171 何も聞かなかった事にした
「リナ?」
莉奈がキャリオン・クローラーを視たままフリーズしたので、心配になったゲオルグ師団長が声を掛けた。
【心臓】
1度乾燥させて焼くと、舌や身体がピリピリとして珍味である。
莉奈は思わず【検索】を掛けて視て、さらにドン引きしていた。
……舌や身体がピリピリ?
え? それ毒じゃね?
「リナ?」
莉奈が若干青ざめていたので、シュゼル皇子が顔の前に手を左右に振った。意識をこちらに戻すためだ。
「芋虫食べます?」
「……は?」
「芋虫……キャリオンちゃん」
「「「…………」」」
莉奈が呆然としながら呟いた。だが、その言葉にすべてを察した皆は、顔面蒼白になったり顔をひきつらせたりしていた。
「……た……食べられるのか?」
ゲオルグ師団長が顔をヒクヒクとしながら訊いた。まさか食べられるなんて想像もしていなかった。
キャリオン・クローラーは毒を持つ魔物……とかいう以前に見た目が気持ち悪くて無理だからだ。
冗談であって欲しいと願わなくもない。
「心臓なら……食べられるみたいですよ?」
「「「…………」」」
「なんか……身体がピリピリするみたいですけど……」
「「え? 毒じゃね?」」
竜騎士団の人達がボソリと漏らした。鑑定をした莉奈でさえそう思うのだから、皆もそう思うのだろう。だが、食えると表記されている。
"心臓" だけは毒が薄いのか食べられるのだろう。私は食べたくないけど!!
「乾燥して焼けば食べられるみたいですから……陛下是非酒の肴に――」
「棄てておけ」
「え……でも」
「棄てておけ」
莉奈が冗談半分、本気半分で言えば、即答で廃棄しろとの声が掛かった。
良く分からないがコノワタ的な珍味なのでは? と勝手に予想してみたのだが、王はお試しでも食べたくないみたいだ。もう1度確認しようとしたら、ふざけんな的な表情をして睨み返してきた。
「……えっと?」
と弟皇子やゲオルグ師団長にも、一応お伺いを立ててみたけど……力強く首を横にブンブンと振った。外見がイヤなのか? 毒がイヤなのかは分からない。
「誰得なんだよ」
エギエディルス皇子がブツブツ言っていた。
確かに死にはしないけど、ピリピリする食べ物誰得なんだろう?
美味しいとは表記されていないから、特別美味しい訳ではなさそうだし……。
まぁでも、1度ハマったらクセになって中毒になるのかもしれない。私は食べたくないけど。
◇◇◇
「……なるほど……ポーションに血を混ぜると解毒薬に」
改めて莉奈が鑑定した内容をそのまま伝えると、シュゼル皇子は初めて知った事実に大きく頷いていた。
血そのものだと毒だが、ポーションと混ぜれば解毒薬になるとは想像もしていなかったのだ。
ちなみに心臓の珍味の事は、皆の心の中からキレイさっぱりと廃棄している。聞かなかった事にするつもりらしい。
「割合」
フェリクス王が莉奈をチラリと見た。混ぜると一概にいっても分量があるからだ。なんでもかんでも混ぜれば完成する訳ではない。
調べろという事だと察して、莉奈は詳しく調べるため今度は【解毒薬】のところに、さっき思わず使った【検索】をかけて視た。
【麻痺毒用解毒薬】
キャリオン・クローラーの血で生成可能。
血2、ポーション8。
〈用途〉
飲料または、傷口にかける。
麻痺毒に効く。
〈その他〉
飲料水。
飲用した方が効果あり。
「血が2、ポーション8みたいです」
視たままを、フェリクス王達に伝えた。ついでに飲んだ方が効き目が良い事も伝えておく。私は絶対に、芋虫の血なんて飲みたくはないけど。
「エギエディルス」
「ヴィルに伝えとけばいいんだろ? ついでにこの芋虫も持ってっとく」
兄王に言われなくとも、言わんとしている事が分かったのか大きく頷くと、芋虫の魔物ことキャリオン・クローラーを少しだけふらつきながら魔法鞄にしまった。
素手で触れるのかよ!!
エドくん……キミ……顔に似合わずワイルドなんだね。
莉奈がドン引きしている事など、まったく知らないエギエディルス皇子は、しまった後に手はしっかりと浄化魔法でキレイにしていた。
魔法で浄化しようが何しようが、手は石鹸を使ってちゃんと洗って欲しい……と思うのは私だけだろうか?
