254 その名も "からあげ"
莉奈はカクテルを作った後、フェリクス王の食事の準備に取り掛かる事にした。
とはいえ、ここ白竜宮では作らないけどね。お酒がたくさんありそうだから、ここでカクテルを作っただけだし。
リック料理長達に、王の食事がいらなくなった事も、伝えなければいけない。
まぁ、伝えなくても余ったら余ったで、誰かの口には入るだろうし、ムダにはならないと思うけど。
「リナ、酒の肴は?」
いつもの銀海宮の厨房に行こうとしたら、ゲオルグ師団長の手が莉奈の肩に乗った。
カクテルだけでなく、何か酒の肴を作って欲しいと。
「チーズでも食べれば?」
聖女じゃなかったけど、何故か日々忙しい莉奈は面倒くさいと手を振り払った。
「作ってくれたら、これをやろう」
ゲオルグはそっけない莉奈にニカッと笑った。
莉奈がそうくるのはお見通しらしく、作って貰おうと魔法鞄からあるモノを取り出して見せた。
「……っ!」
途端に莉奈の瞳がキラリと輝いた。
「貰おうか?」
莉奈は手を出したが……サッと届かない様に、ゲオルグは腕を上に上げた。そんな簡単にはやらんという事みたいだ。
「くれ~くれ~っ!!」
莉奈はピョンピョンうさぎの様に跳ねた。
ゲオルグが魔法鞄から出したのは、紫色の竜の鱗だったのだ。光りに当たれば、キラキラと宝石の様に輝く竜の鱗。莉奈は欲しくて堪らなかった。
「酒の肴は?」
莉奈の食い付きに満面のゲオルグが、さらにニカッと笑った。
「忙しいから、1品で良いなら作りましょう」
「まぁ、それならイイだろう」
ゲオルグは頷くと、莉奈に竜の鱗を渡した。
大きさは手のひらサイズ。大きさ的に顔とか尾の先かな? と予想する。想像していたより、意外に軽かった。
硬くて頑丈。しかも軽量とくれば、武器防具にはもってこいだ。
いざというときに売ろう……とほくそ笑む。
たかが酒の肴に、超レア物の竜の鱗をあげたゲオルグ師団長に、皆は呆気に取られていた。
その1枚で、我々の給料がひと月近く飛ぶんですが? 皆は色々な意味でゴクリと、生唾を飲んでいた。
「コレって……ゲオルグさんの番の?」
ゲオルグの竜が何色か聞いた事はないな、と今さらながら莉奈は思った。
「だな」
「男の子? 女の子?」
「リナのおかげで、今月は出費が嵩んだよ」
アハハと高笑いするゲオルグ。
出費が嵩んだというのだから、どうやらメスの竜の様である。竜騎士達は、突然の痛い出費に泣いているからね。
たまにこうやって、宿舎に落ちている自分の番の鱗を売って、経費に充てる事も出来る様だけど……そうそう落ちてはいないらしい。
「挙げ句、気に入らないと、宿舎に全然帰ってきやしないんだよ。これが。暇な時でいいから俺の竜の宿舎も、改装してくれ」
その駄賃も含んでいるぞ? というニュアンスが言葉に含まれていた。番に言われ、仕方なく改装したらしいが、お気に召さなかった様である。どうやら、もうゲオルグはお手上げらしい。
鳴り笛で呼べば来るから、近くには待機している様子なのだそう。だが、部屋にはまったく寄り付かないとか。どんな部屋にしたのやら。
「時間があった時に、改装してみますよ」
「頼むわ」
そう言って苦笑いしていた。
その事で余程、疲れている様子である。
「ちなみに、名前は付けたんですか?」
メスの番を持っているともれなく、シュゼル皇子の竜みたいに名を付けろとねだる竜もいる。莉奈はまだ竜に名前は付けていないが、付けてと言われている以上、そのうち付けてあげる予定。
「 "からあげ" 」
「………は?」
「いやな? 1度、からあげって付けたんだよ」
「……」
「そうしたらな、尾でビンタを喰らいそうになってな、ヤメた」
ゲオルグは何が可笑しいのか、アハハと高笑いした。
竜のビンタは、殺人級の破壊力に違いない。
ナゼ、からあげにしたし。
帰って来ないの、それが原因じゃないのかな?
"からあげ" は食べ物の名であって、生き物に付ける名前じゃないと思う。
アレ? でも近所に住んでたお爺さん、インコに "焼き鳥" って付けてたな……。
なんでもアリなのか?




