175 甘~い誘惑、苺バター
ガーリックバターと苺バターが完成すると、焼き上がったパンと茹で上がったじゃがいもを、皆で取り囲みそれぞれ好きな方を選んでいた。
ちなみに、私はバゲットのパンの端が好き。食パンではないから耳とはいわないけど、端っこが香ばしくて好きだった。だから、端っこだけを頂く事にする。
「リナ……なんで端っこばかり取ってるんだ?」
マテウス副料理長が、リナの取り皿を見て眉をひそめた。バゲットの端が2・3個のってるが、それ以外がのっていないからだ。
「なんでって端っこが好きだから?」
逆に中のふわふわの部分が好きで、耳を残す人もいるが、私はパンの耳が好き。
「珍しいな。このパンも端っこが好きだったのか?」
マテウス副料理長は驚きを隠せなかった。
中の柔らかい部分をほじって食べる人は見た事はあるが、固い端をわざわざ選んで食べる人は初めてだったのだ。まぁ、元々が固いパンだから、そうせざるを得なかったともいうが。
マテウス副料理長は莉奈が料理を作るきっかけになった、石の様な例のパンを棚から1つ出した。
「それは、石」
莉奈はそれを見つつ、パクリと柔らかいパンを口にした。
バゲットもどきのパンも放っておけば固くはなるが、そのパンは別次元の固さだ。歯が欠ける。
「ぷっ……確かに……石……だな」
マテウス副料理長はアハハと笑いながらパンを棚に戻した。確かに固くて食べられた物ではなかった。
ただ、スープに浸けると適度に柔らかくなって、カリカリとした食感が好きな人もいる。だから、まだ作って置いてあるのだ。
賽の目に切って、莉奈が "クルトン" と言ってスープにのせて食べた事から、好む人が増えたのだ。
◇◇◇
「はぁ……苺バター……甘くて美味しいわね」
苺バターののったパンに、ラナ女官長がカブリつくと頬を緩ませた。新鮮なブラックベリーの香りが鼻を抜ける。その後に甘さと酸味が続いて、絶妙なハーモニーを奏で出すのだ。
ジャムとは全く違って美味しいのである。
「ククベリーで作っても美味しいかも」
莉奈は苺バターをタップリのせて、パンにガブリとカブリついた。やった事はないけど、同じ様な酸味を持つ果実なら、きっと美味しいに違いない。
「ガーリックバターうんまっ!!」
男性達は一様にガーリックバターをのせて、パンにカブリついていた。ニンニクの香りがまた食欲をそそるのだ。
もれなくニンニク臭くなるけどね。今日、明日くらい皆はニンニク臭いだろう。
皆で食べてしまえば、臭さも気にならないかもしれない。
莉奈はぱくりと最後の1欠片を口に頬張ると、何気なく厨房から食堂に繋がる小窓を見た。
「…………っ!?」
人の顔が見えた様に感じ莉奈はバッと、もう1度小窓を見る。
たまに、警備兵……衛兵達が休憩しにここに来て、覗いている事がある。一瞬そういう人達かな……と思ったのだが違った。
「お……お疲れ様です」
妙に緊張するのは何故だろう。氷の執事様イベールが静かに佇んでいた。すみません……音もなく立っていないでくれます?
「陛下や殿下にお出しするのが、先ではありませんか?」
絶対零度の声が厨房に響いた。
「「「……うぐっ」」」
リック料理長達の時が止まった。予期せぬ執事イベールの登場に、ゲホゲホと噎せかえっている人もいた。
「味見ですよ "味・見"」
モグモグと食べ終えた莉奈は、凍りついた空気もモノともせずニコリと微笑み返していた。
……さすが、リナ!!
リック料理長達は、莉奈の咄嗟の返しに尊敬の眼差しさえ向けていた。自分達だったら、真っ先に平謝りだ。
「…………」
それを信じる訳もなく、イベールの凍てつく視線が莉奈だけでなく、皆に突き刺さっていた。
「苺バターとガーリックバターです。毒見も兼ねてイベールさんもお召し上がり下さい」
莉奈には、そんな視線など効かないらしい。
さくさくと味見の準備をすると、苺バターとガーリックバターを塗ったパンを小窓から差し出した。
勿論、食べやすい様に一口サイズにしてある。
「…………」
何か言いたそうに一瞬だけピクリと眉を動かすと、何故か横を向いた。
「それが、苺バターとガーリックバターですか?」
執事イベールの横からひょいと、シュゼル皇子が顔を出した。殿下が来たのに気付いて、イベールは横を向いた様だった。
「……っ!」
これには莉奈だけでなく、リック料理長達も驚く。
莉奈が料理を作る様になり、シュゼル皇子が厨房や食堂に来る事もしばしばあるのだが、こうやってひょっこり現れるとやはりドキッとするのだ。
「えっと……こちらでお召し上がりになりますか?」
待ちきれなかった……と莉奈は予想する。大人しく自分の執務室で待っていられなかったのだろう。
「ありがとうございます」
シュゼル皇子がぱぁっと、笑顔と言う花を咲かせた。
……眩し~~っい!!
「俺にもくれ!!」
シュゼル皇子の脇にいたエギエディルス皇子も、主張する様に元気良く片手を挙げ、ぴょこぴょことジャンプしていた。
……可愛い過ぎる!!
その気はないのだろうけど、アザと過ぎるんですけど?
それはともかくとして、彼がここにいる……という事は、魔法省長官のタールに、あの芋虫は渡して来たのだろう。
「用意して持って行くから、そっちで座って待ってて……イベールさんもご一緒にお待ち下さい」
持っていくまで待てなかった2人の皇子とイベールに、莉奈は笑いつつ食堂のテーブルで待つように促した。
どうせなら、じゃがいもでガーリックバターは食べて貰いたいしね。
「この味見用、食っていいか?」
とイベール用に出した、2種類のバターがのったパンを指差した。どうやら待てないらしい。
「いいよ」
苦笑いしつつイベールをチラリと見たら、エギエディルス皇子に差し出そうとした素振りが見て取れたので頷いた。
イベールのは味見とは別に、用意するから良いだろう。
「やった……って、シュゼ兄!!」
喜ぶのも束の間、エギエディルス皇子の脇から兄が、優雅にダンスでもするかの如く素早く1つ掠め取っていた。
「2つあるのですから、もちろん1つずつですよね?」
満面の笑みだが、その手にはしっかり苺バターのパンが……。
「はぁ~~!?」
何の了承もなく、奪い取られた形の弟は納得のいかない声を上げていた。1つあげる事に異論はないが、先に取られると何故か釈然としない。
しかも、兄はちゃっかりと、自分の食べたい甘い方の苺バターを手に取っていた。
「はぁぁぁ~~っ?」
なんだか納得のいかないエギエディルス皇子は、もう1度不満の声を上げたのであった。




