190 王竜の答え
「女とは―――」
王竜が莉奈を見据え、ゆっくりゆっくり口を開き始めた。
「女とは?」
「尊く大切なモノだと、我を初めて従えた男が言ったからだ」
初めて王竜を従えた人が、女性は尊く美しい大切な護るべく存在だと竜達に伝えたと……王竜は言った。
男が戦い、女は護るべき存在だと……。
大切なモノ故に、危険もある自分達の背には乗せられない。だから、女性の番は持たぬと決め今に至るらしかった。
男尊女卑や男女差別ではなく、先人と竜達の優しさから生まれた決め事だった。
「女性にだって、戦ってでも護りたいモノはある」
莉奈は王竜の言葉を重く受け止めた後、口を開いて自分の思いを伝える。むしろ、女性の方が何かを護るべく、戦いたいと思う気持ちは強い。
自分を捨ててでも、子を護りたいと思う母親の想いは、何物にも代えられないだろう。
「尊ぶ事は良い事だと思うけど、何かを護りたいと思う気持ちに男も女も関係ない」
「……」
「竜の背に跨がり、何かを護りたいと願う者がいたら……そこに性の差別などなく、乗せても良いと思った竜は乗せるべきだと思う」
「先の人の思いは忘れよ……と?」
王竜の目が細くなり声が低くなった。
遠い昔。先の人との約束事だ。それを今、撤回しろと莉奈が言っているのだ。憤りを感じてもおかしくはないだろう。長い年月護った掟。それだけその人に、思いがあるのだから……。
「忘れる必要なんてない。むしろ有り難い事だと尊重する。だけど……女を理由に背に乗せないなんて差別でしかない。女性が尊いなんて言うのなら、竜も男のみが番を見つけるべきじゃないの?」
真珠姫は女性……メスだ。なのにシュゼル皇子という番を見つけ、その背に乗せている。
なにを以て、女性は尊いというのか? 背に乗せないだけで大切だというのは、何かが違う気がするし納得がいかない。
「……」
王竜は黙り込んだ。
怒って黙り込んだのか呆れているのか、さだかではない。
「護り方なんて、人も竜もそれぞれ。王が命で決めるのではなく、竜が人を見て……見極めて選べばいい」
竜と人の信頼関係は、男も女も変わりなく築けるハズ。
「……」
王竜は目を瞑り押し黙り、広場には王竜の答えを待つ者達の、静かな息づかいだけが聞こえた。
誰もが察していた。そこにいる少女が、今何かを変えようとしている。それを感じ取り、息さえも出来ない程に心までもが緊張していたのだ。
「リナ……お前は、何かを護るために我等に乗りたいか?」
王竜はゆっくりと目を開け、莉奈に問う。
「竜に乗る事で、護れるモノがあるなら乗りたいと思う」
竜に乗るだけでは、何も護れないだろう。
竜に乗って自分が出来る事など限られている。それを知り、やっと何かを護れるのだと思う。
あの時……竜に乗る事で、大切な家族を護れていたのだったら、私は間違いなく乗っていただろう。
「……そうか」
そう言って、王竜は再び目を瞑った。
王竜は莉奈の言葉に、何を思う。
どのくらい経ったか王竜はゆっくり目を開け、空を仰ぐ―――
―――グオォォォォ――――ッ!!!!
王竜は仰いだ空に向かって、喉を震わせ低い低い咆哮を上げた。
それは、耳の奥、頭の奥を震わせる程の振動だった。身体の中が震える、異様な感覚。ビリビリと細かい振動が、身体中を駆け巡っていた。
莉奈はあまりの事に驚愕し、エギエディルス皇子を護る様に引き寄せた。そして、その反動で起きた地響き地鳴りの治まるのを、ただただ待つしかなかった。
一体何が起きたのかが、分からなかったのだ。
「――何が起きてやがる」
咆哮によろける莉奈の身体を、誰かが咄嗟に支えてくれていた。
頭の上からその声が聞こえた時、すでに誰かの広くて厚い胸に包まれていたのだ。
「フェル兄」
エギエディルス皇子の声に、莉奈は我に返った。
誰かの胸……それはフェリクス王の腕の中にいた様だった。
「一体なんの騒ぎだ」
王竜の咆哮にいち早く気付いたフェリクス王は、瞬間移動を発動してここに飛んで来てくれたのである。
「じきに分かる」
いつの間にか咆哮を止めていた王竜は、実に愉快そうに意味ありげに莉奈を見ていた。
「あ゛?」
フェリクス王は、勿体ぶる王竜を訝しげに見た後、腕の中に小さく収まる莉奈を見た。どういう事か、全く理解が出来なかったのだ。
説明を求めて見たものの、莉奈はこめかみを押さえていた。
莉奈は、フェリクス王の腕の中にいる恥ずかしさは、完全に吹っ飛んでいた。王竜の突然の咆哮に、耳と頭がグワングワンとしていて、耳鳴りやら小さな頭痛がしていて、それどころではなかった。
「――おい?」
フェリクス王は、原因が莉奈にあるのを理解した。
だが、説明を聞くのは後回しにする。弟は平気そうだが、莉奈は調子が悪そうな表情をしているからだ。心配そうに声を掛けた。
「リナ……大丈夫かよ?」
それには、エギエディルス皇子も心配そうに声を掛けていた。
近衛師団の人達も耳や頭を押さえてはいるが、1番近くにいた上に、全く慣れていない彼女の方が心配だったのだ。
「……ダイジョバナイ」
咆哮を上げるなら上げると、一声掛けて欲しい。
そうしたら何かで、せめて耳を押さえられたのに。
「「大丈夫そうだな」」
相変わらずそうの莉奈に、フェリクス兄弟は目を見合わせ小さく笑っていた。