それはともかくとして、魔法鞄に出し入れする時って魔法のおかげなのか重さを余り感じないんだよね。
どの程度まで感じないのか試してみたい……と思う莉奈だった。
「そうそう、リナ。ゲオルグ達が渡したい物があるらしいですよ?」
エギエディルス皇子が、芋虫の魔物をしまったところで、シュゼル皇子がポンと手を軽く叩きニコリと微笑んだ。
「え? 渡したい物?」
まさか……ポーション? 何かあるたびにポーションをくれるゲオルグ師団長の事だ、期待しないに限る。
「ハハハ! そんな怪訝そうな顔をするな、リナ嬢」
莉奈が何かを察して、眉をひそめたのを見たゲオルグ師団長は豪快に笑った。
……リナ "嬢"。
莉奈は何度言っても "君 " とか "嬢 " を付けたがるゲオルグ師団長に物を申すのはヤメる事にした。
「そうですよ、リナ。とても良い物をとって来て貰ったのですよ?」
シュゼル皇子が、ほのほのと言った。
とって来て貰った……というのだから、シュゼル皇子がこの人達に頼んだという事なのか。
「だから、んな遅かったのかよ」
エギエディルス皇子が、呆れていた。
早朝から討伐に出向いたハズなのに、昼過ぎまでかかっていたのはそういう訳らしい。
次兄が何かを頼んだお陰で時間をくった様である。莉奈はてっきり、ロックバードが見つからないのか、捕りすぎているのかと思っていた。
「外に行くついでですよ?」
悪びれた様子もなく、ほのほのしている。
王命を受けた【竜騎士団】の私的な使用、職権乱用とか……いいんですかね?
……とフェリクス王を見たら、シュゼル皇子の頭にパシりと1つ平手が落ちていた。
それで、済むんか――い!!
普通、罰があると思うんですけど?
仲がよろし過ぎる王兄弟に、思わずツッコミを入れていた。
「何をとらせて来たんだよ?」
いつも通りなのか、気にもしないエギエディルス皇子が何事もなかった様にして訊いた。
そうか、これも平常運転なのか……と莉奈はさらに呆れていた。
「ゲオルグ」
とシュゼル皇子が指示をすれば、魔法鞄から新たに何かを取り出し、次々と積み上げた。
「ん?」
莉奈は遠くからは良く見えないので、ゆっくりと近付いた。どうやら生き物系ではない様である。"とって" 来ただけでは "採って" 来たのか "捕って" 来たのかが、全然分からなかったからだ。
近付いて良く見れば、藤の籠には、なにやら赤黒い実だか果実だかが、沢山入っていた。
「なんですか? これ」
鑑定してしまえば1発で分かるが、莉奈は眼が疲れるし面倒なので訊いて済む事に【鑑定】を使わない事にしている。
「ブラックベリーといって "苺" の一種です」
いつの間にか、隣に来ていたシュゼル皇子がニッコリと微笑んだ。苺の一種というのだから、色々な種類の苺があるのだろう。
言われて良く見ると、粒は少し大きめ5センチ程はあるし、やけに黒いけど苺である。
赤い苺に慣れているから、違和感が半端ないけど。
「……美味しいんですか?」
「大変美味しいですよ?」
とシュゼル皇子は毒味代わりに1つ摘まむと、一口食べて見せた。さすがに1粒が大きいから、一口では頬張らない。
「どれどれ」
そこまでさせといて、自分は後で鑑定してから……とは言える訳もなく、同じく1つ摘まんで食べてみる。
……モグモグ。
……んんっ!! 味が濃い!!
1粒数千円はする様な、高級な苺の味がする。
食べた事はないけど!
スーパーとかで売っているお手軽な苺の味ではなくて、しっかり濃い味がしてほどよい良い甘さの苺だった。上に練乳とか砂糖がいらないくらい甘くて美味しい。
あ~。これで作る苺タルト、ショートケーキ、クレープ、ジャム最高じゃ――――。
――――刺さる様な視線を感じ、ふとシュゼル皇子を見てみたら、ものスゴく熱い視線を自分に向けていた。
「…………」
見なければ良かった。熱過ぎて顔が焼けそうなんですけど。
……はいはい……そういう事ですよね?
つ・く・れ・って事かな?
シュゼル皇子は、絶っっっっ対にそのつもりでコレを採らせに行かせたに違いない。断言出来る。




