130 なんかズルい
「……では、最後に "ギムレット" を……」
莉奈はフェリクス王の笑顔に酔いつつ、最後の1つを取り出した。
出しておいてなんだけど、フェリクス王にこのカクテルは……可愛らし過ぎた。ライムをグラスの縁に飾ったせいで、トロピカルっぽくなってしまった気がする。
「…………随分と……」
フェリクス王は言葉を飲んだ。
先程のカクテルとは全然違い、女性好みに仕上がっていたからだろう。
「可愛らしいですね?」
シュゼル皇子が、兄王とギムレットを見比べて笑っていた。
至極、似合わないからだ。逆にシュゼル皇子は、ものスゴく似合う。
「この飾りは嫌がらせか」
シュゼル皇子に笑われ、渋面顔のフェリクス王は、グラスの縁に付いている飾りのライムを指で軽く弾いた。
どう見ても、このグラスの縁のライムの必要性が見出だせないらしい。
「ライムは……飾りも兼ねていますが……口に含んで飲んで頂くと、カクテルの良さが引き立ちます」
莉奈は吹き出さない様にするのに、必死だった。
笑ったりしたら、せっかく気分を良くしてくれたのに、台無しだからね。
ちなみに、カクテルの飾りは、そういう意味あいもある。
マティーニの時には説明をし忘れたが、オリーブもそういう意味で入っているのだ。
「…………………………」
フェリクス王は、少々不審な顔を見せながらも、莉奈の言う通りにライムを含んでから、飲んでみる事にした。
「…………なるほど」
口が綻ぶ。莉奈の言う通り、ライムを含んでからカクテルを飲むと、ライムの新鮮な香りが鼻に抜けた。これはこれで、新しい感覚だった。
「初めに食べた、ジンライムのシャーベットと似ている」
フェリクス王は、面白そうにギムレットを飲んでいた。
そう、味のベースは先程のシャーベットと、まったく一緒だ。凍らせ易い様に、水で薄めたのが、ジンライムのシャーベット。カクテルの方が、ライムの酸味とお酒が強いだけで、基本変わらない。
「暑い日は、先程のシャーベットを、これに入れて飲まれると、お酒の味が薄まらずに冷たいまま、飲めると思います」
やった事がないから、想像でしかない。
まぁ、そもそもぬるくなったら、魔法でどうにでもなりそうだけど。
「それも……面白いな……」
フェリクス王は、その提案をお気に召した様だった。
「ちぇっ。お酒が飲めていいな」
楽しんでいる兄王を見ていたエギエディルス皇子が、羨ましそうに呟いた。初めは兄が驚き、美味しそうにしているのを、楽しそうに見ていた。
だけど、やっぱり自分も早く兄達の様に、お酒を飲みたい……一緒に楽しみたいと思ったのだ。
「エドも、カクテル飲みたいの?」
なんだか弟を思い出す。早く一緒に飲みたい……と、父に言っていたからだ。
「だって……なんかズルい」
兄2人は一緒に飲めるが、まだ飲めない自分は、仲間外れの様な気がしてイヤだった。
「アハハ……なら、エドも飲めるカクテル、作ってあげようか?」
莉奈は、エギエディルス皇子が可愛い過ぎて笑っていた。
「……え?」
莉奈の言葉に、エギエディルス皇子は目をぱちくりさせた。
「お酒の入ってない、カクテル」
厳密に云うと、カクテルではなく、ただのミックスジュースだけど。お子様用カクテル……と云う事で。
「そんなの……あるのかよ」
ちょっと、嬉しそうな顔をした。
「あるよ? ワイングラスに注げば、カクテルみたいになるよ?」
お酒の飲めない、弟のために作ってあげた、カクテルもどき。
ワイングラスで飲むってだけで、なんとなく大人になった気分にもなる。
「作ってくれ!!」
案の定、食い付いてきた。
背伸びしたい、年頃だよね。
「うん、いいよ。後で、作ってあげる」
瞳がキラキラした、エギエディルス皇子は可愛いな……と、莉奈は快諾した。
まっ、元々作る気で言ったんだし。
「やったぁ!!」
エギエディルス皇子は、素直に喜んでいた。
こういう所が、年相応なんだよな……と莉奈は、口が綻んだ。
「お酒の入っていないカクテル……ですか?」
シュゼル皇子から、疑問の声が……。
さっき、莉奈が説明した、カクテルの定義に外れるからだろう。まぁ、ただその物が何か、気になっただけかもだが。
「……カクテルもどき? お酒の飲めない方も一緒に、雰囲気を味わってもらうためのドリンクですよ」
だって、パーティに集まる人が全員、お酒を飲めるとは限らない。だけど、水ではつまらない。
周りの雰囲気を壊さないで、皆と楽しめるミックスジュースだ。
「なるほど……。私達もそういう場を設ける事がありますから、参考にさせて頂いても……?」
とシュゼル皇子は微笑む。
王族なら、確かにそういう場も多いだろう。
「はい、参考に出来るのであれば」
莉奈は快諾した。それで、誰かが喜んでくれるならいい。
「では、私にも……?」
「…………お持ち……致しますよ?」
と言いつつ、莉奈は首を傾げた。
……ん?
あれ? これ、本当に参考にしたいだけなのか?
「よろしくお願い致します」
「あ、はい?」
シュゼル皇子の、ニコニコとした優しい微笑みに、誤魔化されてるけど……これって……。
「てめぇが、飲みたいだけじゃねぇのか?」
フェリクス王が呆れた様に、莉奈の疑問を代わりに口にした。
……ですよね? そう思いますよね?
「…………そんな訳、ありませんよ?」
と、シュゼル皇子は微笑み、否定する。
実際そうだとしても、肯定はしないだろう。
「ほぉ?」
フェリクス王が、目を眇める。まったくもって、その言葉に信憑性がないからだ。
「なら、そのドリンクに関しては、エディに一任する。お前が味を確認する必要はない」
「…………………………え?」
「いちいち、お前が飲む必要はない……と言ったんだ」
「……………………………………」
フェリクス王が意地悪そうに言えば、シュゼル皇子は固まっていた。そうなのだ、別にパーティに出す飲み物を、シュゼル皇子がわざわざ飲んで決める必要性はない。
賓客に出す飲み物……という正当な理由を付け、自分が色々と試飲しようと思っていたに違いない。
「まだ、エディには早いのでは?」
一任させるのは、早いと言ってみる。
「俺、頑張るよ」
エギエディルス皇子は、すべてをわかった上で、力強く言った。
「………が……頑張らなくても……いいのですよ?」
と少し焦るシュゼル皇子。頑張られては、困る事でもあるらしい。
往生際が悪いというか、素直でないというか。
「召し上がりたいのでしたら、エドの分を作ったついでに、お持ち致しましょうか?」
莉奈は仕方がない……と、助け船を出す。
別に作るのが1つ、増えた所で手間は変わらないし。
まぁ……言い訳やら、何かしら飲む理由を探している、シュゼル皇子を見ているのは面白いけど……。
「お願いします」
今度は素直に、頭を軽く下げた。
やっぱり……飲みたいだけやんけ……。
「……ポーションを飲んでたアノ弟は、どこへいったのやら……」
フェリクス王は小さく小さく呟いた。苦笑いしつつも呆れ果てていたのだ。
食べ物に無頓着だったと思えば、今度は異常な執着心だ。極端過ぎる弟に、フェリクス王はもはや、ため息も出なかった。




