275 オネェ様
「まだ出来てないわよ」
フェリクス王が扉を開けた途端に、女性にしては少し野太い声が聞こえた。そう "少し"。
「……」
フェリクス王の後に入った莉奈は、念願の武器屋に浮かれる……よりも店主らしき "女性" に目が釘付けになっていた。
カウンター越しに、けだるそうにしている女性だ。
――――オネエだ!!
莉奈はナゼか感動していた。この世界にもオネエがいると。
スカートは履いていないが、女性物で少し派手で奇抜な服装だ。
店主は男性にも女性に見える、中性的な綺麗なオネェ様だった。それがまた、奇抜な服装なのに違和感を感じさせない。素敵なオネエ様である。
ナゼ莉奈が男性だと思ったか。それはたまたま喉仏に目がいったからだ。
普通の男性程には目立たないけど、隠しきれないよね?
でも、内心女装させたシュゼル皇子の方が、断然綺麗だと思ったのはここだけの話にしておく。
「え? 何、女を連れて来てるの? ここは女は禁止だって知っているでしょ?」
王の隣にいる莉奈の顔を見た途端に、彼? はあからさまに不機嫌そうな表情をした。どうやら女人禁制の様だった。
「普通の女じゃねぇから気にするな」
フェリクス王は愉快そうに言った。
「化け物には言われたくない」
大体 "普通" の定義は何なのかな? 棚上げもいいところだ。
立て掛けてある武器を見ていた莉奈は、ブツクサと呟く様に文句を言った。
―――バシン。
聞こえていたらしい。
「な?」
もはや莉奈に容赦などしなくなったフェリクス王は、莉奈の頭を叩き店主を見た。
「……」
何が "な?" なのかな? 莉奈は不服しかない。
「ねぇ、あなた?」
反論した莉奈に興味を持ったのか、店主は面白そうに話し掛けてきた。
「リナですよ。何でしょう?」
彼の髪をかきあげる仕草が、実に美しいと思わず見惚れるところだった。
「この人、この国の何だか知ってるの?」
「陛下でしょ?」
じゃなきゃ、魔王かな?
莉奈が半目で答えると、店主は少しだけ目を見張り、ナゼか面白そうに笑い始めた。
「あはは……キミ、コイツを国王陛下だって知ってるのに、その態度なの!?」
「そりゃあ確かに普通じゃないや」と一瞬素に戻り、腹を抱えて笑っていた。
「まぁ、普通だったら "打ち首獄門" ですよね。陛下の寛大なお心には大変感謝しております」
なんだ、この人もフェリクス王が国王陛下だと知っているのか。
莉奈はそう思いながら、フェリクス王に向かい深々と頭を下げた。
「……打ち首獄門」
何が感謝だと思うよりも先にフェリクス王は、打ち首獄門という時代錯誤な言い方に、思わず笑ってしまった。普通なら斬首刑である。
◇◇◇
あぶねぇから触るなよ、というフェリクス王の言葉を背後で聞きながら、莉奈は武器をマジマジと見ていた。
"本物" の武器屋は初めてだが、日本ではレプリカを売っている武器屋には何度か行った事がある。弟にねだられ行ったのだ。
ハイハイ……なんて適当な返事で連れて行ったけど、スゴい面白かったのを思い出す。レプリカはあくまでも偽物でしかないから、刃は付いてなかったけど。ここは本物の武器屋。
キラキラ光る鋭い刃が、しっかりと付いている。
ちなみに、日本にある自分の部屋には短剣のレプリカが飾ってある。弟の部屋にはロングソードが。
弟は貯めたお年玉でやっと買えたと喜んでいたが、弟が背丈程のロングソードを持てる訳がない。
当然それを持って帰るのは私だった。自分のと合わせるとかなり重くて、帰宅するのに肩が壊れるかと思った。それも懐かしい思い出の1つである。
「うっわ、モーニングスターって……エゲツな」
莉奈は思わず呟いた。
"モーニングスター" とはもちろん武器な訳だけど、剣とか斧とかとはまったく違う。
基本的にはメイス〈棍棒〉の先に、放射状にトゲのある鉄球が付いている武器を指す。形としてはマッチの先にトゲが付いている様な感じ。
トゲトゲの鉄球が付いた武器をまとめて、モーニングスターと総称するとも聞いた事がある。
ちなみにここに並んでいるのは、基本のトゲの付いた鉄球が乗っている棍棒。くさり鎌の反対側に付いているタイプとか、多種多様である。
ゲームやマンガの世界と違って、本物はエゲツないし痛そうだ。
「あなた。それが何なのか分かるの!?」
奥に戻ろうとしていた店主が足を止め、驚いた様子で訊いてきた。
どうやら莉奈の呟きは、呟きではないらしい。
「え? あ~。詳しくは知りませんけど、モーニングスターでしょ?」
云われて気付いたが、これにも値札も名称も何も表記されていなかった。というか、すべてに何も表記がない。
武器が時価な訳ないだろうから、応相談?
店主が売る相手を見て決めるのかな?
「……」
莉奈が改めて言えば、店主は驚愕していた。
ただの小娘と小馬鹿にしていたのだが、まったく違う様子だからだ。
「【鑑定】持ちだが、使ってねぇのは分かってるだろ?」
店主がもしやと王をチラリと見れば、王は莉奈が魔法を発動してないと否定した。
店主は色々な意味で、再び驚愕していた。【鑑定】持ちだという事にも、鑑定を使わずにこんな少女が一発で武器名を当てた事にも。
「……彼女。こう見えてあなたの護衛とか?」
店主は莉奈が素人にしては詳し過ぎると感じ、ならば王の護衛だと思ったみたいだ。
「だとよ?」
王は面白そうに莉奈に話を振った。
「陛下を何から護るっていうんですか」
魔物も逃げ出すのに……莉奈はアハハと空笑いしていた。
竜を1人で倒す男を、一般人の私が何から護れるというのか。
「「…………」」
その言葉に2人は顔を見合わせ、仲良く押し黙っていた。




