13 悲しい真実
莉奈が、門前にいた警備兵の一人によって、部屋に戻されると、このだだっ広い謁見の間には、王と宰相、フェリクス王とシュゼル皇子の二人だけになった。
「……この国 随一の賢者、シュゼルに問う。…あの女は、元の世界に還せるのか?」
フェリクス王が、重い口を開いた。
莉奈の去った扉を、じっと見る王の表情からは何も読み取れない。
「………無理…かと」
シュゼル皇子は、いつもの微笑みはそこにはなく、同情的な表情をしていた。
「……お前の力を以てしても……か?」
彼の魔力を知るからこそ、改めて訊いたのだ。
「……まだ、数日程ですが。召喚に関わるすべての人物に話を聞き、私なりに調べましたところ……現時点……いえ、おそらく…この先、数百年は無理かと……」
シュゼル皇子が、ゆっくりと、だが はっきりと言った。
"無理" だ……と。
それは、可能性の否定に相違ない。
フェリクス王は、更に詳しく言え…と、目を眇めた。
「まだ、調査しきれていないので、断言は出来ませんが……現時点では絶無です」
この言葉に、無表情だったフェリクス王の瞳にも、僅かにだが同情の念が映る。
生きている間、戻れる事はない……そういう事だった。
「……二つの月 重ねし時 二つの月消えん。陰の刻 六星囲いし時 聖女現われん」
シュゼル皇子は、まるで詩を謳うかの様に聴かせた。
「……それが、聖女を喚ぶための条件か……?」
すぐに、詩の調べを理解したフェリクス王が訊く。
「……はい。…それが "聖女" 召喚の条件。そして、エギエディルス達が行い、リナを喚び出した。その儀式が成功なのか否か、リナを召喚した今をもってもわかりません」
"聖女" ではない…のかもしれない。
だが、召喚自体は成功している。
前例がない以上、何が成功で 何が失敗なのかがわからない。
「……ただ……」
「……ただ?」
「……ただ…これだけは言えます。
すべての条件が、揃ったのは……リナが喚ばれたその日以外ありえません。……そして、これから先 私が今知る限りは、おそらく二度と来ないでしょう」
それは、絶望的な断言だった……。
今は、僅かながらも希望があると……彼女は、気丈にしていられるのかもしれない。
だが、もう二度と還れる事はない……そう事実を突き付けられたら…?
「……っの、馬鹿がっ!!」
フェリクス王は、地鳴りの様な声を吐き出した。
ひと一人の人生、運命がかかっていたのだ。
それを、戻せる保障もないのに、理不尽極まりない形で喚びつけた。
しかも それを、やってのけたのが、血の繋がった我が弟だと思うと、王は怒りを通り越して情けなささえ感じていた。
………そこまで、バカだったのか……と。
シュゼル皇子は、その怒りを我事の様に感じ、背筋が凍る思いだった。
王が魔物討伐でいないさなか、それをいち早く感知し止めるのが、自分の役目だったはず……。
何故気付かなかった、何故気付けなかった……と。
悔やんでも悔やみきれないでいたのだ。
「……シュゼル」
「………はい」
「俺は王である以上、あの女を…リナを特別視する訳にはいかない」
「………はい」
「これから先、立場上 叱責せねばならない事もあるだろう」
「………はい」
「……お前が、支えてやれ」
「………はい」
シュゼル皇子は、小さく頷いた。
フェリクス王の言う通り、ただの兄ならサポートも出来る。
だが、兄である前に国王だ。一個人として目を掛ける訳にはいかない。
それは、要らぬ不穏を作るだけでなく、彼女のためにもならない。
王とて、辛いに違いない。
そして、それはシュゼル皇子も。
これからも戻れる様に、出来る限りの事はするつもりではいる。
だが、それはほぼ不可能に近い。
条件もさる事ながら、"聖女" 或いは "勇者" を召喚した、という記述はあるが。
還した………という記述が、いくら探しても出てこないのだ。
それどころか、記述の最後には決まって こう書かれていた。
………この世界に、残ると決め 幸せに暮らしました………。
………本当に?
推測でしかないが、戻れなくなり嘆いていた…としても、馬鹿正直に書く必要はどこにもない。
幸せに暮らしました。
……で、別に構わないのだ。
そう………たとえ幸せでなくとも………。