181 カクテル作りは楽しい
ブラックベリーのミルクジュースは、さっき白竜宮でエギエディルス皇子のために作ったククベリーの苺バージョン。ククベリーをブラックベリーに変えただけ。
カクテルは、ものスゴく簡単な物にした。フェリクス王をあまり待たせてはいけないし……面倒くさいし。
「なんていうカクテル作るんだ?」
酒呑みには気になるのか、リック料理長達が少し復活し周りに集まり始めた。モニカは怖いくらい目がランランとしはじめたけど……。
「さて、なんでしょう?」
莉奈は面白そうに笑った。
すぐに教えては面白くないから、まだ教えない。
さてと……グラスの中で混ぜてもいいけど、シュゼル皇子の分も作るから大きめなグラスを用意する。
「氷を用意しました」
すでに1回見ていた料理人達は、莉奈が次に何を必要としているのかを察し、魔法を使い素早くボウルに小さい氷を用意してくれていた。
「ありがとう……ございます?」
至れり尽くせりにされると、なんか逆にやりづらい。たぶんだけど下心ありますよね? 敬語だし。
「ベースは何?」
マテウス副料理長がワクワクした表情で訊いてきた。
"ベース" って訊く辺りカクテルが身に付いてきた証拠だ。莉奈は小さく笑った。
「アマレットとウォッカかな?」
アマレットはアーモンド風味の甘口のお酒だけど、ものは試しに王にも出してみようと思う。
気に入らなければ、仕方がないよね?
莉奈は大きなグラスに、ハーリス産のウイスキーを入れ、アマレットを注ぐ。お酒も2種類しか使わないから簡単に出来る。
割合は? って訊かれそうなので、分量は口に出して作る事にした。
「ウイスキーが3、アマレットが1の分量で混ぜれば出来上がり」
カランカランと細長いスプーンで混ぜ、まずはカクテルが1つ出来上がった。琥珀色でキレイなカクテルだ。
「グラスは何にしますか?」
どんなグラスに注ごうか考える間もなく、料理人が色んな種類のグラスを、ズラリとトレイに並べて差し出した。
何この……怖いくらいの対応。
若干引きながら、トレイに載ったグラスを見てみた。円柱、逆三角形、高さが違ったり太さが違ったり様々な形のグラスが並んでいた。グラスもお皿も種類が増えた様だ。
「んじゃ、このオールドファッションド・グラスを貰おうかな」
ナゼか自分が作っている時だけは、大抵の料理人が敬語になる。そんな皆に苦笑いしつつ、莉奈は円柱形の良くあるグラスを選んだ。ブランデーとかロックで飲むグラスである。
そのグラスに少し大きめの氷を1つ入れて注げば完成。
「それ、なんていうカクテルなの?」
元気になったラナ女官長が、莉奈の肩を軽く突っついた。気になるらしい。皆も目が教えてくれと訴えていた。
「ゴッドファーザー」
スゴいネーミング過ぎて、莉奈も言いながら笑っていた。
「「「ゴッド……ファーザー!?」」」
大層なネーミングに皆は目を丸くしていた。簡単に出来るのに名称はものスゴい偉そうである。
生唾を飲み込みながらマジマジと見ている皆を横目に、莉奈はそれをさっさと魔法鞄にしまうと、次のカクテルの作業に移る。
「次は……ウォッカ2、アマレット1で混ぜる」
これも2種類のお酒しか使わないから、簡単に出来る。
お酒を大きなグラスでカラカラと混ぜ、同じ形のグラスに注げば完成。色はさっきのゴッドファーザーより薄い色。黄色に近い茶で鼈甲色が近いかも。
「それは?」
今度は、目をキラキラさせたマテウス副料理長が訊いてきた。
新しいカクテルへの興味が勝り、もうフェリクス王への恐怖は払拭されたのかもしれない。
「ファーザーとくれば?」
と、莉奈が面白そうに訊けば
「「「マザー!!」」」
と実に楽しそうな答えが返ってきた。
何が父で何が母なのか良く分からないが、面白いから覚えているカクテルがコレ。アマレットを使うからどちらも甘口のカクテル。
多分甘くてフェリクス王には不満が残るだろうから、辛口のカクテルも保険で作っておくけど……。
莉奈がまた作業を始めたので、皆は胸を躍らせていた。新しいカクテルは見ていても楽しかったのだ。
晩酌のレパートリーが増えて嬉しいのだろう。
「オリーブ用意しといて?」
莉奈は最後のカクテルを作るために用意をしておいて貰う。
「了解!」
実に良い返事だ。だけど、結局は後で誰が何を飲むかでモメるに違いない。
「これはウォッカ1、ドライ・ベルモット5で作ります」
教える時って、ナゼか自分も敬語になりがちだから笑ってしまった。
お酒は飲めないからつまらないけど、作るのは面白い。科学の実験でもしているみたいで、カラカラ混ぜるのが好き。
濃度の違うお酒やジュースが、ユラユラとゆっくり混ざる様子を見ているのも面白い。色や濃度の層が目に見えると楽しかったのだ。
「グラスはどうしますか!」
もはや敬語になっている料理人に笑うしかない。
「カクテルグラスがあるからソレにする」
料理人がトレイに載せて見せてくれたグラスの中に、カクテルの定番で持ち手の細い逆三角形のグラスがあったのだ。
シュゼル皇子はこれに、ポーションを注いで良く飲んでいたらしい。
……ポーションすら優雅に飲むのかあの人。
カクテルピン代わりに、小さいフォークにオリーブを刺し先に入れておく。そこに出来たカクテルを注いで最後のカクテルが完成した。
1番オシャレで可愛いらしい。オールドファッションドグラスは渋めだけど、カクテルグラスは見た目もオシャレだ。
「スゴい……可愛い……」
モニカが目を輝かせていた。獲物をロックオンでもした様だった。
「この間のと違ってこれも、オシャレで可愛いらしいわね」
ラナ女官長も頬に手をあて、うっとりとしている。女性はやはりこういうグラスの方が好みらしい。
「そのカクテルの名前は?」
リック料理長が、そんな奥さんに苦笑いしながら訊いた。
「ウォッカ・マティーニ」
そう……これもマティーニの1種。マティーニはカクテルの "王様" というだけあって本当に種類が豊富。
何々マティーニとか付いているのが、やたら多いカクテルなのである。
「へぇ~マティーニ」
リック料理長が顎を撫でながら、口端を緩めていた。
リック料理長は辛口のマティーニに興味がある様だった。
「じゃ、陛下に持ってくけど……その間に残ったじゃがいものベーコンチーズ、早くジャンケンして決めといた方がイイんじゃない? たぶん警備の兵とか来ちゃうよ?」
食堂にドカリと座った超不機嫌なフェリクス王がいるから、先程から来た警備・警護……いわゆる衛兵達がビックリして慌てて逃げて行くけど。王が去れば一斉に雪崩込んで来るに違いない。
今さら、皇子2人やイベールはジャンケンに参加しないだろうし、早く決めないと警備兵のアンナ辺りが騒ぎだす。
「そうだった!!」
「リナ……後は任せた!」
「俺達はジャンケンをする!」
呆れるくらい潔く自分に丸投げするリック料理長達に、莉奈は笑いなからハイハイと頷いた。
そして、大分待たせてしまったフェリクス王の元に向かうのであった。




