262 変化
――――パチン。
「……っ!? ちょっ……魔法を使うなら、使うって一言 言ってもらえます!?」
急過ぎるくらい急に周りがグラリと歪み、気付いたら中庭ではなかった。そう、瞬間移動である。
後片付けが終わったのを、見計らったフェリクス王はパチンと指を鳴らした。
莉奈に何も言わずシレッと、瞬間移動を使ったのだ。
「相変わらず、酔わねぇのな」
少しだけフラついた莉奈の肩を、支えつつ感心するフェリクス王。
普通なら気分が悪くなって、吐いてもおかしくはない状況だ。なのに、莉奈はフラつくだけ。感心しかない。
「酔うとか酔わないとか、そういう問題じゃない!! 一声掛けろ――――っ!!」
莉奈は叫んだ。
言うなれば……談笑していたら、いきなり "レッツバンジー" と突き落とされた様な気分だ。最悪でしかない。
「ハハハ……っ」
文句を言う莉奈を見て、フェリクス王は愉快そうだった。
◇◇◇
「あれ? 白竜宮?」
笑いながら扉から出て行くフェリクス王に、仕方なく付いて出ると見覚えがあったのだ。
竜には乗らないと言った上で、瞬間移動を使ったから、一気に城下町に飛んで来たのかと思っていた。
「順序があるんだよ」
面倒くせぇが……と言葉尻に聞こえた気がする。
フェリクス王はかったるそうに、ゲオルグ師団長の執務室に向かった。それに、ピョコピョコと付いて行く莉奈。
「……」
そんな莉奈にフェリクス王は、少しだけ驚いていた。
莉奈が付いて来た姿にではない。周りの者達の反応にである。
自分の姿を見た近衛師団兵達は、慌てた様に頭を下げて見せた。これは通常通りの風景だ。
だが、いつもと違う事が1つある。皆は莉奈が一緒にいるのに気付くと、頭を下げたまま少しだけ顔を上げ、小さく手を振っていたのだ。
そして莉奈も、小さく笑いながら手を振って返していた。
今までだったら、絶対にない行動である。ソレを許す者も雰囲気もなかっただろう。
厳格な雰囲気の王城。そこで働く者達。
今までもこれからも、この雰囲気は変わる事はないと思っていた。変化があるなど想像もしなかったのだ。
それが、彼女が現れた瞬間から、一気に柔らかい空気に変化した。
笑い声さえ憚られたこの王城。それが当然であり、そういうモノだと信じて疑わなかった。だが、それを変えたのは、たった1人の少女だった。
政策や制度、そのすべてを変えるつもりはない。変える必要もない。自身が王である限り、これからもないだろう。
だが、莉奈は違う方法で、父達が創ったこの国を "変えられる" と、教えてくれた気がしたのである。
そう思うと、ナゼか無性に莉奈の頭をクシャクシャと、撫で回したい気分に駆られていたのだった。
◇◇◇
ゲオルグ師団長の執務室に着いた莉奈は、頬を膨らませていた。
「……」
「怒るなよ」
結果。フェリクス王は莉奈の頭を撫でくり回していたのだ。
そうなれば、莉奈の頭は色々な意味でグシャグシャだ。
「陛下。女性には常に優しくですよ」
ゲオルグ師団長が、ため息混じりに笑っていた。
莉奈の頭と態度を見れば、何となくだが察したのだ。叩いたのなら痛そうにするし、ふて腐れた様な仕草は見せないだろう。
「お前に、女の扱いを説かれる日が来るとはな」
さすがのフェリクス王も、やり過ぎたとバツが悪かったのだ。
「どうなされましたか?」
ゲオルグ師団長はソファーの上座を促し、王が着席すると自分は末席に座った。
呼びつけるのではなく、来たのだ。緊急ではないが、早急な用事があるのかと、推測する。
「リヨンに……」
行って来る、とフェリクス王は口を開きかけ、困った様に笑っていた。
補佐官のマック=ローレンが淹れてくれた紅茶に、莉奈が砂糖を大量に入れてグリグリと混ぜていたからだ。
それは、自分のではなく……フェリクス王のにである。
もちろん莉奈は、王が甘い物を一切受け付けないのを知っている。それを知った上での所業だ。
ゲオルグ、ローレンは唖然としつつ、ただ黙って見守るしかない。
「たまには、糖分をお摂りになられた方がよろしいですよ? フェリクス陛下?」
莉奈はにっこりと作り笑いをし、紅茶を王の手前に差し出した。
もはや、収拾がつかないくらいに、髪の毛はボサボサである。乙女の頭は、竜の頭とは違う。丁重に扱って欲しい。
「甘んじて受けてやろう」
ティーカップを掴むとその紅茶を、勢いよく飲み干した。
感情に任せてグリグリ撫で回したと、少々反省したらしい。
「……え?」
冗談のつもりだったのに、まさかの一気飲み。莉奈は目を丸くした。
「……酔いが醒める」
フェリクス王は口の中に残る砂糖をジャリジャリと噛み締め、思いっきり顔をしかめていたのだった。




