268 ニンジンとバナナのマフィン
「では、可愛いロッテちゃんのために "ニンジンとバナナのマフィン" を作りたいと思います」
―――パシパチパシパチ。
なんだか全然分かっていないと思うけど、カウンターから見ているロッテから小さい拍手が挙がった。
自分の名前が出たので、喜んでいるのかもしれない。
時々変な音がしてるけど……ロッテちゃん、可愛いなぁ。
「まずは、ニンジンを乱切りにして、柔らかくなるまで茹でます」
小鍋に水を張り、乱切りにしたニンジンを入れて火にかけた。
簡単にフォークが刺されば、ニンジンは茹で上がりである。
「ふむ」
ガーネット家の料理長が、メモを取りながら訊いてきた。
王宮の料理長リックとは違って、かなり年齢が上だ。ビクトール侯爵と近い感じ。
「茹で過ぎても全然問題ないです」
固い方が問題だからね。
「バターは常温に戻して柔らかくしておきます」
この世界にはないみたいだからイイけど、マーガリンは脂? が入っているからダメらしい。消化に良くないとかなんとか……。
「後は、牛乳と卵、薄力粉を使うので用意しておく」
ニンジンが茹で上がるまで、ボウルやザル、泡立て器とか色々準備しておく。
本当はここに、ベーキングパウダーも入れるんだけど、説明が面倒くさいから止めた。
だって、王宮で言った時。食用と掃除用がある事。アルミニウム入りはダメとか、なんだかんだ説明をするハメになったし。
王宮の皆程、説明して理解してくれるとは思えない。
「体力に自信のある人いる?」
莉奈は挙手を求めた。
ベーキングパウダーを入れなくても、味には支障がない。でも、食感がね?
ふっくら、ふわふわな感じが欲しいので、メレンゲを代用として作って貰う事にする。
メレンゲは面倒……だが、人はいっぱいいるし、任せちゃえばイイか。だって、ふわふわは大事。
「あるっちゃあ、あるけど……何?」
そう言いながら、マッチョの料理人が現れた。
ゲオルグ師団長には負けるけど、イイ二の腕をしている。だが、個人的な好みを言えば、フェリクス王の様な細マッチョが……。
―――わーーっ!!
私は今、何を考えたかな!?
莉奈はブンブンと頭を振って、変な妄想を頭から強制的に追い出した。
「卵白を泡立てて、メレンゲという物を作って欲しい」
皆の「お前どうした?」という不審な目を笑って誤魔化し、メレンゲの説明をしてお願いした。
「分かった」
苦笑いしたマッチョは、莉奈に手渡された泡立て器で卵白を泡立て始める。
面白い子だと、ここの人達にも思われたに違いない。
「さて、ニンジンが柔らかく茹で上がったら、ザルで濾す」
莉奈は濾し器がないので、ニンジンをザルで濾し始めた。
ミキサーがあったら簡単に出来る。牛乳、卵、ニンジン、バナナ、バターを全部入れて、スイッチオン。超簡単。
「料理長さんは、バナナを濾して貰えますか?」
「ザックだ」
「では、ザックさんお願いします」
難しくはないので、手伝って貰う事にした。
だってコレ。ロッテちゃんが気に入れば、次からはザックさん達が作るのだろうし。
「卵と牛乳も撹拌しておいて貰えますか?」
手空きの料理人に、違う事をお願いした。
「了解」
そう言われた料理人は、莉奈から卵や牛乳を受け取ると、カシャカシャとボウルで混ぜ始めた。
「濾したニンジンに、常温に戻しておいたバターを混ぜて……良く混ざったらバナナを入れて、さらに混ぜる」
ロッテが食べても、口に固形物が当たらない様にしっかりと混ぜる。
このグリグリと混ぜる感覚、好きなんだよね。疲れるけど。
「で、ダマにならない様に混ぜながら、ゆっくりと卵と牛乳の液を入れる」
あ~ミキサーならいっぺんで済むのに!!
「小さい子供が口にするから、この混ぜた物をもう1度ザルで濾す」
ミキサー欲しい!!
莉奈が内心ウンザリしながら、丁寧にザルで濾していると、ザック料理長達から、ため息が漏れた。
「離乳食以上に手間がかかるな」
「大人用なら適当でイイんじゃないですかね?」
「スプーンでザックリと潰せばイイんじゃない?」
アハハ。なんだか勝手に、大人用も作る話になっているよ。
「最後に、ザルでふるった薄力粉を混ぜ、メレンゲを何回かに分けて、空気を潰さない様にザックリと混ぜたら生地の出来上がり」
「へぇ。なるほど、卵白をこんな風に使うんだ」
「ニンジンとバナナを混ぜると、どんな味がするんだろう?」
「粉までふるうのかよ」
「卵白フワフワだけど、すげぇ大変だし」
「うっわ。面倒くさっ!」
料理人の色々な呟きが、背後から聞こえていた。
卵白をガシャガシャと泡立てて、おまけに薄力粉まで丁寧にザルでふるうものだから、ウンザリしている様に見える。
まぁ、お菓子は特にやる工程があるよね。これでも、少ない方である。
「じゃ最後に、耐熱の容器に軽くバターを塗って、生地を半分くらい流し入れたら、オーブンで約20分焼くよ」
説明しながら莉奈は、マフィン生地を入れた横長の耐熱容器をオーブンに入れた。
油を引きたかったけど、食用油が子供に良かったかまで、覚えてなかった。だから、一応バターにした。
「……甘い……イイ香り」
「はぁ。どんな味がするんだろう」
「全然想像がつかないけど、匂いがすでに旨そうだし」
マフィンを焼いていると、厨房には段々と甘い甘い香りが漂い始めた。クッキー程ではないけど、この甘い香り堪らないよね。
待ち遠しいと料理人達が、鼻をスンスンさせている。
「ん~ん~」
ロッテも甘い香りに、気付いたみたいだ。
甘い香りの場所をキョロキョロ探しながら、文字通り指をくわえて待っている。
瞳がキラキラして可愛いけど、ヨダレが溢れて垂れているよ。
母ジュリアは、マフィンを焼いているオーブンに夢中で、まったく気付いていないし……ちょっと、誰かハンカチ!!




