281 厨房の武器
そんな事になっているとは、全く知らない莉奈はホクホクとしていた。
結局、莉奈は武器ではなく【包丁】を造って貰う事にしたのだ。
武器なんて使う機会がなさそうだし、使う事もないだろう。なら、毎日の様に使う包丁かな? と思った莉奈は交渉してみたのだ。
「包……丁」
アーシェスはまさかの提案に驚愕していた。
包丁は武器屋で造るモノではなく、金物屋で買うモノ。もちろん造れない訳ではない。だが、普通は武器を造る職人は職人気質。武器を造る事に、誇りを持っている。
なのにそんな事を言われたら、店主からは怒号が放たれる案件だろう。
「オヤジが聞いていたら、怒声が舞っただろうな」
そう言って、小さく笑うフェリクス王。
莉奈の突拍子のない提案が、可笑しくて仕方がないらしい。
「オヤジって?」
「私の師匠」
確かに "包丁" を造れと言われたら「二度と来るな」と言いそうだと、アーシェスは苦笑していた。
「でも、料理人からしたら "包丁" は厨房という "戦場" の武器だもん。戦うにはまず切れる武器が必要でしょう?」
「必要でしょう? って、あなた料理なんて出来るの?」
「出来ますよ? 何かお出ししましょうか?」
莉奈はポンポンと魔法鞄を叩いた。
今まで作った物が賄賂用に取ってあるからね。
「何かって何があるのよ?」
興味半分、不安半分のアーシェス。
先程から見ていても、莉奈が料理を作れるとは思えない。
「お菓子は得意ですか?」
「 "エショデ" や "フワス" なら好きじゃないわよ」
莉奈が何かを出す仕草をしたので、アーシェスは先に嫌いなお菓子の名を口にした。
「……? エショ……フ?」
莉奈は知らないお菓子の名が出てきて、大きく眉を寄せた。
シュゼル皇子はそんな名前の物を食べていなかった気がする。
「エショデにフワスよ。違うならイイわ」
知らないのなら、それではないのだろうと小さく笑ったアーシェス。
「美味しくないんですか?」
「好きな人もいるから強くは言えないけど、私はキライ。豆菓子の方が甘くて好きよ」
知らないお菓子の存在に興味津々な莉奈が訊いてみれば、アーシェスはさらに深く苦笑していた。
余程好きではない様だ。となればシュゼル皇子が食べる訳もなく、名前すら挙がらなかったのは納得出来た。
「甘いのが好きなら、好きだと思いますよ?」
莉奈はその知らないお菓子を食べてみたいな……と思いつつ、魔法鞄から生キャラメルの入った小瓶を取り出した。
ノーマル、ビター、マーブル、塩の4種類が油紙に包まれ2個ずつ入っている。
「何コレ?」
アーシェスは瓶を手に取り、カラカラと揺らす。
その背後には、先程いた従業員が数名、遠目で覗いていた。気になって作業場から顔を出していたのだ。
「生キャラメル」
「何、生キャラメルって?」
「砂糖菓子」
莉奈がそう説明しても、まったく想像もつかないアーシェス。
しかも、初対面の人間が作ったお菓子。不安がイマイチ拭えない様子。アーシェスはチラリとフェリクス王に視線で窺っていた。
フェリクス王はそれには何も答えず、思わせ振りに笑った。
「ルーズ」
「は、はい?」
アーシェスはチラチラと見ていた従業員の1人を呼ぶと、ルーズはおずおずと出てきた。急に呼ばれたので落ち着かない様子だ。
「ちょっとコレ食べてみて」
瓶から1つ取り出すと、ルーズに手渡した。
どうやら自分はすぐ食べず、アーシェスは毒見をさせる様である。
「へ? いや」
「イヤ?」
「あっ、食べます食べます」
ルーズは毒味の役はヤダなと頬が引き攣ったが、アーシェスにチラリと睨まれ、仕方がないと受け取った。
莉奈が溶けやすいからすぐ口に入れてね? とニコリと微笑めば、ルーズは可愛いなと少し頬を赤らめていた。
「んーっ!? んんー!」
ルーズはえいっと気合いを入れて生キャラメルを口に入れれば、途端に溶けたその菓子に目を見張っていた。
食べた事のない蕩ける様な甘さと、なめらかな舌触りにルーズはもうメロメロである。口を押さえて我慢出来ないとばかりに、フニャフニャと口端を綻ばせていた。
「ヤダ、気持ち悪い。え? もう、あげないわよ」
ルーズが締まらないフニャフニャした顔のまま、瓶を寄越せと手を出したのでアーシェスはパシリと叩いた。
「マズイ! スッゴいマズイ……いや、毒だ!! 毒が入っているからアーシェスさんは食べない方がいい!!」
「はぁ!? どの顔でそんな事を言うのよ。大体、毒だったら何故欲しがってるの!」
「欲しがってるんじゃない。処分しようとしているんですよ!!」
「何処に?」
「口に!」
―――パチン。
その瞬間、アーシェスの平手がルーズの頬に当たった。
それでも、甘い声を出してクレクレとアーシェスの足に縋るルーズは、今度は容赦なく足蹴にされるのであった。
◇お知らせ
本日8月7日(金)
【聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました】の3巻発売日です。
╰(*´︶`*)╯♡わーい
お家に迎えて下さると嬉しいです。
皆さまアリガトウ♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪ゴザイマス




