118 カクテルってある意味、無限
「さ~てと、ラナお母さんから元気をもらった事だし、もう1つか2つカクテルを作りますか」
莉奈は、泣きそうになった心を奮い立たせた。
関係ない皆にまで、私の思いを引き摺って欲しくはない。楽しくがモットーだ。
「……もう1、2つって何を作るの?」
ラナは優しく莉奈の頭を撫でながら訊いた。
どさくさ紛れに "お母さん" と言った事は、怒らなかった。
……どこまでも優しい。
「分量を変えて、エクストラ・ドライ・マティーニ」
「……さ……さっきのと、何が違うんだ?」
生唾を飲み込みながら、副料理長マテウスが訊いてきた。
分量が違うと、どうなるのか……想像して生唾が出てくるみたいだ。
「辛口になる?」
と父が言っていた。飲んだことはないから知らない。
そう、父曰く、辛口好みのお酒がコレ。
ジンとベルモットの比率を10対1という、極限まで高めたカクテルが、このエクストラ・ドライ・マティーニ。
こっちの方が、フェリクス王好み……の様な気がする。
ちなみに、マティーニのお酒の分量を変えて、オリーブの代わりに、パールオニオンという梅干しくらいの大きさの小玉ネギを入れると "ギブソン" という名の、別のカクテルになる。
お酒の分量とか少し変わっただけで、名称が変わるのもカクテルの良さでもあり、ややこしいとこだ。
だから、何百と種類があるし……まだまだ増えているのだろう。
だって、恋人をお洒落なバー連れて行って、彼女好みに作ってくれ……ってバーテンダーに言えば、また新種が出来たりする訳でしょ?
知らないのも、いっぱいあるんじゃないかな?
莉奈は、とりあえず、簡単なエクストラ・ドライ・マティーニをちゃちゃっと作り、ワイングラスに注いだ。
ーーーゴクリ。
どうでもいいけど、耳元らへんで生唾ゴクンはやめて貰っていいかな?
熱気とお酒の匂いに、酒呑みがさらに生唾を飲んでいた。
お酒の味を想像しているのかもしれない。
普段なら、質問が飛んでもおかしくないのに、ほぼ無言で見ていた……いや、ガン見ってヤツだ。
「……えーっと」
注目浴びすぎて、レシピが頭から飛びそうだよ。
次に莉奈は、空になったさっきの大きめのグラスに、ライムを搾り始めた。
香り付けではないので、今回はたっぷりめ。
そこに、また氷を入れる。
「……ライム……なんて……入れるのか」
誰とは云わないが、ボソボソとした会話が聞こえた。
その通りだ。搾ったライムの果汁とドライ・ジンを、1対3で混ぜれば出来上がり。さっきより簡単なカクテル。
「……よし、これで出来上がり」
これは、形の違うワイングラスに注いだ。
不純物を入らないようにする、ストレーナーもなかったから、小さい種が少し入ったけど……まぁ、ご愛嬌でしょ。
今度、作る時は、茶漉しかなんかで代用すればいいかな。
見た目は透明なライム色。ライムの果実を輪切りに切って、グラスの縁に飾ると、さらにお洒落かもしれない。
よし、ちょっと縁に飾って置くか……。
輪切りにスライスしたライムを、少し捻ってグラスの縁に飾った。
これも、そんなには甘くないから、フェリクス王にもいいだろう。
「……これも……スゴいキレイだね?」
リックがなんだか酔ったみたいにうっとりしている。
「……お洒落で……カワイイ」
モニカはランランとしている……。
「これの名前は?」
ラナは、莉奈を優しい眼差しで見ていた。
「 "ギムレット" 」
今回は、ライムの果汁を入れたけど。果汁の代わりにライムのジュースを入れてもいいのだ。甘い方が好みなら、ライムのジュースに変えればいい。
お母さんは、ライムの果汁ではなくて、ライムジュースを入れるのが好きだった。そのせいで……。
邪道だ!! って言ったお父さんと、果汁かジュースかでケンカしていたのを見た事がある。
それだけ、意見が分かれるカクテルなんだそうだ。
「……お酒も……色々なレシピがあるんだな」
莉奈の豊富な知識に、感心を通り越して感服している様だった。
料理だけでもすでに "師匠" 的な存在なのに、お酒のレシピまで持っているとは、もうなんだか崇めたくなっていた。
違う領地から来ていた、料理人達は、初め莉奈を見た時……こんな子供が? なんて思っていたが、もはやバカにしていた自分を恥じるばかりだった。
「ちなみにだけど、カクテルだけで何百種類とあるよ?」
だって "マティーニ" だけで、ざっと300種類はあるみたいだし。
まぁ、自分はそこまでの知識はないけど……。
まだまだ、作れる物はある。
「「「はぁぁぁ~~~っ!?」」」
種類の多さに、皆は、目も口もあんぐり開けて、驚き過ぎて叫び声に近い声を出していた。




