168 ククベリーのミルクジュース
剣の稽古か、はたまたシゴキなのか、帰って来た2人を見て、莉奈は顔をひきつらせていた。
果たしてあれは、帰って来たと言っていいものなのだろうか? 兄王の左脇に弟が俵の様に抱えられているし。
グッタリしているのか、ピクリともしないエギエディルス皇子。
「え……っと? 大丈夫なんですか?」
小脇に抱えられた彼を見て、心配になり訊いた莉奈。息はしている様だが反応が薄い。ケガはないみたいだけど……コレ、大丈夫なのかな?
「問題ねぇよ」
とフェリクス王は弟を床にドサリと下ろすと、近くの椅子にゆったりと座った。大丈夫かと訊いたつもりなのだが、問題ないって返答があるのかな? グッタリしてますけど?
「エド……大丈夫?」
まったく起き上がる様子のないエギエディルス皇子の頬を、莉奈はしゃがんで指でツンツンと突っついてみた。
「……身体中が痛ぇ」
ピクリと微かに動いたエギエディルス皇子は、うつ伏せのままボソボソと小さな声を漏らした。相当シゴかれた様だった。
「ポーション飲む?」
なんだか可哀想になり魔法鞄からポーションを出した。筋肉痛に効くかしらんけど。
「いらねぇ」
ヨレヨレと立ち上がると、ふらつきながら兄王とは違うテーブルの椅子に、突っ伏して座った。
息も絶え絶えというより、疲れきってぐったりの様である。
「なんか……甘い飲み物でも作ろうか?」
おやつ的な物より、まずは水分補給かな……と。
「……」
エギエディルス皇子は少しだけ顔を上げると、返事の代わりにキラキラした目で訴えていた。
……ぐはっ!! 可愛い過ぎるんですけど!?
「んじゃ、ちょっと待ってて」
萌え萌えした莉奈は、可愛い彼のために何か作ろうと、厨房に向かった……のだが、その背に1つ、声が掛かった。
「俺にはエール」
振り返れば優雅に脚を組んでいる、フェリクス王だった。
なんで、当然の様にお酒なんか、要求するのかな?
「寝言は寝てからおっしゃって下さい」
莉奈は、王の要求をガン無視しスタスタと厨房に消えた。途端にフェリクス王は、俯いて肩を震わせ始めた。
あれはきっと、私がどうでるのかわざと言ったに違いない。エールが出たら出たでラッキーくらいな気分なのだろう。
遊ばれている……そう思うと腑に落ちない。
「「「……っ!?」」」
莉奈のその返答に、料理人達は顔面蒼白で鯉の様に、口がパクパクしていた。
王宮の料理人達は、莉奈の無礼や不敬など慣れてはきたが、初めて見た軍部の料理人達はガクブルものであった。
◇◇◇
「何を作るんだ?」
莉奈が作り始めれば、誰ともなく大抵こう訊いてくる。恒例行事といってもいい。
「ククベリーのミルクジュース」
「ミルクジュース?」
サイルが莉奈の作業を見ながら、さらに訊いてきた。
「ククベリーと牛乳を混ぜただけの物」
こういうとなんか、素っ気なくて美味しくなさそうだ。莉奈は自分で説明しながら苦笑いしていた。
「材料は?」
「ククベリー・牛乳・砂糖・好みでハチミツを入れるだけ」
ククベリーは少しだけ潰して、後は全部入れて混ぜて冷やすだけ。果物を替えればバリエーションが増える。
エギエディルス皇子は、ものスゴく疲れているだろうから、甘酸っぱい方がいいかなと、ククベリーにしてみた。
もちろん、バナナとかイチゴでも美味しい。
「リナ……魔法鞄に食べ物入っているのかよ」
ククベリーや砂糖・ハチミツが、魔法鞄から出てくるとは想像していなかったのか、驚いた料理人が呆れる様に言った。
討伐とかに行く軍部の人達だって、入っていたとしても普通出来上がった料理だ。
なのに、莉奈は材料や調味料が入っている様だった。
「ん? タンスも入ってるよ?」
莉奈はポンポンと、魔法鞄を叩いた。この中には、破棄寸前のタンスが何個か入っている。空手の板割りや魔法の練習にでも使おうかと、ラナ女官長や侍女達に貰ったのだ。
「「「はぁ? ナゼ?」」」
もれなく全員が瞠目しツッコんでいた。百歩譲って料理をする莉奈だから、砂糖とかの材料は分かる。だが、タンスを入れる意味が分からなかったのであった。




