魔法のあるこの世界であっても、過去は変えられない。それは十分知っている。だけど、魔法を使うたびに、もしもあの時使えたら……とイヤでも考えてしまう。
それが、莉奈の心にどうしてもひっかかり、魔法に集中出来なかった。
だけど、今は違う。万が一に"次" があった時、何も出来ない訳ではないのだ。何かしらは出来る。
そう考えが変化し、今自分が出来る最大限の事をしたいと、頭が切り替わったのである。
それはエギエディルス皇子に会い、守りたいと思う様になったからであった。今度こそ、大切なモノを失いたくなかったのだ。




