243 末っ子エギエディルス皇子
「大丈夫……なん……でしょうけど」
莉奈が呆気にとられている間にも、フェリクス王は弟を連れて、大空に溶けて行ってしまった。
鞍も何も着けずに竜に乗れるのもスゴいけど、さらにエギエディルス皇子を乗せて……何からツッコんだらイイのかが分からない。
「エドは何故、番を持てないんですかね?」
莉奈は疑問をシュゼル皇子にぶつけてみた。
気のせいでなければ、エギエディルス皇子は竜に好かれている。なら、後は何が足らないのだろう。
「あなたに子供がいたとして、我が子に危険な事をさせたいですか?」
莉奈の質問に質問で返してきたシュゼル皇子。
だが、それで少し答えが分かった気がした。
「好かれ過ぎているんですね」
王竜の後に続く様に、近くにいた竜も何頭か付いて行った。それを見て莉奈は確信した。あれは、王竜に従えて行ったのではなく、エギエディルス皇子が心配で付いて行ったのだと。
彼は嫌われてると勘違いしている様だったが、実は真逆。竜に好かれに好かれてしまっていて、危険な事に首をツッコませないために、竜達は乗せないと決めているのではないのだろうか。
確かに自分も可愛い弟に、竜に乗って戦地みたいな所に行っては欲しくない。
「エディは、それこそ赤子の頃から父や兄に連れられ、ココに来ていますからね。竜達にとっても我が子同然。大切な存在なのですよ」
シュゼル皇子は、優しく微笑んでいた。
実際、竜の子だったら多少厳しくしても何でもない事が、人であるエギエディルス皇子には大事である。
竜は竜なりに、彼を慈しみ大切に想っての決断らしかった。
「お父……皇帝陛下もエドを大切に?」
莉奈は少し緊張しながらも、禁忌に触れてみた。
父や兄と言った。兄のフェリクス王は、エギエディルス皇子を大事にしているのは知っている。でも父は知らない。
ここに連れて来るのなら、良好な関係な気がする。嫌いな我が子を連れては来ないだろう。
ラナ女官長に1度だけ、訊いた事はあったけど、詳しくは教えてくれなかった。
ラナ自身が詳しく知らないのか、御法度の話なので言えないのかは分からない。禁忌だとしたら詳しく聞くのは、さすがの莉奈でも憚られたのだ。
だけど、気にならない訳ではない。
「えぇ。エギエディルス "だけ" ……ね?」
シュゼル皇子は意味ありげに、鼻先に人指し指をあてフフッと微笑んでいた。
"だけ"
実に意味深だ。そのままの意味なのか、他に意味があるのか……。その言葉のままだとしたら、フェリクス王、シュゼル皇子は父の皇帝に嫌われていた事になる。
何故、嫌われていたのか。自分より優れていたから? 粛清を求められていたから? 理由は分からない。だが、それ以上は踏み込めない。訊いてイイ話なのかも分からないのだ。
「あの人は……エギエディルスを、次期皇帝に据える予定でした」
「え……? エドを?」
「それに激昂した兄上が、父の皇帝を暗殺した……という噂もあるそうですよ?」
莉奈が黙り込んでいると、シュゼル皇子は小さく、そして面白そうに呟いた。莉奈だけに聞こえる大きさで、独り言でも言うかの様に話してくれたのである。
表情こそニコリと微笑んでいるが、その声はなんの感情も含んではいなかった。
ラナは前皇帝の悪政に、フェリクス王が苦汁を飲んで手を下した様な話をしていた。でも実際、皇帝殺害に関与したのか、皇帝が暗殺されたのかも定かではない。
「噂は信じませんよ」
莉奈はため息を1つ吐くと、強くハッキリと言った。
人の耳を介せば、その耳を介した人達の感情や思いがそこに入って回る。過少も過大も付いてくる。もちろん、ない事実さえも。
「何故ですか?」
「だって、その噂が真実なら、私も聖女でなければなりません」
「……」
「噂は所詮、噂。私は自分で見聞きしたモノしか信じません」
文献に記述されていたモノ、あれも過去の人間の一種の噂みたいなモノだ。でも結局、事実ではなかった。あれが真実だったのなら、私が【聖女】であるか、私以外の誰かが召喚されていたに違いない。
噂なんて所詮噂でしかない。自分の見聞きした事を信じるべきだと思う。当事者でもない無責任な人間の噂なんて、SNSの様なネットで踊らされるのと同じだ。
確証や根拠のない噂話で、人が傷つく事もあるからね。現に確証もない文献で私は喚ばれ、それなりに傷ついた訳だし……。
莉奈がそう言うと、シュゼル皇子は満足そうに微笑んだ。莉奈の言った言葉は、シュゼル皇子のお気に召す様な答えだったらしい。
――――怖い。
莉奈は身体がビクリと硬直した。その微笑みにビクリとしたのではない。シュゼル皇子が莉奈の頭を、優しく優しく撫でていたからである。
―――怖過ぎる。
大変良く出来ました。
……って事なのかもしれない。―――が、裏を返せば、もし答えが間違いだった時どうなっていたのか。それを考えると恐ろしくて怖い。
莉奈は撫でられながら、頬がヒクヒクとひきつるのであった。




