148 リリアンは壊れたまま
あまりの美味しさに、しばらく壊れた様に笑っていたリリアンは、一瞬だけ正気に戻った。そして、小皿に残っているロックバードにサッと手を伸ばし、さらに素早く1つ取った。
莉奈は、呆れながらもその手を止めなかった。1つ減ったところで問題はない。
焼いていない肉が、まだまだ充分ある。食べたければ食べればいい。
「エド……美味しいから、食べてみなよ」
このままでは味見の分がなくなる、莉奈は小皿に残った最後の1つを、エギエディルス皇子に勧めた。毒味は済んだしね。
「「「…………」」」
皆はリリアンを見て、ドン引きしていた。また1つ食べたリリアンが、何がそんなに可笑しいのか、また笑い始めたからだ。
そんな彼女を見て、完全に及び腰のエギエディルス皇子。その様子に莉奈は苦笑いしていた。確かにあれはない。
一瞬笑い毒でも入っているのか……? ってくらい笑っているのだから。
「冷めたら固くなって、美味しくないよ?」
と莉奈が改めて勧めれば、おずおずと手を小皿に伸ばした。
「…………っ!」
少し大きめの肉を、勇気をもって一口でいったエギエディルス皇子。しかし、口に入れた瞬間に目を見張った。
そう……このロックバード、染みだした脂がまず美味しいのだ。肉はいわずもがなだが、溢れる肉汁は濃厚な鶏のスープだった。
エギエディルス皇子は溢れない様になのか、口を手で抑えながらモグモグと食べていた。
「……だ……大丈夫ですか?」
近衛師団兵の1人が心配そうに声を掛けた。
いくらなんでも、ここはやはり自分が先に毒見……いや食べさせるべきではなかったのだ、とオロオロしている。
「うっっまい!! すげぇ旨い!! なんだよコレ!!」
エギエディルス皇子は皆の心配などよそに、ものスゴく目を瞬かせていた。初めて食べる魔物ロックバードは、お口に合った様だ。
「でしょ? ロックバード美味しいよね」
「旨い!! 鶏肉より旨い!!」
エギエディルス皇子は、魔物に良い印象がなかった分、余計にその美味しさに驚いていた。
……ゴクリ。
エギエディルス皇子までもが "美味しい" と言うならば、それは間違いなく美味しい証拠。そう思ったリック料理長達は、莉奈あるいはエギエディルス皇子からのGOサインを、忠犬の様に待っていた。
「俺、もっと食べたい!」
エギエディルス皇子は、皆の存在を忘れて莉奈にねだっていた。莉奈は苦笑いする。リック料理長達が半ば見えないヨダレを垂らしていたからだ。
「ハイハイ。んじゃ、食堂で待ってて」
「わかった!!」
莉奈が食堂で待つ様に言えば、エギエディルス皇子は元気な返事を返して、パタパタと走って行った。
「近衛師団の皆さんも、お召し上がりになられますか?」
と振り返り莉奈が言えば
「「「「「ありがとうございます!!」」」」」
と実に良い返事を返し、エギエディルス皇子同様に食堂に軽やかに向かった。
「エドと近衛師団の分は私が作るから、みんなは自分達の分と食堂にいる警備の人達の分よろしく」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
ナゼに軍隊? 妙な返事と敬礼をする皆に苦笑いしつつ、莉奈はエギエディルス皇子達の肉を用意するのであった。
◇◇◇
厨房には、ロックバードの焼けるイイ匂いが再び充満し始めた。リック料理長達も各々焼きながら、口元からは笑みがヨダレが零れている。
「あっ! 鶏から出た脂は捨てないで、この小さい寸胴に入れといて」
莉奈はその様子を見つつ、ハッと気付き慌てて皆の近くに小さい寸胴を置いた。
「……? 脂なんてどうするの~?」
誰とは言わないが、そんな疑問の声が上がった。そんな物を回収してどうするのか、さっぱり分からないのだろう。
「調味料の1つとして使えるよ?」
「「「……え?」」」
「スープにちょい足ししたり、これで野菜炒めたりすると……」
「「「すると……?」」」
「スゴく美味しい」
「「「……取っとく!!」」」
莉奈が使い方を説明すれば、皆は嬉々としてその寸胴に、溢れた脂を入れ始めていた。
いわゆる鶏油《チー油》。身や皮から出た鶏の脂。これがまた美味しいのだ。野菜炒めは勿論、ご飯があればコレで炒めてチャーハンに……温野菜に掛けてもコクが出る。
ちょっとした万能調味料。これとニンニク油 "マー油" があれば最高だ。莉奈は、後でマー油も作っておこうと決めた。




